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 一体どうしてこうなってしまったのだろう。
 神社の塀にもたれながら、角名くんを待つ。手持ち無沙汰な手でスマホの電源ボタンを弄っていると、ピコンと鳴った通知音がメッセージの受信を知らせた。Wもうすぐ着くWと表示された画面をそっと指でなぞってから、目を離した。
 お祭りの会場は、神社が出入り口になっていて、今からお祭りを楽しむ人やすでに満足したといった様子で鳥居を潜り去っていく人たちなど様々だ。「何から食べる?」「ヨーヨー釣りやりたい!」「また来年も来たいね」「楽しかったなー」色んな人たちの弾んだ声がする。
 行き交う人たちに目を向けていると、ふと目の前を子供たちが、仲良く手を繋いで私の横を走り去っていった。きっと地域の子供たちだろう。その後ろからは大人の「勝手に行かないでー」と叫ぶ声がする。そういえば、私は昔も角名くんとお祭りに行ったことがあったのだろうか。

「お待たせ」
「わっ」

 ぼうと前を向いていたはずなのに、突如ぬっと現れた角名くんに私はびくりと肩を震わせる。慌てて角名くんに視線を向けると、彼は「何それ。どんな反応だよ」とおかしそうに笑っている。バレー部が滞在している宿舎から来たのだろう彼は、身ひとつで来たのかとても身軽だった。エナメルバッグを持っている彼の印象が強くて少しだけ違和感を感じる。
 あれ、額のところ、少しだけ汗かいてる。まじまじと見てしまっていたのか、角名くんから「どうしたの?」と声をかけられたので、慌てて「なんでもないよ」と笑った。

「みょうじはもう何か食べたの?」
「うん、食べたよ」
「そうなんだ。俺、お腹空いてるから何か買ってもいい?」
「いいよ。かき氷?」

 かき氷ならあっち、と声をかけようとして、口が止まる。目の前の角名くんは、何故か驚いた顔をしていて、ようやく自分の失言に気づいた。角名くんはお腹が空いていると言ったのに、どうしてかき氷なんてすすめてしまったのか。かき氷じゃお腹なんて膨れないだろうに。
 なんとなく角名くんはかき氷を食べそうな気がしたのだ。「あ、えっと、」と道に向いていた指をそっとおろせば、角名くんはなぜか楽しそうに笑っている。その目がなんだか少しだけ嬉しそうに細めて見えたのは、私の都合のいい妄想だろうか。

「ハーっ…うん、かき氷も買おうかな」
「えっ、あ、うん」
「みょうじは?行きたいところある?」
「うーん、しいていうなら、射的?」

 本当は、宮兄弟と会った時、同級生たちと射的に向かおうとしていたのを思い出してそう言えば、角名くんは耐えきれないとばかりに腹を抱えて笑い出した。え、え、なんで?

「おまっ、射的下手くそじゃん!」
「なっ、そ、そんなのやってみなきゃわからないよ!」
「あーはいはい。分かった分かった。やりに行こう」

 ニヤニヤと笑う角名くんをムッと睨みつけると、角名くんは気にしていないと言わんばかりに涼しい顔をして「でも先にかき氷ね。あと焼きそば」と言って歩き出す。
 角名くんの背中が見え、慌てて追いかけようとした足を一瞬止める。なんだろう、なんだか、見慣れない。そんなことを思うほど角名くんと隣を歩いたことがないはずなのに、なぜだか感じたその違和感は、ずっと私の心に残ったままだった。

△▼△


 パン、と乾いた音が鳴る。放たれた弾は、どこにも当たることなく重力に逆らえずに落ちていく。「気張りや、あと1発やで」と屋台のおじさんが笑った。2発撃って、掠りもしない。私の射的の腕前は、どうやら本当に上手とはいえなかったらしい。ぐうと唸っている私の隣で、角名くんはスマホを掲げ爆笑している。どうやら角名くんにはこの結末がお見通しだったようだ。
 2発外して残りは1発。ここで決めなければ角名くんにカッコ悪いところだけ見られて終わることになる。今度こそは、と構えたところで、角名くんが私の肩を叩いた。

