スイカと内緒話
 二日目、朝。今日の朝ご飯の担当は、私と英里だ。モゾモゾと布団から出られない私を、英里が「起きて!」と両腕を引っ張っていく。数回しか寝床を共にしていないというのに、英里の慣れっぷりはさすがマネージャーと拍手喝采を送りたくなるほどだった。眠いから本当にはやらないけど。

「おいみょうじ、目が開いてないぞ〜」
「うるさい地雷男」
「ちょ、それ意味違ってくるから。食堂でそれはやめて!」

 黒尾は慌てたように私の口を塞ごうと必死になっていたけれど、トレーを持った手で叶わなかったようだ。隣では孤爪が「ウワ…」と軽蔑したような眼差しで黒尾をじっとりと睨みつけている。
 黒尾たちのさらに奥に視線を向ければ、烏野の集団が座る席が見えた。そこにいる月島は、西谷に絡まれているものの、どことなく楽しそうに会話をしているように思う。
 「意外と平気なんじゃない」と呟いた私の言葉に、黒尾は「そうだといいんだけどな」とため息を吐いた。



「なまえ!ごめん、ちょっと今いいかな?」
「うん、大丈夫」

 少し汗をかいて体育館の入り口で手招きをした英里に、私は頷いてから猫又監督に一言入れて英里の元へと小走りで駆ける。どうしたの、と続くはずだった言葉は、英里の足元を見てなるほどと飲み込んだ。大きなスイカが二玉。奥には持ってきてくれたのだろう人たちが、食堂へと運んでいる姿が見える。

「これ、一緒に運んでくれる?次の休憩に出そうと思うの」
「分かった」

 頷いて、スイカを持とうとしたけれど、一玉を両手で持つのが限界だった。ごめん英里、私、戦力にならないみたい…。ズーンと落ち込んだ私を、英里が慰めながら隣を歩く。
 どうやらスイカをくれたのは、森然高校の保護者の方々だったらしく、お礼を言えば「こちらこそいつもありがとうね」と気の良さそうなお母様に頭を撫でられる。そんなお母様は、紐で縛り上げられたスイカを三玉同時に持っていて、私も英里もギョッと目を見開いてしまった。
 
「スイカの差し入れです!」と英里の一声で、休憩モードに入ったらしい育ち盛りの男子高校生たちは、まるでカブトムシのようにスイカに群がってくる。その絵面があまりにも怖かったので、慌てて音駒が固まる場所へと避難する。
 ほっとしたのも束の間、スイカに気づいた灰羽が一目散に飛びついてきたので、私は慌てて海を盾にした。

「あ!海さんずるい!俺にもスイカください!」
「カブトムシ怖…」
「なんて?」

 思わず呟いた言葉に、夜久は灰羽を指差して笑っている。そうして休憩をしている最中、黒尾が「ちょっくら行ってくるわ」と腰を上げて、烏野の主将たちの輪へと混ざっていった。
 珍しく腰を折ってぺこぺこしている様子から、昨日のことを話しているのだろう。チラリと月島へと視線を向けると、彼は仁花に背を向けて歩き出していた。
 その近くで、月島を見る影を見つけ、私はきょとりと目を瞬かせる。あれは、烏野の一年生の一人、だったような気がする。その視線が心配気に揺れていて、私はふと目元を緩めた。なんだ、いるじゃん。月島を気にかけてくれる奴。

 
△▼△

 
「いやー、烏野走るねえ」

 そう言って笑う黒尾の視線の先には、もう幾度と見た烏野のペナルティをこなす姿。烏野は今日も今日とて全敗だ。私だったら絶対吐いてる、と思わず同情めいた視線を向けてしまう。

