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雨風凌げる体育館とはいえ、暑さと寒さにはめっぽう弱い。とくに寒さを感じるこの季節は、動き回って出た汗はすぐに冷えるしフライングする床は打ち付けられた体もびっくりの冷たさだ。部員たちの熱気にようやく体育館の空気が籠り暖かさを感じるものの、換気のためにドアを開けてしまえば振り出しに戻る。部活中動き回るからと半袖でいたことを後悔するのなんて日常茶飯事だ。
「角名、今日調子ええな」
タオルで汗を拭いながら惜しみもせず足を晒している銀は、俺が少しでも暖を取ろうと縮こまっている隣にどかりと座りこむ。まあねと笑えば「なんやみょうじさん絡みか」と銀はさも当たり前のように呟いた。こいつらにはすでに俺の恋心はバレてしまっているから諦めているとはいえ、もう少しオブラートに包めないものなのだろうか。とはいえ、分かりやすく表情に出ている俺も俺なのだろうと銀の言葉に素直に頷く。
「告白でも成功したん?」
「まさか」
「嘘やろ!?じゃあその顔何なん!?」
余計な事聞いたと言わんばかりの銀の表情に、俺の顔がどれほど緩みきっていたのかが鏡を見ずとも分かってしまった。どうりで普段ならこの会話に混ざってきそうな双子が面倒臭そうな顔して離れているわけだ。どうせバレー部の学年一優しい男である銀のことだ。双子に「聞いてこい」とでも言われて断れなかったのだろう。そして、そんな俺らのストッパーである三年生は、練習を終えたからか我関せずといった様子で自主練に励んでいる。
「春高終わるまでは部活に集中したいし」タオルをマフラーのように首に巻きながらそう言えば、銀は戸惑いながらも「お、おん、そうか。いや、俺ら的には嬉しいけどな?」と忙しなく両手を動かしながら言葉を選んでいるようだった。
「なんや、とうとうくっついたんちゃうの?」
「紛らわしいことすなや」
遠くで聞き耳を立てていたらしい双子が、俺と銀の周りに寄ってくる。双子は俺と銀の正面にどかりと座りこみ、四肢を投げ出した。ここだけ人口密度が一気に高くなった気がする。少しだけ気温が上がったような気がするが、暖かさというより、むしろむさ苦しくなっただけな気がした。
「角名は好きな子一人に告白もできないチキン野郎ってことでええ?」
「お前と一緒にするなよ尻軽男」
「ハッ!?なっ、おまっ、尻軽とちゃうし!」
ハッと侑を鼻で笑えば、侑は分かりやすく狼狽え片膝を立てた。「俺は誰とも付き合うたことないからな!?」それはそれでどうなんだというカミングアウトを大きな声でしたせいで、近くで同じように休息を取っていた一年生たちがビックリした様子でこちらを二度見している。こういう話をすると、侑が純情めいた反応をするのが見た目とミスマッチすぎて少しだけ気に入っていたりする。
「ほんで、角名はなんでそんな調子ええの?」
隣で騒ぐ侑に呆れたような視線を向けていた治が、俺に投げかけた。その表情から読み取るに、「やれやれ。収集つかへんしもう聞いたるわ」といったところだろう。俺としては聞いてもらわなくてもいいのだが。
「別に聞いてくれなんて頼んでないけど」とわざとらしく眉を下げれば、治は「いいから話せや」とニヤニヤと頬杖をつく。完全に面白がってるだろ、とは口に出さず、まあ話してもいいかなと思ってしまうくらいには俺も浮かれていたらしい。男子高校生のノリなんてそんなものだ。
「前にさ、侑が楽器壊しかけたことあったじゃん」
「突然なんちゅうこと言い出すんやお前」
まあまあ聞けって。銀に宥められている侑をみながら、俺はこの間のなまえとの会話を思い出す。あの日は二人とも部活終わりで、大会前だからと一緒に帰ることのできる最後の日だった。あの日のなまえは背中を隠すくらいの大きな楽器ケースを背中に背負っていた。そういえば、「重いなら持とうか?」と声をかけたら「いやいい」と即答されて少しへこんだのもこの日だった。
「なまえの後輩が、楽器の部品取れて叫んでたじゃん。ジョセフ!って」
