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 全てを話し終える頃には、角名くんの持っていたかき氷の氷はとっくに溶けていて、シロップと混ざり合い何とも言い難い色をしていた。ああ、かき氷、無駄になっちゃったな。ぼうとそれを見つめながら、私は伝えたかった言葉を紡ぐ。
 
「私、角名くんとどんな友達だったかも覚えてないんだ。だから、ごめん」

 そう言って俯いた私を、角名くんはどんな顔で見ているのだろう。呆れてるのか、軽蔑しているのか、それとも変わらず無表情なのか。角名くんがどんな表情だったとしても、私はきっと傷ついた顔をしてしまう。ここにきても自分本位な私に呆れながらも、どうしても彼の顔を見たくなくて顔を上げることができない。
 緊張で震える指を握りしめる。体はきちんと夏の暑さを感じているはずなのに、指先はまるで冬のように冷たかった。背中に伝う汗も心なしか冷えているように感じて、軽く身震いをする。ああ、私、怖いのかな。
 
「ずっと聞きたいことがあったんだけど」

 沈黙を破ったのは、そんな角名くんの言葉だった。私に気を遣っているのか、その声色はとても優しい。俯いたまま「なに」と呟くと、彼は少しだけ間をあけてから、あのさ、と言葉を続けた。その間が、どことなく角名くんが困っているのだと感じて、私の顔は無意識に強張ってしまった。

「転校を俺に知らせずに行ったのは、その時点で俺のことを覚えていなかったから?」
「へ?」

思わぬ問いかけに、私は間抜けな声を返す。てっきり厳しい言葉が飛んでくると思ったのに。角名くんは、「なにその面食らった顔」と笑った。

「で?どうなの?」
「…いや、それは違うと思う。お母さんからは、事故の後じいちゃんのことも私のことも一人でしなくちゃいけなかったから、誰にも言う時間がなかったって聞いたよ」
「そっか」

 角名くんはそう言って、ふうと息を吐く。その行動は、まるでどこかほっとしたような、それでいて何かが吹っ切れたようなものだった。

「俺さ。ずっと、俺が何かしたから避けられてたんだと思ってた」
「え?」
「また明日って、そう言ったっきり会えなくなったから。今なら理由は分かるけど、電話番号も何もかも変わってたから連絡手段なかったじゃん。当時スマホなんて持ってないし」
「…そう、だね」
「でも避けられてたわけじゃないって分かって少し安心した」
「……」
「みょうじが何を思ってるのかはわからないけど。俺はまた会えてよかったと思ってるよ」

 そう言って、角名くんは俯く私の頭に手を乗せる。何それ、何それ。じわりと瞳に膜が張って、視界がぼやける。角名くんは、そんな私に気づいたのか否か掻き回すように私の頭を撫でた。ぐわんぐわん揺れる視界の端で、ポタリと地面に雫が落ちていく。
 ――角名くんは、やっぱり優しい。思わずそう呟けば、彼は「みょうじ限定だけどね」と揶揄うように笑った。

「それに、ちゃんと覚えてたじゃん」
「え?」
「俺がかき氷が好きなことも、バレーの話をしていたことも」

 角名くんの言葉に、思わず顔をあげる。「でもそれは」と続くはずだった私の頭を、角名くんは乱暴に掴むと、思い切り下へと押した。角名くんの力に逆らえるわけがなく、私の頭は再び下を向いてしまう。ついには「いいから黙って聞いて」なんて言われてしまえば、私は下を向いたまま彼の言葉を待つ他ない。

「みょうじが覚えていられなかったんだとしても、それでも残った僅かな思い出が、俺との思い出だってことが嬉しい。そこに俺の顔も名前も姿もなかったとしても、その事実だけ残っていれば、俺は満足だから」

 だから難しく考えないでよ。そう言った角名くんの表情はわからなかったけれど、チラリと盗み見た首もとがほんのり朱く色づいていたことだけは、これから先、決して忘れないような気がした。
 
