ゲームが好きだ。携帯ゲームも好きだしソシャゲも好きだけど、ゲームセンターに設置された対戦格闘ゲームに勝るものはない。
 そんな私は表向きは甘いもの大好き女子高生。裏ではゲーセン週4通いのゲーマーとして過ごしている。裏の顔があるなんて、もう随分と前に見ていた魔法少女アニメのようだと思うが、実際はそんな甘いものじゃない。休日はおろか、放課後までゲーセンで格闘ゲームをして、ゲーセンで開催される大会は常連ですなんてクラスメイトに知られた日には、教室から私の席は綺麗さっぱりなくなるかもしれない。いや、なくなるわけないんだけど。
 とはいえ、これは私にとって最大の秘密。同級生はもちろんのこと、同じ学校の生徒には絶対にバレたくはない。だから今日も今日とて細心の注意をはらってゲーセンへと足を運ぶ。
 友人の「今日もバイト?いてら」という声に見送られてバイトでもないのにわざわざバイト先へと向かう。向かう先はバイト先の更衣室だ。制服を脱ぎ、私服へと着替えて「バイト先を隠れ蓑にするな」という店長の呆れた声を軽く躱してゲーセンへと向かう。ちなみにこのバイト先を選んだ理由は、ゲーセンが徒歩圏内だったから。この秘密がバレないために必死だったのだ。

 ゲーセンの店内と入れば、ゲーセン特有の音が私を出迎える。ガヤガヤとしたこの雰囲気は好きだ。以前一緒にプリクラを撮りに言った友人は「耳が痛くなる」と嫌そうにしていたけれど、私はこの騒がしさが好きだった。
 いつもの筐体の前に座り、適当な相手と対戦していく。なんだか今日は人が多い気がするな。気づけば私の周りには人が集まっていて、「俺も」「僕も」なんて挑戦者が現れた。よろしくお願いしまあす、なんて愛想よく挨拶をして対戦していく。結果は圧勝。いつの間にか店員がマイク片手にアナウンスまではじめている。「お名前は!?」と聞かれたので、大会で名乗っている名前を答えておいた。

「他に挑戦者はいませんか!?」

 興奮した様子の店員の声に、なんだなんだとさらに人が集まってくる。さながら非公式大会のようだ。もう時間も時間だし、いないんじゃないかなあ。ぽけっと椅子の後ろに手をついて重心を傾けていれば、「挑戦者が現れました!」と元気よく店員が言う。
 正面に座り込んだ相手の顔は、筐体に隠れて見えなかった。けれど、とても強い。私が攻めようとしても守りが硬くてなかなか攻めることができないし、守り一択なのかと思いきや突然不意をつかれて大胆に攻められる。レバーを持つ手に汗が滲んで、滑りそうになるのを何とか持ち直した。
 やばい、正直めっちゃ楽しい。ワクワクする。対戦を終えるのが勿体無い。そう思っても、勝敗というのはいつかつくもの。結果は僅差で私の勝ちだけど、次対戦したら正直どうなるか分からない。はー、と息を吐いていると、正面からガタリと音がする。やばい、帰ってしまう。またやりたいし、せめて挨拶だけでもしておきたい。いろんな感情がごちゃまぜになった私は、慌てて立ち上がり、口を開いた。

「強いですね!」
「!」

 興奮を隠さず身を乗り出せば、相手は驚いたように体をビクリと震わせる。てか、めっちゃ猫背!相手の顔を見るべく視線を上げた。「…え。」驚いたのは私だけじゃないようで、相手の人も目を見開いている。いや、そんなの関係ない。先程まで身体中を巡っていた熱が一気に冷める。

「孤、爪…?」
「あ、えっと…うん」

 え、待って、なんでここに孤爪が。さあ、と血の気が引く。開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。私が呆然としていると、沈黙に耐えかねたのか孤爪の口から小さく「名字さん、だよね」と声がした。
 あ、終わった。バレた。「名字?誰ですかそれ、アハハ」なんて誤魔化せばよかったのに、混乱した私の頭はここから離れることで精一杯だった。「ちょ、っとこっち来て!」騒がしいギャラリーの人混みを掻き分けて、孤爪の手を引き走り出した。



△▼△




 過ごしやすい季節とはいえ、日が落ちれば風は冷たい。ふるりと震えたのは、寒いからか、それとも。

「これ、よかったら。返品不可だけど」

 向かった先は、ゲーセンからそんなに離れていない公園だった。ベンチに座る孤爪に、近くの自販機で購入したコーヒーを差し出す。孤爪がコーヒーを飲めるかなんて知らないけれど、まあ、微糖だしなんとかなるだろう。可愛げがない飲み物だなとか言わないでほしい。こっちはほぼ毎日ゲーム漬けなのだ。コーヒーとエナドリは友達、OK?
 孤爪は、チラチラと私とコーヒーを見比べた。まあ、そうだよね。孤爪と私は、ただのクラスメイトだ。会話なんてろくにしたこともないし、まさかゲーセンで邂逅した挙句連れ出されるなんて思っても見なかっただろう。
 数秒ののち、孤爪は諦めたようにコーヒーへと控えめに手を伸ばす。どうやら返品不可、という私の言葉に受け取るしかないと悟ったらしい。これは私からの賄賂的なものになるので、受け取ってもらわなければ制服のポケットにねじ込むところだった。ふ、と笑えば、孤爪は気まずそうにコーヒーへと視線を落とした。

