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 なまえに泣きついてまで挑んだ期末考査で、治は平均点を少しだけ上回る点数を叩き出した。本人曰く「高校入って初の平均点越え」らしい。これには中間考査で双子のために教師に頭を下げたらしい尾白さんが「よおやったな治…!」と感動のあまり泣き出していたし、そんな喜びすら正論で打ちのめしそうな北さんでさえも、治の喜びようを見て「よかったな」と肩を叩いていた。
 ちなみに侑も数学はギリギリ赤点は免れたらしい。これには治が「なんでや!」と憤怒していた。

「角名はクリスマスみょうじさんと出かけへんの?」
「いや、出かけるも何も部活じゃん」

 そうなんやけどな、と銀は頬を掻く。なまえもクリスマスは近くの商店街でミニコンサートをするのだと言っていたし、お互い部活優先の生活なのでクリスマスの話題は出したことがない。「枯れてんなあお前ら」侑がボール片手にニヤニヤと笑うので、ムッとして「うるさい赤点野郎」と中指を立てた。数学は赤点を免れているがこの男、現代文で赤点を取ったのだ。ちなみについさっきまでそのことで侑が北さんに正論パンチを食らっていたのを俺は知っている。

「別にいいんだよ。今年は地元に一緒に帰る約束してるし」
「地元って、愛知にか?」

 手でボールを遊ばせていた銀が、目を瞬かせる。それに頷けば、銀は「え、でもみょうじさんの実家は今こっちやろ?」と首を傾げた。それにも頷きで返せば、「じゃあみょうじさん、どこ泊まるん?」とさらに首を傾げた。

「どこって、俺んちだけど」
「俺んちぃ〜!?」

 侑の叫び声に、なんやなんやと部員の視線が集まる。こいつ、声が大きいんだよ!北さんがじっとこちらを見つめているのを見つけて、俺は慌てて静かにしろと侑の口を抑えた。

「おま、付き合うてないのに一つ屋根の下はあかんやろ!」
「何が?」
「何って、お前、そりゃあ」
「キモ」
「まだ喋ってたやろがい!被せんなや!」
「ほんとありえないんだけど。侑って何でこんなんなのにモテるの?」
「知らん」

 抑えたはずの口をモゴモゴと動かす侑にじとりと視線を向けて呟けば、治は同意するように言葉を吐き捨てた。

 なまえの祖父のお墓参りをしたいと言ったあの日。帰って早々なまえは母親に確認を取ってくれたようで、すぐに許可が出た。「親戚の家に泊まらせてもらえば?」と言ったなまえの母に待ったをかけたのは何故か俺の母親で、「せっかくならうちに泊まりなさい」と俺の家に滞在することになったのだ。

「へえ、家族ぐるみで仲良しなんええな」

 帰ってきたら俺らとも初詣行こうな、と笑う銀は、本当にいい奴だと思う。なんだかんだ去年もこのメンツで神社にお参りに行ったことを思い出して頷く。あの時は双子がおみくじの結果に喧嘩になりかけたところに、北さんたちがやってきて、新年早々説教を受けたのだ。
 「新年一発目の説教早ない?」と銀も俺も説教を受ける双子を遠巻きに見ていたあの日の光景は、今でも思い出すだけで笑えてくる。
 銀も同じことを思っていたのか、「今年は双子が大人しくしてくれるとええんやけどな」とぼやく。銀、それは多分無理だと思うよ。

 
△▼△


 話し合った結果、元旦のダイヤ変更を考えて一足早く12月31日に向かうことにした。待ち合わせに指定したのは、現在のお互いの最寄駅。本当は家まで迎えに行こうと思ったのだが、「申し訳ないから」となまえに言われてしまい、しかたなしに最寄り駅での集合となっている。あとから話を聞いたところ、普段は家を明けがちの父親が年末年始は帰っているそうで、まだ会ったことのない俺に気を使ってくれたらしい。そのやりとりって恋人同士でやるやつだよな、と少しにやつきそうになったのをなまえは知らないだろう。彼女はおそらく無自覚でやっている。

「おまたせ!」
「…あ、うん」

 待ち合わせの駅についてすぐなまえと合流した俺は、なまえの姿を見てピシリと固まった。なんで制服じゃないんだ?いや、冬休みなのだから制服で着たらおかしいだろ。え、じゃあこれ、私服?私服だな。脳内で誰かが勝手に会話をしている。いや、誰かは俺以外いないのだが。
 唐突に落とされた私服という爆弾に、俺の心臓が忙しなく動く。普段は楽器を吹くのに邪魔だと結いでいる髪を下ろしているのも相まって、普段とはまた違うなまえに胸が高鳴った。思わずにやけそうになる口元を慌ててマフラーの中へと隠した。