「貸して。俺がやる」
「えっ、でも」
「何狙い?あの狐のぬいぐるみ?」

 いや、まあ、狐は好きだけど。狙いがあったわけではないと今更言えなくて、うんと頷く。角名くんは私が頷いたのをじっと目で追ってから、「分かった」と銃を構えた。
 パン、と乾いた音が1発。弾は狐に吸い込まれるように飛んでいき、その腹に当たった。

「お、兄ちゃん当たりや」

 おめでとさん、と屋台のおじさんが倒れた狐をこちらへと差し出す。「みょうじ受け取っといて」と言われ、慌ててお椀を作るようにして両手を差し出した。ころん、と手のひらに転がった狐は、子供用なのか可愛らしい顔をしている。思わずまじまじと見つめていると、隣から「フ、」と吹き出す音がして、ハッと隣を見る。角名くんが耐え切れないとばかりに口元を抑えて笑っていた。

「ちょっとあそこで休憩しようか」
 
 かき氷に焼きそば、それから手のひらサイズの小さな狐のぬいぐるみ。それらを持って、私たちは賑わいから少し離れた場所へと腰を下ろした。お祭りの光が遠くに見えると、なんだかこちら側だけ世界が切り離されている錯覚になって、少し寂しさを感じる。
 角名くんは私の隣にどかりと腰を下ろすと、少し溶けたかき氷を口に含み、しゃくしゃくと音を鳴らした。

「昔にさ、みょうじと祭りに来たこと、覚えてる?」
「え?」
「その時の俺のブームはかき氷で、その日も屋台で二人かき氷を買ったんだよ。みょうじがいちごとメロンをかけて食べるっていうから、俺はメロンとブルーハワイをかけて食べた」
「…そうだっけ」
「そ。その後はみょうじが射的したいって言い出して、二人でやったけど、どっちも下手くそで。結局屋台のおじさんに笑われてみょうじが地団駄踏んで怒ってさ」

 角名くんの話を聞いて、ああなるほどと納得した。今日かき氷の話題を出して笑ったのも、射的の話題を出して確信を持っているようにそう言ったのも、全て昔に角名くんが私と経験しているからだった。

「ごめん。何も覚えてない」
「いや、別に。前にも言ったけど、小さい頃のことなんてはっきりと覚えてるもんじゃないし」

 角名くんがストローをしゃく、とかき氷に刺した。そのまましゃく、しゃくと音を立てて混ぜるようにストローを弄ってから、角名くんは顔をこちらに向ける。

「それに、俺が覚えてるからいいよ」

 角名くんは、そう言って困ったように笑った。その目は少しだけ寂しさが浮かんでいて、私は息が止まりそうだった。
 ずっと思っていた。角名くんは、優しい。
 じわりと目に膜が張ったのが分かって、あわてて顔を伏せる。

「ちがう。そうじゃない。そうじゃないの」
「え?みょうじ、どうしたの?」

 角名くんの戸惑った声が聞こえる。私が覚えていないことも気にせず、こうして話してくれている角名くんを騙しているような気分になった。だって、話をした最初の日から、私たちは少しだけズレている。私の「覚えていない」と、彼の「覚えていない」は意味が全く違う。だからこそ、きちんと伝えなきゃと思ったのだ。角名くんには、伝えなければと、そう思った。

「私、思い出せないんじゃないの。W覚えていられないWの」
「え?」
「愛知の記憶はもうほとんど覚えてない。転校した小学校で仲良かった友達だって、もう覚えてない。部活仲間のことだって。今日のことだって、きっといつか忘れる。そういうW覚えていられないWなの」

 祭りの喧騒が、遠くに聞こえる。角名くんは、ただじっとこちらを見つめていた。

 20230403 



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