07
月曜日ってなんでこうもやる気が出ないんだろう。そんなことを考えながら、購買で買ったコロッケパンを一口齧る。
結局、話し合いの末謝罪には放課後の部活前に行くことにした。というのも、先程7組に顔を出しに行ったところ、みょうじさんの姿は見当たらなかったのだ。
みょうじさんがいなかったことに腹を立てた侑は、謝りに行く人とは思えないくらいの不機嫌さでおにぎりを頬張っている。巻き込まれたこっちのみにもなってほしい。とはいえ、この不機嫌は朝からだったので、朝練終わりに北さんに再度釘を刺されていたのだが。
「謝りに行ったところで、どうせ俺の名前なんて覚えてないやろ」
「ああ、それはあるかもね」
「なんやねん!そこはWこんなイケメン忘れるわけないやんWって言うところやろが!」
「なんなのめんどくさ」
完全に不貞腐れている侑に銀が苦笑いをむける。銀も「名前と顔が一致しない」と本人が断言したのを聞いていたので、下手にフォローするのはやめたようだ。
「大体、俺だけが悪いわけちゃうやろ。あっちかて俺のこと殴ろうとしてたやん」
「でも向こうは謝ってたで?」
「俺にやなくて、北さんにや!」
「なのになんで俺だけ!」と肩を落とす侑に「巻き込まれたこっちの身にもなれや」と治がおにぎり片手に睨みつける。
「確かに、楽器の件はともかくみょうじさんとの件は侑だけが悪いわけじゃないね」
「角名よく分かってるやん!角名は絶対俺の味方してくれる思てたで!」
「いや、別に味方したわけじゃないけど」
「そこは頷けや!」
「まあ、みょうじさんもまあまあ侑のこと煽ってたしなあ」
侑と話すみょうじさんを見ていたら、彼女が昔から口が悪く、手がでやすかったことを思い出した。引っ越した後もそれは変わらなかったようだ。
「侑にあんなん言う女子はじめてみたわぁ」と思い出すように呟いた銀に、俺は頷いた。普段双子には散々迷惑をかけられている分、内心ざまあみろとほくそ笑んだのも記憶に新しい。
「ああでも」と言葉を続けた俺に、3人の視線が集まった。
「侑がみょうじさんに言ったことについては、俺も怒ってるんだよね」
あの場で被害を受けたのは、なにも吹奏楽部員だけではない。侑は彼女に対して言った言葉を思い出しているのか、目が泳いでいた。そうだよね、協力するとか言っておいて、侑だけでなくバレー部の評判も落としてたワケだし。挙句、本人の目の前で俺と彼女の件をほじくり返してくれたんだもんな。
「で、なんだっけ?」と侑に問いかけると、侑は声を震わせて「ちゃんと謝りに行き、マス…」と蚊のような声で呟いた。
△▼△
放課後4人で音楽室へと向かうと、みょうじさんはいないようだった。もしかして今日、学校に来ていないのだろうか。2度も足踏みを食らった侑は、その場でチィッと舌打ちをする。
突然現れた双子に、音楽室からは女子の視線が集中する。そんな浮ついた空気に気づいたのか、北さんと話していた女子生徒――吹奏楽部の部長が「どうしたん」とこちらに声をかけてくれたので、みょうじさんとその後輩に用事があることを伝える。すると、彼女は納得したのか頷いてからスタスタと音楽室の奥の方へと歩いていった。
「うっわ、バレー部やん!」
みょうじさんの後輩は、治の顔を見て嫌そうに顔を歪めた。多分彼女は侑と治を勘違いしている。治もそれを察したのか、「お前が喧嘩してたんはこっちや」と侑を指差した。不快ですという表情は全く隠せていないが。「おい指さすなや」と侑は治を睨みつけている。
彼女は右左と見比べてから慌てたように「スミマセン宮先輩!」と治に頭を下げた。彼女は覚えていないというより、単に見分けが付かなかったのだろう。とはいえ、みょうじさんといいこの学校で宮兄弟にそんな反応を返す女子生徒は珍しい。
「ほんで、私に何かご用ですか?」
「ああ、この前のこと謝りにきたんや」
銀がそう言って侑の背中を強く押す。侑は「分かってるわ!」と半ギレで後輩の目の前に立つ。身長差に「ひ、」と情けない声を出した後輩に対し、侑はなぜかふんぞり返っている。
「アー、その。すまんかったな、楽器」
「楽器?」
「おん。楽器は大事なもんやろ。せやから…アー、乱暴してすまん」
どこか気まずそうに謝罪を告げた侑の視線は完全に横を向いていたが、俺と治と銀はその侑の態度に少しだけ目を見開く。この人でなしは意外にも気にしていたらしい。