 兵庫から愛知までは、新幹線での移動になる。名古屋で乗り換えて、そこから最寄りまで向かう。実家の最寄り駅には、俺の母親が車で迎えにきてくれるらしい。
 新幹線は、同じく帰省する人たちで溢れかえっていた。新幹線のホームに着いた途端周りを物珍しそうに見て「駅弁食べる?」とソワソワ落ち着かないなまえを見ながら、揺られること数時間。柄にもなく緊張する俺の隣に平然と座るなまえは、俺の手元にあるスマホに釘付けだった。
 彼女のブームは変わらず双子の怒られている動画らしい。ちなみに今なまえが見ている動画は、双子が天井サーブをやろうとして2階の柵にハメてしまい、挙句どっちが取りに行くかで乱闘となって北さんに怒られている動画だ。「あの隙間にはめたの?器用だね」なんて笑うなまえは楽しそうに動画を見ている。

「地元着いたらさ、散策しない?」
「いいね、楽しそう」
 
 そうしてあっという間に俺のスマホの充電も半分までなくなった頃、実家の最寄り駅へと降り立った。名古屋から少し離れた町は、車がないと不便で、駅のロータリーには帰省する人の多さに合わせてタクシーが何台も止まっている。
 目当ての車を見つけ、後部座席のドアを開けると、「なまえちゃん!大きくなったねえ!」と母親が開口一番に実の息子ではなくなまえの名前を呼ぶ。そのまま車を走らせること10分。俺にとっては見慣れた道だがなまえは新鮮だったらしく、母親と会話をしながら時折チラチラと窓の外を見つめていた。

「なまえちゃんはこの部屋使ってね」
「はい。ありがとうございます」
「ちょっとなまえと外出てきてもいい?」

 リビングへと向かう母親に「いいけど、もう少し休んでから行ったら?」と呆れられながらも、許可を得てなまえと先ほど潜ったばかりの玄関を開ける。「ガイドさん、よろしくお願いします」くすくすと笑うなまえはもともと歩き回る気満々だったのか、その足元はスニーカーだ。ガイド、とまで言われてしまえば、期待に答えてやらねばならないだろう。「まかせて」と歩き出した足が向かうのは、家を出てすぐの場所。まあまずはここからだよな、と二軒先の家の前に建つ。

「ここが昔、なまえの家があった場所」
「…へえ…」

 つまりは、なまえの祖父の家でもあった場所だ。今はすでに別の家が建っていて、開け放たれた窓からは子供の泣き声がする。ああ、ここの夫婦、子供が生まれたのか。泣き声は大きく、元気がいい。なまえも同じことを思ったのか「元気だね」と家の方を見つめながら呟いた。「次行こう」と歩き出したなまえの背を慌てて追いかける。道が分からないというのに、迷いなく歩くのは昔から変わってない。

「ここが昔よく遊んでた公園」
「へえ」
「昔は遊具とかたくさんあって、なまえは鉄棒が好きだった」
「確かに体育の授業で鉄棒のテストやった時も困らなかったなあ」
「この家、昔犬飼ってたんだけど。俺には懐いてたのになまえには懐かなくてなまえが毎日必死に構ってた」
「何それ。倫太郎そんなことまで覚えてるの?」
「おかげで何度か遅刻しそうになってるからね」
「それはごめん」
「あ、ここが俺の母校の小学校。なまえが小2まで通ってたところね」
「この建物知ってるかも。この前家のアルバム見た時に写ってた」

 まだ小さかった俺たちが歩いていた道を、当時よりもお互い背丈が伸びた俺たちが歩いている。こんなことが実現されるなんて、去年の俺なら想像もしていなかっただろう。
 なまえには俺が覚えてればいいなんて虚勢を張ったけれど、本音を言えば覚えていないのは少しだけ寂しい。けれど、それ以上に再びこうして会えたことへの嬉しさのほうが上回っているのも自分の本心だ。

「ここでよくなまえがバレーボールの話してたんだよな」
「…へえ」

 なまえの足がぴたりと止まる。母校から家までのよくある道だ。正面を見つめて何やら考え込むなまえに、俺はなるほどと思う。
 突然なまえが地元の話をした時から違和感はあった。なまえが地元を見て回ることで解決するかもしれないと思ってこの帰省を実行したけれど、どうやらほんの少し足りなかったらしい。
 
「ねえなまえ、少し足元悪い道でもいける?」
「え、うん、大丈夫」
「分かった。着いてきて」

 家に帰るまでの道をルート変更。踵を返した俺の後ろを大人しくついてくるなまえを見て、俺は少しでもそのしこりがなくなればいいなと願うばかりだった。

20230509



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