「…あー、えっと。ごめん突然連れ出して。1人?」
「いや、えっと、クロと一緒」

 いや誰だよクロ。存じ上げませんね。あー、と頬を掻きながら、「連絡しなくて平気?」と形だけでも聞いてみる。孤爪は「もう連絡したから」となんでもないように言った。どうやら私がコーヒーを買いに行っている間に連絡をしたようだ。すみませんね、強引な女で。

「ところで孤爪。それ、受け取ったよね」
「…なに?」
「返品不可って言ったよね、私」
「……」

 多分、孤爪もこうなることは予想できたのだと思う。うわあ、と嫌そうな顔を隠しもせずに、こちらに視線を寄越した。そんな顔をしても遅い。受け取ったからには、こちらの要望を聞いてもらおうじゃないか。

「今日、あの場所で会ったことは秘密にしてほしい」
「はあ」

 孤爪のことはよく知らないが、今の孤爪の「はあ」が、私の言葉に対する肯定ではなかったのは分かる。「何言ってるんだこいつ」と目が語っていた。そんな孤爪に、学校ではゲーセン通いを隠していること、ゲームが好きなことを隠していることを伝えれば、孤爪は納得したように頷いた。ついでにそのコーヒーは私からのささやかな賄賂です、と伝えると、孤爪はぎょっとしていたけれど、数秒置いてふ、と小さく笑った。

「いい、けど。隠すの意味ないと思う」
「え、なんで」
「だって俺、名字さんが格ゲーするの、知ってたし」

 さらりとそんなことを言った孤爪に、私は言葉を失った。かろうじて出たのはなんで、という3文字だけ。けれど孤爪は意味を察してくれたようで、「前、あそこじゃないゲーセンの大会で見た」と孤爪は言った。孤爪はどうやら、たまたまゲーセンの外モニターで中継されてる私を見たのだという。心あたりはある。少し前に、いつものゲーセンの大会が開催中止になったからと飛び入り参加したところだろう。今日のゲーセンには外モニターなんてないし。きっと、その時孤爪はとても驚いたんだろうな。今は私の方が驚いているけど。

 再びシン、と沈黙が広がる。ぼうと真っ暗な空を見上げた。これだけ話しているのに、私たちの視線は交わらない。孤爪がチラリとこちらを見た気がした。

「今日、部活休みだったから」
「あ、そ、そうなんだ」
「うん」

 突然なんの話かと思ったけれど、どうやらゲーセンに来ることになった経緯を話してくれているらしい。孤爪が歩み寄って来てくれた気がして耳を傾ける。孤爪は「部活のシューズ見に行くのに付き合わされて」と続けた。なるほど、そして私と会ったと。いや、どんな確率。というか、友達いるのにゲーセンに入るか普通、なんて自分のことを棚に上げて考えてしまう。

「名字さんいるかな、と思って」

 孤爪は、「大会の時、普段はあそこのゲーセンの大会に参加してるって、アナウンス入ってたから」と静かに言った。どうやら私があのゲーセンにいたことすら把握していたらしい。けれど、今日いるかまでは把握していなかったそう。そりゃそうだよ。いるの知ってて来てたら怖いよ。
 なんだかその言葉だけ聞くと孤爪が私に会いたくて来たみたいだ。なんて、自惚れか。会話もしたことない同級生に会いに行くほど孤爪は暇じゃないだろう。

「そしたら、名字さん、本当にいるし」
「まあ、あそこは私のホームだからね」

 孤爪がベンチにコーヒーを置く。カツン、と木とアルミ缶がぶつかる音がした。そんな小さな音に耳を傾けていたら、「うん」と静かに返事が返ってくる。

「あの試合」
「うん?」
「別に見てるだけでもよかったんだけど」

 見てるだけじゃ物足りなかった、とかかな。その声が、どこか弾んでいるように感じて、私は「そ、そう」と小さく返事を返す。何気なしに孤爪に視線を向ければ、お互いの視線が交わる。猫のような孤爪の目が細められた。

「名字さんがこっち見てくれるかなって思って」

 え、と呟いた私に、孤爪は控えめに口角をあげた。孤爪と視線は交わったまま。まるで逸らすことは許さないと言わんばかりの視線に、心臓が早鐘を打ちはじめる。

「今度は負けないから、覚悟してて」
「う、うん」

 ゲーム中は基本、画面から視線を逸らすことはない。それは格闘ゲームでは命取りだからだ。だから勝てる。だからこそあの瞬間、私は孤爪との試合に勝っている。けれど、立ち上がり視線が交わったあの瞬間から、私の負けは決まっていたのかもしれない。




GAME OVER