 
△▼△


 祭りも終盤にさしかかり、すれ違う屋台はみな「売り切れ!」「完売!」なんてデカデカと文字を貼り出していた。帰る人が多いのか、神社の入り口に向かって歩く人の波に乗るようにして、私と角名くんも帰路につく。
 
「あれ、侑たちからメッセ入ってる」
「え!」

 角名くんがスマホを見て、歩みを止めた。どうやら送り主はバレー部のメンバーだったようで、流れるような形の瞳が画面の文字を追う。

「みょうじ、この後少し時間ある?」
「ああ、うん。まだ大丈夫だけど…」
「花火、したくない?」

 そういってスマホ片手に笑う角名くんに、私はぱああ、とだらしなく顔が緩む。なんてったって小学校から部活漬けの毎日だ。花火なんてやったことがない。うんうん!と頷く私に、気を良くしたのか角名くんは画面を数回タップしてスマホを耳元に近づけた。

 それから歩くこと5分。角名くんが足を止めたのは、小さな公園だった。どうやら花火をしてもいいらしいこの公園は、私たち以外にも数グループほど散るようにして花火を楽しんでいる。色とりどりの花火をまじまじと見つめていると、「角名ー!」と一際大きな声が聞こえた。

「おっそいねんお前!もっと早よ来いや!」
「うるさいな。来たんだからいいでしょ」

 ぎゃあぎゃあと言い合っている彼らをじっと眺めていると、ひょっこりと同じ顔が顔を出す。「みょうじさん、さっきぶり」と手を振るのは宮治だろう。ぎゃあぎゃあ騒いでいる彼よりも少しだけタレ目な瞳がこちらを覗いている。なんだか少しずつ違いが分かってきたかもしれない。
 その宮治の隣にいるのは、銀島くんだった。「時間ほんまに大丈夫?」と心配してくれる彼に、大丈夫だと答えると、じゃんじゃん消費してってな〜とある一点を指をさして笑われる。その指を視線で追うと、これでもかと積まれた手持ち花火が見えて、私はぎょっと目を見開いた。

「え、なに、何でこんなに沢山!?」
「去年男バレで買うたんやけど、花火できへんくてなあ。さっき帰ろ思てたら、侑が思い出してん」

 急いで部室まで走って取ってきたわ、と銀島くんはどこか誇らしげに笑う。いや、男バレで買ったなら、もっと人数増やしてやったらよかったのに…。そう思った私の考えが筒抜けだったのか「どうせ誰も覚えてへんからええねん」と宮治も銀島くんの横で笑っている。

「宮くん、角名くんに連絡してくれてありがとう」
「…なあ、その宮くんってやめへん?なんか擽ったいわ」
「ええ…?」
「治でええよ。皆そう呼ぶし」

 そう言った宮治に、私は分かった、と頷く。男子を下の名前で呼ぶのなんて、人生初かもしれない。「治、くん?」「おん」なんてやりとりをしていたら、いつの間にか宮侑と話終えていた角名くんが、こちらへとずんずん近寄ってくる。その表情はいつも以上に無表情で読めない。え、何、何か怒ってる?

「みょうじ、なんで治のこと治って呼んでるの」
「え?」
 
 そんなに怒ることだろうか。「嫉妬は見苦しいで角名」「うるさい」なんて言い合っている彼らに、揶揄われたのだろうかと少しだけ不安になる。

「俺のことも倫太郎って呼んで。というか、前はそう呼んでたから」
「え」
「呼んで」
 
  角名くんの圧に、私は「はい…」と息を吐くように返事をする。間抜けな返事でも、角名くんは満足したようで、角名くんの周りから感じていた圧が消えていく。きっと、人生初の名前呼びの相手は角名くんなのだろう。私の中で、角名くんの情報が新しく更新されたのだった。

20230412



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