05
無事にインターハイ県予選を終えているとはいえ、ここ最近の休日練習はハードだ。いよいよ本戦が近づくこの時期は、いつも以上に練習に力が入る。普段であれば適度にサボれる時はサボるのだが、さすがにこの時期ばかりはそうもいかない。
さすがにそろそろしんどいな、と汗を拭う。先ほどから少しだけ様子のおかしい侑に視線を向けた。一見いつも通りのコンビネーションを見せている双子なのだが、侑の顔は少しだけ強張っていた。
「…ダァアアアッ!ピーピープープーやかましい!」
突然そんなことを叫び出した侑に、びくりと部員たちがぎょっとした顔で侑を見つめた。侑はそんな視線を気にもしない様子で体育館の外を睨みつけている。
音?と誰もが手を止めたため、体育館には音が消え、代わりに小さく楽器の音を拾う。
「なんやねんこの間抜けな音!」
「自分が不調やからって他に当たるなや」
「ハァン!?不調ちゃうけど!?」
言い合いをはじめた侑と治を必死に止めようとしている尾白さんを横目に、俺は少しの休息を得ようと小さく背中を丸める。どうせ双子が言い合いをしているうちは練習は中断されるだろう。というか、こんな小さな音よく拾ったな。
あ、双子の喧嘩が始まった。シャッとスマホを構えた俺の隣では、銀が「なんかこの音聞くと、改めてインハイ近づいてきたんやなぁって思うわ」とボトル片手に扉の外へと視線を向けている。
ここ稲荷崎高校は、吹奏楽の強豪校でもある。そんな吹奏楽部の大会がインハイと時期が近いこともあり、バレー部同様にこの時期になると平日も休日も関係なく校舎の至る所で楽器を鳴らしている。
一応、バレー部――というより主に侑が、音に関してうるさいという話は、バレー部の応援団担当の部員を通して部内に周知されている。そのため、バレー部から離れた校舎で練習をすることがお互いの暗黙の了解となっていた。というより、バレー部には制約する権限などないので、あくまで吹奏楽部側が配慮してくれているだけなのだが。
バレー部同様部員の数が多い吹奏楽部の練習場所は限られている。どうしてもという時は、吹奏楽部はこうして体育館近くで練習するしかなく、こうしてバレー部の使用している体育館までその音が聞こえてくることも少なくない。
「侑、治。お前らなにしてんねん」
吹奏楽部侑に甘すぎでは?とげんなりしていると、2人の喧嘩に気づいた北さんがスタスタとこちらに近づいてくる。慌ててぴしりと動きを止め取り繕う双子を北さんが見逃すはずはなく、結局双子揃って正座。
北さんにこってりと絞られたにもかかわらず不機嫌に顔を歪ませる侑を見て、北さんは小さく息を吐いて「休憩しよか」と手を鳴らした。
△▼△
「吹奏楽部に文句言ってくるわ」
「はあ?」
「せやから、力づくでこの音止めてくんねん!うるさくて集中できひんわ!」
チィッ!と、不機嫌を隠さず大股で出ていった侑を、銀が慌てて追いかける。侑の顔はさながら凶悪犯のそれだ。普段ならまあいいかと流すのだが、さすがにあの状態の侑を野放しにしてはいけないだろう。少し、いや、正直かなり面倒だけど。
床にあぐらをかきふてくされている治にちらりと視線だけで目配せをする。俺の意図を汲んだ治は、嫌そうに顔を歪めてから「はぁあ!」とわざとらしく息を吐いて立ち上がる。こういうところが、侑よりは接しやすいと思われている所以なんだろうなと思う。
「せやから、先輩に許可は貰てるんです!」
現場へと向かうと、すでにことは始まっていた。侑は予想通り吹奏楽部員と衝突している。銀が先に侑を追いかけていたはずだが避けられなかったようだ。「やんなぁ、ごめんなぁ、ほんまに」「なんで銀が謝ってんねん!お前こっちの味方せぇや!」「もうなんやねん!練習の邪魔せんでくださいぃ!」阿鼻叫喚という言葉が似合うくらいに、その場は混沌している。
これは、後で北さんに報告した方がよさそうだと考えながら、証拠を押さえるべくスマホを取り出し躊躇なく録画ボタンを押した。暫くは銀に任せよう。というか面倒だし。治も考えていることは同じなのか、手が出るほどの喧嘩にならない限り、止める気はないようだった。