「ヘイ、メガネくん!」

 今日もスパイク練付き合わない?と月島に声をかけたのは、木兎だった。慌てて黒尾を見れば、黒尾は「俺が誘うのはダメってだけだろー?」とケラケラ笑っている。そういうことするから地雷踏むんでしょ…。
 じとりと黒尾を睨みつけていると、月島に振られたらしい木兎が「黒尾ー」と声を張り上げる。それにコンマ入れずに「えー」と返事を返した黒尾に、木兎は「まだ何にも言ってねえよ!」と叫んでいる。

 今日はもう、マネージャー業務は全てやりきった。黒尾にばれる前にさっさと退散しようと体育館を出ると、スマホがピロンとメッセージの受信を知らせる。それに目を通してから、私はうげえと眉を顰めた。

「なまえ、お疲れ」
「孤爪…」
「え、何その表情…」

 眉を顰めたまま振り返った私に、孤爪がぎょっとした顔でこちらへと歩み寄る。言ってしまってもいいだろうか、とうーんと考えてから、まあまだ決まったことじゃないし、と口を開く。

「旧校舎の件なんだけど」
「…ああ。どうかしたの?」

 旧校舎。つまりそれは私たちの間では「歌い手活動」を意味している。それにいち早く気づいた孤爪が声を抑えるようにして立てた手を口元へと当てる。その気遣いがありがたいんだよなあ。声が大きいどこぞの夜久とは大違いだ。まあ、夜久も旧校舎に来て動画の感想を言ってくれるあたり気を遣ってくれているのかもしれないが、と思考がそれそうになったところで慌てて首を振る。

「去年の冬くらいにね、コラボ動画をあげたことが合ったんだけど」
「知ってる。何人かの歌い手が集まったリレー動画でしょ」
「ああ、うん」

  孤爪、その動画のこと知ってたんだ。もしかして私が想像している以上に私の動画見てくれてる?思わず引き気味になった私に、孤爪は気にしていない様子で「それで?」と続きを促した。

「あの時は昔お世話になった人に声をかけられたから一回限りって条件で参加したんだけど。その時参加してた歌い手さんに、今年もやらないかって誘われた」
「へえ」
「ついでに歌枠やらないのかって」
「ああ…」

 孤爪は私が何を言わんとしていたのかが分かったらしく、同情の視線をこちらに向ける。やめて、今はその視線がとても痛い。
 もともと歌い手活動は顔だしはおろか、少しでも身分がばれる可能性があるものは全てやらずに過ごしてきた。「歌枠」もその一つで、ようは「動画投稿だけでなく配信したらどうか」というお節介極まりない連絡なのである。
 歌だけの配信といえど、環境音でバレてしまう可能性だってあるのだ。少し前には、電車が家の近くを通る小さな音だけで特定班が動き出し「この沿線上に住んでいるのではないか」なんて話題にあがった人がいたのだから、小さな環境音一つでも正直油断ならない。
 
「断れば?」
「もう何度も断ってるよ。コラボも、歌枠も」

 それに正直、今はコラボ動画をあげているような時間はない。こっちは高校生活を送りながら慣れたとはいえない部活に加えて隙間時間に動画投稿をしている。正直歌うことが好きじゃなかったらこんな生活はしていられない。そこにさらに他者も交えて動画制作しましょうなんて言われても、他人とのスケジュールに合わせている余裕なんてない。配信なんてもっと無理。

「…それに、今は歌うことよりも作ることを学びたいから」

 元はと言えば、そのために私は彼らの輪に入れてもらったのだ。マネージャー業務だってきちんとやる。それが仲間に入れてもらえる条件だから。けれど、自分のやりたいことにも妥協はしない。それが今、曲を作るという挑戦に向いているだけ。
 
「なまえって、歌ってる時も多分楽しいって思ってやってるんだと思うんだけどさ」
「…?」
「その妥協を許さない感じとか、作り手でもあるんだなあと思う」

 いつか全部一人でこなしちゃうかもね、なんて笑う孤爪は、楽しそうに目を細めている。そんな孤爪に、私は「さすがに一人で全部は無理だと思う…」と返事を返しながら二人で帰路についた。

20230412
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