04
「遅かったなぁ、角名」
ノート片手に帰ってきた俺を見て、治が伏せていた顔を上げる。7組まで走らせておいて、この男、すやすやと眠っていたらしい。
治はあくびを噛み殺してから「もう予鈴なってんで」と続けた。その目はどこか面白そうにニヤニヤと笑っている。こっちの苦労も知らずに、寝起きだからかぽけっとしている治にため息を吐く。治の机の上に回収したノートを乱雑に置いてやると、思ったよりもドンと音がなり、びくりと治の肩が揺れた。
「なっ、んやねん!てか置くなや!」
「あ、治の机から各自ノート持ってって」
突然ノートを机に置かれ驚いている治を無視して、近くのクラスメイトに声をかける。無視された上自分の机を使われていることに治は文句を言っているようだったが、「先生来れんくなったから自習やって!」と嬉々と報告を上げたクラスメイトの声にかき消された。
△▼△
「角名、俺に何か言うことあるやろ」
部活を終えた帰り道。突然そんなことを言いはじめたのは侑だった。言うこと、とはおそらく昼休みの件だ。返事の代わりに嫌そうな歪んだ顔を隠さず向ければ、侑はそんな俺の顔を見て駄々をこねるように「勿体ぶらんとはよ話せや」と大きな体をじたばたとさせる。子供か。
「どうでもいいじゃん」
「はあ?どうでもよくないわ」
治ならまだしも、なぜ侑が昼休みの件について知りたがる必要があるのだろう。体育館側でみょうじさんをはじめて見たあの日、侑はその場にいなかったし、みょうじさんに興味なんてないだろうに。
「なんで知りたいわけ」
「はあ?治が昼休みに言うたんやで。これからおもろいことになるかもなって」
治に視線を向けると、治はサッと視線を逸らす。なるほどお前か。どうやらポロっと溢れた言葉に思ったより侑が食いついてしまったらしい。
「スマン、角名。骨は拾う」
「ふざけんな」
両手を合わせて拝むポーズをする治にげっそりとした表情を向ける。侑は人でなしだと言われるその顔をこちらに向けながら、「普段やられっぱなしやからなぁ。角名の弱み握ったるねん」と笑っている。
「ああ…7組の用事って、みょうじさんだったんやろ?」
「治」
「……」
銀の言葉に、治はこれ以上回らないだろうくらいに首をあちら側へと向けている。この男、口が軽すぎないか。というか別に、7組にはノートを届けに行っただけなんだけど。
ラブロマンスでもはじまるのかといった視線をこちらに向ける双子と侑に、面倒臭いなと隠さずに口にする。
7組のみょうじさんに会いに行くのが目的ではないと2人に言いたいところだが、いまいち説得力に欠けてしまうことが自分でも分かっているから余計に面倒だ。
「別にみょうじさんとは何もないよ。ただの幼馴染ってだけ」
「幼馴染!」
「幼馴染!?」
「ほぉん」
揃って驚いた顔をする3人をスルーして、俺はスマホへと視線を戻す。そんな驚くことだろうか。
「あれでも角名、この前はそんなこと言ってなかったよな?」
銀が不思議そうに首を傾げる。この前、とはおそらく教室でみょうじさんの話題が出たあの日のことだろう。
「…あの時はみょうじさんがその幼馴染だって分からなかったんだよ」
「分からなかったって、何やそれ」
「幼馴染って分からんもんなん?」
侑と治の問いかけに、俺は双子の視線から逃げるように視線を逸らす。「見た目変わったとかか?」「劇的ビフォーアフターでもあったんやろ」あることないこと会話を繰り広げる双子に、銀は呆れた様子だ。
「…幼馴染って言っても、最後にあったの随分前だし」
「ほぉーん?なんで?」
「向こうの都合。小2で転校してそれっきり」
じゃあこっちで再会したんか?と首を傾げた銀に頷きを一つ返す。俺の頭が縦に動いたのを見た侑が、「ど定番やん!」と、表情を明るくする。いや、定番って何。
「きっと相手の女子はまだ角名が好きに違いない!」
「まだって。好きとは限らんやろ」
「はあ?幼馴染やで? W角名くんひさしぶり、かっこよくなったね。ところで付き合おうWは定番やろ」
「うっわキショ」
「なんやとサム!」
「てか、ところで付き合おうってなんやねん。適当か」
「お前ら本当楽しそうやなぁ」
呆れ顔の銀に、侑は「なあなあその女子かわええの?」と目を輝かせている。相変わらず外見重視な男である。こちらの気持ちなど知らずに話す3人に、「そんなんじゃないから」と眉間に皺を寄せた。
「それに、向こうも俺のこと覚えてないし」
「はあ?幼馴染なんやろ?忘れるわけないやん」
「実は仲悪かったん?」
「さあね。2軒先に住んでたからよく遊んではいたけど」
「仲良しやん」
「むしろ兄弟やん」
なんで?なんて首を傾げる双子と銀に、俺は黙り込む。「角名を忘れるくらい、転校先のが楽しかったとかか?」なんてニヤニヤと笑う侑に、俺は何も返事をしなかった。
知らないよそんなの。俺が聞きたいくらいだ。眉間に皺を寄せた俺を見て、治がほぉーん?と意味あり気に呟く。
「なに」
「いや。ツムが言ったこと、あながち間違いでもないんかな思て」
「はあ?」
「その女子がどうかは知らんけど。角名はその子のこと、まだ好きなんやろ?」
治の言葉に、侑と銀の視線が痛いくらいに向けられる。思わず持っていたスマホを強く握り締めれば、目ざとく見つけた侑が「え、…え?角名マジか」と呟く。次に起こることを想像して、俺の眉間に皺が寄る。
「角名ァ!そうかそうか!」
「ねえちょっとやめてくんない」
「あの角名がなあ!」
「ちょっと」
ニヤニヤ、バシバシ。侑は俺の肩に片腕を回し、もう片方の手で俺の肩を叩く。最悪すぎる。遠い目をする俺のすぐ横では、人でなしが完全に新しいおもちゃを見つけた様子で嬉々としている。
「はよ言えやぁ、水くさい!」
「暑苦しい離れろ」
「そういうことなら、この侑様が協力したるで!」
いやまじでいらないんだけど。話を聞け。
20230304
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