「そんなことあったか?」
「あった気ぃするけど混乱してて覚えてへんわ」
茶々を入れているのはわざとなのか本気なのか。あの時の混乱は俺もよく覚えているので多分本当なのだろうが、全然話がすすまねえ。三者三様に反応を返す彼らに「あったんだって」と無理矢理話を続ける。
「なまえの楽器の名前もあるの?って聞いたんだよね」
「…あー」
治は話の展開が読めたのか、途端につまらなそうに視線をどこかへやる。いや、聞いたの治だからね?ここまできたら最後まで聞いてもらわないと俺の気が収まらない。「楽器に名前つける奴なんてその後輩くらいやろ」と横槍を入れている侑と、俺の隣でこちらに視線を向けている銀はまだまだ気づいていないらしい。
「楽器の名前、WりんWって言うんだって」
りん、の後にはちゃんがつくらしいが。その話をした時、なまえは「中1の時に何気なしにつけたんだけど、なんだか最近その名前を呼ぼうとする度に倫太郎がチラついてちょっと恥ずかしいんだよね」とはにかんで笑っていたっけ。
話を聞いた銀が「ええな!俺もバレーボールに名前つけたろうかな」と反応を返す中、侑は口をあんぐりと開けてから「ただの惚気やないかいっ!」と叫ぶ。その隣では治が「やっぱりな」という顔でこちらをじとりと見ていた。まあね。別にだれも惚気話しないなんていってないだろ?
「なあ、待って。その話するためだけなら最初の出だしいらんかったやん」
「そう?」
ハッといかにも重要なことに気づきました!と言わんばかりの顔で侑が俺に詰め寄る。まあホラ、この手の話の侑を弄ると面白いの分かってるし。しれっとした顔で首を傾げていれば、侑からは「わざとやろ!?」と近距離で叫ばれたので、思わず耳を抑えれば、それすら面白くなかったのか「ちゃんと話はお耳で聞けや!」と両手を外そうと両腕を掴まれる。そのまま攻防戦を繰り広げていれば、不穏な空気を察知したらしい銀が「そ、そういえば!」と声を張り上げた。
「そういえば、そのみょうじさんたちは昨日大会終わったんやろ?電話とかしたん?」
「まあね。金賞だったって」
「はぁ〜、やっぱウチは吹奏楽も凄いんやなあ」
俺らは数日前に全国行きの切符を手にしていたので、「おめでたいこと続きやなあ」と銀は笑った。その言葉にピタリと侑への抵抗をやめれば、侑の手により耳から己の手が離れていく。突然抵抗をやめた俺に怪訝そうな顔を向ける侑に見てみぬふりをして、俺は銀に疑問を投げかけた。
「やっぱ、銀もそう思うよね?」
「ん?おお…。角名はちゃうん?」
「いや、俺も同じ感想」
昨日、大会を終えてすぐ、なまえは俺に電話で結果を報告してくれていた。金賞という言葉を聞いて、よかったじゃんと言ったけれど、それに対するなまえの反応はあまり嬉しそうなものではなかったのだ。
――金賞は金賞なんだけど、金賞の中でもビリだったの。それが悔しい。
吹奏楽の大会の採点基準はよく分からない。そもそも全国に行くだけで凄いのだし、そこで金賞だったのならベストを尽くした結果といえるのではないかと思ったけれど、どうやらなまえの中では納得のいかない結果だったらしい。
「もっと上に行けたはず。もっと練習しなきゃってさ」
誰かが帰ってきたのか、体育館のドアが開けられ、一気に冷気が入り込む。「さっむ!閉めろや!」「あ、スマン」入ってきたのはどうやら小作だったようで、侑の声に慌てて重たいドアを閉めている。
「俺らも負けてられん」そう呟いたのは、双子か、銀か。縮こめた体を冷気が包み込んだところで、俺らは声をかけることなく各々立ち上がる。
「…練習や」
「せやな」
侑の言葉を合図に、ザッと横並びになる男たち。そんな俺らに、小作の後ろにいたらしい北さんが「練習はええけど、オーバーワークすんなよ」と腕を組んだ。あ、いたんだ北さん…。思わずしゃんと伸びた背筋が冷えたのは、冷気か、それとも。
20230507
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