24 明日を忘れた君へ
――2020年。

 オリンピックを終え、俺は数年ぶりに高校の時のメンバーと集まっていた。場所はおにぎり宮、同級生の治の店である。
 
 店に入れば、大して懐かしくもないメンバーが顔をそろえて待っていた。というのも、高校を卒業して進学先が別れてからも双子や銀とはなんだかんだ連絡を取り合っていたし、暇さえあればメシだのなんだので顔を合わせていた。ここまで来ればいっそ腐れ縁と言ってもいいのではないだろうか。
 兄弟の店だからか、侑は遠慮もせずにどかりと座敷に座り込む。それに対し北さんから注意を受け、銀や大耳さんたちが相変わらずだなあと笑う。先輩たちとは、双子や銀のような頻度とはいかずとも、治が店を構えたこともあって関係は続いている。
 
 手元に酒が回ったところで、赤木さんが立ち上がったので、俺は流れるようにスマホの録画ボタンを押した。今日の音頭は赤木さんが担当らしい。「はよグラス持って!」といろんな人を急かした赤木さんは、全員がグラスを持ったことを確認すると待ってました!と言わんばかりにグラスを高々と上げた。

「侑のスキャンダルに、かんぱーい!」
「いや、ちょお待ってくれます!?」

 侑の叫び声とともに、あちこちから聞こえる「かんぱーい!」の声とともにグラスがぶつかる音がする。相変わらず集合してから乾杯までが早い。東京での飲み会ではもう少しゆったりしているので、この早さはここだけだろう。
 ちなみに侑のスキャンダルはプロになってから3度目のことだった。その全ては女関係で、侑曰くデマらしい。「三度目の正直とはよう言ったものやなぁ」とは北さんの言葉だ。
 ちなみにこの時、いつものように正論で殴られると身を縮こませた侑は「もう侑も大人なんやから、俺は何も言わへんよ」と北さんに言われ、世間でイケメンと騒がれるその面を青くしていた。とうとう見捨てられたと思ったらしい。というよりも俺は20歳をとうに超えても相変わらず北さんに怒られてる侑にびっくりなんだけど。

「お前ら、オリンピック大活躍やったな!」
「俺らここで見とったけど、手に汗握ったわあ」

 大耳さん、赤木さんと続いた言葉に、その場のほとんどがうんうんと頷いた。それにふんぞり返って「せやろせやろ」と笑う侑を苦笑いで見守りながら、尾白さんが「応援ありがとな」と笑う。「倫太郎のブロックも見事なもんやったなあ」大耳さんに褒められ、俺は「っス」と小さく返事を返した。
 
 今日は、侑のスキャンダルを茶化す会――ではなく、尾白さんと侑、それから俺のオリンピック慰労会だった。メダルまでは一歩届かなかったものの、アルゼンチンとの試合は次の日の朝のネットニュースになるほど白熱した戦いになった。「日本代表に知らん名前おらんかったもんなあ」「みんなほぼ同世代や」「妖怪世代な」「凄かったなあ」酒を煽りながらオリンピックの様子を振り返る。テレビではバレーボールの特集が組まれ、バレーボールは今、世間の注目を集めていた。

「せや、角名。みょうじさんからは連絡来たん?」
「ああ、うん。おつかれって連絡来てたわ」

 何となくそのメッセージを探そうとスマホを確認する俺に、銀は「そら良かったなあ!」と笑う。その会話が聞こえたらしい侑が、ビール片手に「ストップストップ!」と慌てた様子で俺と銀の間に割り込んでくる。

「ほんまやめて銀!ここでその話題ださんといて!」
「は?なんでやねん」
「こいつ、この手の話長いねん!砂糖吐くで!」
「なんや侑、彼女おらへんですっぱ抜かれたくせして嫉妬しとんの?」
「クソサムは黙っとけ」
 