「ちょっと、なんの騒ぎ?」
喧騒の中に、凛とした声が響く。突然聞こえたその声は、混沌としていた空気を霧消させた。
言い合いをしていた侑と吹奏楽部員は、変化した雰囲気に気づけば口を閉ざしていて、声の主を見つめて瞬きをしている。
「っ、なまえ先輩ぃ〜!」
はっ!と先に我に返ったのは、吹奏楽部員のほうだった。縦に長い大きな楽器を片手にみょうじさんの胸へと勢いよく飛び込み、先ほどの勢いが嘘のようにメソメソと泣いていた。楽器の大きさはそれなりあるのに器用だな、と少しだけ感心してしまった。
「ちょ、っと。楽器持って抱きついちゃダメって何度も言ってるでしょ!」
「す、すみません!せやけどこの人が!」
ぎゃん!と犬のように訴える部員の指を辿ったみょうじさんは、侑を見てきょとんと目を瞬かせる。
「どちらさま?」「バレー部の人です」と手を口元へ持ってきてひそひそと話している彼女たちの態度に、侑の機嫌は更に急降下していく。
「宮侑や!バレー部二年!レギュラーやぞ!吹奏楽部員ならそれくらい知っとけ!」
「あー、ごめんね。私もこの子も、応援団メンバーじゃないから…」
「メンバーじゃなくても知っとけや!」
「あー、私、人の顔と名前一致させるの苦手で…」
みょうじさんがごめんね、と申し訳なさそうに眉を下げる。それを見た侑が、頬に青筋を立てて一歩を踏み出そうとしたところで銀が慌てて侑を押さえ込んだ。
そういえば、みょうじさんを認識したのもそんな噂がきっかけだったっけ、とひとり納得する。その後の衝撃の方が強すぎて、つい忘れていたけれど。
「で、えーと。宮くんと何があったの?」
「せや!聞いてください先輩!こっちは大会近いから、はよEの3小節目のとこどうにかしたいっちゅうのに、この人が練習やめろいうんです!」
「お前がピーピー音出して俺の練習邪魔するからやろが!」
「だから!先輩はここで吹いててええって言ったんです!」
侑から再度攻撃を受けた部員――彼女の後輩は、「ねっ!ねっ!?」と抱きつきながらみょうじさんに同意を求めている。どうでもいいが、こんな時でもWバレー部の練習WではなくW俺の練習Wと発言するあたりがなんとも侑らしい。
みょうじさんは後輩の言葉にようやく状況を理解したようでああ、と呟いてから小さく頷いた。
「この子にここでの練習を許可したのは私です」
「ハァ?いつもはこんな所で音出してへんやん」
「今日は校舎の一部が点検で使用できないので。確かそちらに許可はいただいているはずですが?」
首を傾げたみょうじさんに、侑がぐっと言葉を詰まらせる。隣では治が「そういえばさっき説教された時にそんなこと言うてた気がするわ」と他人事のように呟いた。
その声にこちらの存在に気づいたらしいみょうじさんがこちらを見て少しだけ目を見開く。どうやら俺と治がいたことに気づいていなかったようだ。治に目を向け、そのまま視線が治の隣にいる俺に向けられる。ばちりとあった視線は、そっと逸らされた。
「そもそも、許可したとか言うけど自分にそんな権限あるんか?お前、同い年てことは部長ちゃうやろ?ならお前に決定権なんてないやん。そこんとこ、どうなん?」
「角名、顔、顔」
「うるさい」
侑は、先ほどよりも明確に敵意を向けてみょうじさんに捲し立てる。攻撃対象が彼女の後輩から彼女へと移ったようだ。侑はお願いだからいい加減その口を閉じて。侑の態度に、おれはげんなりとして背中を丸めた。お前、この前協力したるわとか言ってたじゃん。絶対嘘じゃん。お前、協力する気ないでしょ。「うわ、でよった人でなし」と、治は治で侑に軽蔑するような視線を向けている。
子供も泣き出すであろう顔で凄んでいる侑に、俺はどうにでもなれとあれこれ考えていた思考を投げ捨てる。こうなってしまった侑は、もう北さん以外の言うことなど聞かないだろう。せめてこれ以上侑が変な行動を起こさないよう祈るばかりだった。
20230306
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