侑の言葉に、きょとんとした目を向けた後輩は、少し間を置いてふは、と笑った。侑はその声を聞き逃さずに「こっちが謝罪してんのに何笑てんねん」と睨みつけている。
「なんだそのことですか」
侑の言葉にキョトンとした目を向けていた後輩は、「トロンボーンのスライドってよお取れるんです。私もやったことあります」と手に持つ楽器を撫でた。
「確かに私の命よりも大事な相棒に手を出された時、この子に何かあったら先輩の腕も折ってやろう思てましたけど」
「は!?物騒なやつやな!」
「でも、謝ってもらったんでもうええです」
噛み付く侑の目の前で、彼女は本当に気にしていないと笑う。ひとまず丸く収まったことに銀はほっとしていたようだったが、俺は内心ため息をついた。北さんのことだから、もう向こうが気にしていないって分かってて行かせたんだろうな。脳内では、あの隙もない顔がこちらをじっと見る。まあ今回の件は、侑へのいいお灸になっただろう。
「あー、あと、今日みょうじさんおる?」
「なまえ先輩ですか?今日は学校休みですよ?」
首を横に振った後輩に、肩を落とした銀の隣でやっぱりなと思った。今日1日合わなかったのは、そもそも学校にいなかったから。侑に至っては「なんっやねんほんま…」と打ちひしがれている。
「あ、別に土曜日の件があって休んでるわけじゃないですからね!?」
「いや、それは思てない」
「先輩、今日は定期受診の日なんです」
定期受診?と首を傾げる銀に、後輩は頷く。「最近は減ってきたんやけど、昔からずっとなんです」と昔を思い起こすように手を顎に当てて言った。
「ねえそれ、どういうこと?病気なの?」
「え?」
彼女の後輩の言葉に、彼女との記憶のページを無意識にめくる。昔は病院なんて無縁だったはずだと思わず食い気味に問いかけた。
「まあ病気っちゅうか、昔怪我したところを診てもろてる言うてましたけど」
昔の怪我。愛知で暮らしていた時にそんな話は聞いたことがない。もしかして引っ越した後何かあったんだろうか。
侑は「本人おらんならもう部活行こうや」と毛ほども興味がなさそうに踵を返しこちらに背を向けている。確かに、そろそろ部活に行かないと北さんに何か言われてしまうかもしれない。けれど、みょうじさんのその話をもっと詳しく知りたい。後ろ髪を引かれる思いでいると、彼女の後輩は「あのぉ」とまるで発言の許可を得るように控えめに手を挙げる。
「角名、先輩…でしたよね」
「え?ああ、そうだけど…」
「ちょっとだけお時間ええですか」
思わぬあちらからの言葉に、俺は思わずこくこくと首を縦に動かした。それにいち早く気づいた治が、「先行ってるで」と侑と銀を連れて音楽室から去っていく。
「あの、なまえ先輩と幼馴染ってほんまですか」
唐突な質問に、俺は目を点にしつつも頷いた。病院の件を話してくれるのかと思っていたので少し拍子抜けだ。彼女は歯切れが悪い声で「そう、ですか」と呟く。
「あのさ、病院って結局なんなの?」
「ごめんなさい、それは軽々しく私が話せる話やないです」
それから口を閉ざして何か考え込むようにして黙り込んだ。どうやら本当に教えてくれるかはないらしい。俺は諦めてその場を去ろうと踵を返した。そんな俺を、彼女は慌てて引き留める。そして意を決したように口を開いた。
「あの、おせっかいかもしれないんですけど、なまえ先輩は角名先輩のこと全部忘れたわけやないと思います」
「は?」
「私、これでもなまえ先輩とは私が小4からの付き合いなんです。ほんで、昔にW愛知に住んでる友達Wの思い出話聞いたことあってん」
彼女はどうやら、同じ部活の先輩後輩だけでなく、なまえが転校した先のW幼馴染Wだったらしい。だから仲が良さそうだったのか。彼女も彼女で思うことがあったらしく「てっきり女の子との思い出かと思てたんですけど」と続けた。
「とにかく、なまえ先輩はW角名先輩Wのことは覚えてへんけど、W角名先輩との楽しかった思い出Wは、覚えてるんやと思います」
何、それ。俺のことは覚えていなくて思い出は覚えているって意味わからないんだけど。どう言う意味だと怪訝そうに彼女に目を向けるが、彼女はその視線に応えることはなかった。
それだけです、と彼女は控えめにお辞儀をして、音の輪に混ざっていった。
20230307
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