 酒が入った侑は、普段の倍うるさい。この前少し話しただけじゃん、と耳を押さえながら反論すれば「その少しが少しやなかったから言うてんねんぞ」とキレられる。

「てか今みょうじさんどこおるんやっけ?」
「ドイツ」
「ドイツか〜」

 そんな話題の渦中にいるなまえ本人はというと、大学を卒業すると同時にドイツの音楽院へと留学し、もうすぐ卒業する。俺らはかれこれ二年ほど遠距離恋愛というものをしていた。

「二年も会えへんのしんどくない?」
「まあね」

 頷いた俺に「二年も会うてなかったら顔も名前も忘れられてんとちゃう?」と侑がきゅうりを齧る。高校の時を思い出しているのか「侑も治も覚えてもらうのに時間かかっとったしな」と銀が苦笑いした。
 なまえの脳の治療は、大学に入る頃にはほぼほぼ終えている。覚えていられなかった記憶はやはり思い出すことはできないけれど、高校での記憶はちゃんと残るだろうと主治医から言われていた。その時のなまえの嬉しそうな顔は今でも鮮明に思い出すことができる。

「彼氏の顔、忘れるわけないだろ」
「ウワ…」
「ウワ…」
「双子失礼すぎだろ」

 げえ、と舌を出して顔を歪めた侑の隣で、治は「角名のドヤ顔なんや腹立つな」と理不尽な怒りをぶつけてくる。銀はそんな俺らにケラケラと笑って、グラスを一気に煽った。
 
「でも、もうすぐ帰ってくんのやろ?」
「ああ、うん。来週帰ってくるよ」
「あ、角名、みょうじさんにあの店のバームクーヘン買うてきてって伝えてや」
「いやどの店だよ」
「ドイツにおんのならバームクーヘンで伝わるて。…多分」
「あ、俺はビールでええよ」
「治も侑も自分で頼めよ」

 ドイツのビールうまいねんなあ、と日本のビール片手に顔を赤くする侑に、いや日本のビールで十分じゃんとつっこみたくなる衝動を抑える。双子に突っ込んでなるものか、とは年数を重ねればもはや俺の座右の銘になりつつある。

「で、角名いつプロポーズすんの?」
「ングッ…!?」

 ニヤニヤと頬杖をつく侑の隣で、治が誰かに呼ばれ立ち上がり、見慣れたカウンターキッチンへと消えていく。どうやら追加で何か作ってくれるらしい。
 銀もその話題に興味があったようで「もう長いもんな、お前ら」とニコニコ笑う。
 確かにこの二年、考えなかったわけではない。けれど俺がバレーを続けているように、なまえも音楽を続けている。そのために二年もドイツにいるわけだし。少し考えてから「今ではないかな」とグラスに口をつけた。それに顔を合わせた二人は、「ふーん?」とニマニマとした笑みをこちらに向けている。

「角名、プロポーズは自分からするって必死やったもんなあ?」
「…俺、侑に話したっけ?」
「元也くんから聞いた」
 
 「角名被害者の会やで」と侑が肩をすくめる。なんだよその会、と呆れる中、俺の脳内では古森が満面の笑みでVサインを向けている。俺のプライバシーとは。物申してやろうと口を開きかけた時、誰かのスマホがピコンと音が鳴った。
 銀がつまみ片手に「角名鳴っとんで」とスマホをつつく。いつの間にかマナーモードが解除されていたらしい。それに目敏く反応したのはやはり侑で「なんやみょうじさんか〜?」とニヤニヤした顔をこちらに向けている。聞きたくないだのなんだの言う割にはこの男、こうして茶化してくるのだから自分の首を絞めているのにいい加減気づくべきだと思う。いや、俺がいうことじゃないかもしれないけど。
 
 スマホを開くと、メッセージが一件。送信主は侑の予想通りなまえだった。メッセージ画面を開くと、そこにはメッセージの代わりに位置情報が共有されましたの文字。小さく首を傾げながら画面をタップして、位置情報が表示されたところで思わずガタリと立ち上がる。

「うお、何やねん角名。びっくりするやろ」
「ちょ、ごめん!俺帰る!」
「はあ!?」

 なんで、とか嘘だろ、とか何で今日?とか。思うことは沢山あったけれど、それよりも先に動く手足で慌ててボディバッグを引っ掴み靴を履けば、何事かとワラワラと人が集まってくる。「なんや」「どうしたん?」ああもうだからやなんだよこの酔っ払いども!

「彼女が、帰ってきたんで、帰ります!」

 わざわざ大声で分かりやすいように叫んでやれば、店内に静寂が広がる。しかしそれも一瞬で、次にはわあっとその場が湧いた。

「おー!いけいけ!」
「お幸せになあ!」
「あとでちゃんとこっち報告するんやで!」

 何故だか大掛かりな話になっている気がしないでもないが、敢えて触れずに「あ、はい」と一礼する。そのままカウンターで追加のつまみを作っている治に1万円札を一枚叩きつければ、何故か治までフッと笑い「いらん。餞別や」と1万円札をスッとカウンターに置き頬杖をついた。銀も侑もニヤニヤと頬杖をついて見守っている。
 いや、俺別にプロポーズとかしないから!あと治は多分それ意味違うから!色々と言ってやりたいことはあったがこの雰囲気に水を差すのも面倒なので「サンキュー」と手を振り店を飛び出した。
 
 向かう先は、東京。俺となまえが過ごした家だ。

 
△▼△


 なんとか最終の新幹線に乗り込んで数時間。夜も更けた頃、俺はようやく家の前に辿り着いた。まだ酒が抜け切らない体で全力疾走をしたせいか、息が中々整わずに肩でゼエゼエと息をする。
 そのままインターホンを押せば、少しの静寂ののち、慌てたようにバタバタと走る足音が家の中から聞こえてくる。その音はどんどん近くなるにつれて俺の心臓も連動するかのように高鳴っていく。
 ドアが開き、暗闇に人工的な光が差す。思わず目を瞑れば「倫太郎?」とここ数年電話越しにのみ聞いていた声がして、パッと顔を上げた。
 目の前で、目を瞬かせるなまえに勢いよく抱きつけば、なまえは「わ!?」と驚いた声を上げたものの、その腕を優しく俺の背中に回す。それすら嬉しくて、俺はぎゅうぎゅうとなまえを抱きしめた。

「なまえ、結婚して」
「あ、うん。ただい…エッ!?」

 おかえり、とか帰ってくるなら先に連絡してとか、言いたいことは沢山あったのに、そんな言葉よりも先に勢いのまま出た言葉は俺の胸の中で今か今かとずっと出番を待ち望んでいたもので。
 そんな突然のできごとになまえは混乱しているのか「ちょっとまって、ねえ!倫太郎、ねえ!」と俺の背中をバシバシ叩く。
 ああ、ほんと、こんなところでプロポーズするつもりじゃなかったんだけどな。冷静に考えている自分もいる中、二年越しのなまえに体は言うことを聞かず、ただひたすらなまえを抱きしめ続ける。待ちに待っていた彼女の顔を見て、自分の中のストッパーがぶっ壊れたらしい。

「俺に、明日もその先も、なまえといる権利をください」

 背中を叩いていたなまえの手が止まる。頬が熱いのは、酒が回っているからだけじゃないだろう。玄関で、酒の入った状態でだなんて、ほんとムードもへったくれもないプロポーズだ。
「倫太郎、離して」と腕の中の彼女がもぞりと動く。そっと腕の力を緩めれば、自力で抜け出した彼女が、俺の顔を覗き込んだ。
 久々のなまえにドキリと心臓が鳴る。今の俺は、きっと情けない表情をしているだろう。
 そんな俺の顔をじっと見つめていたなまえは、優しく笑ってから両手で俺の頬を包み込む。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 なまえの顔が近づく。どちらからともなか合わせた唇は、ほんの少しの触れ合いだというのに、長い長い時間に感じた。
 
 
  
明日を忘れた君へ

 
 幸福で満たされた俺たちの時間は、「倫太郎お酒くさい」となんとも締まりの悪い言葉で閉じられた。まあでも、それも悪くない。まだまだ人生長いわけだし、最期に笑い話として話せるなら、こんな思い出があったっていいでしょ?
 じゃあ、おやすみ。また明日もよろしくね。

20230510 完



back