蛇に睨まれた猫
 どうやら、木兎は絶好調は絶好調でも、特にストレートが絶好調だったらしい。いち早く気づいた孤爪の指示の元、彼らは徹底的にストレートをシめている。それは、少しずつ木兎にストレスを与えていたようで、とうとう木兎の初ミスに繋がった。
 
「活躍しろよー、巨神兵!」
「わ、分かってます!」

 夜久に茶々を入れられながら灰羽がコートへと入る。正直、一次予選を見ていない私にとっては、灰羽が公式戦でこうして戦う姿を見るのはこれがはじめてだったりする。思わず練習中の灰羽が目に浮かんでしまい、「大丈夫…なんですかね」と心配を口にすれば、猫又監督と直井コーチもなんともいえない表情で見届けている。不安は皆同じなようだ。
 私が口にしてしまったせいか、灰羽の腕は思い切り宙を切る。「リエーフゥゥゥ!」と叫ぶ夜久の声を聞きながら、私と監督とコーチはそろって天を仰ぐ。なんか、うん、やると思った。
 
 二回目のタイムアウト。リエーフとの速攻が合わずよろよろと戻ってきた孤爪に、監督は「リエーフのこと頼むからな」と容赦なく言い放つ。それにすこぶる嫌そうな顔をした孤爪だったものの、淡々と灰羽に指示を送っている。それに戸惑っている灰羽も、「まだまだ翔陽には及ばないね」という追撃を受けて、スイッチが入ったようだった。
 
「…灰羽って、単純ですよね」

 そう呟いた視線の先では、灰羽が腕を高くあげて、スパイクを打っている。きっと、脳内では日向に対する対抗心が燃えているのだろう。けれど、その単純バカな灰羽こそ、音駒一の打点の高さを持っている。

△▼△


「赤葦を狙っていこう」
「おお、セッターを牽制するって事だな!」
「山本、よく牽制なんて言葉知ってたな!」
「漢字は書けないっスけど!」

 ひたすらボールを拾っていく彼らに、梟谷側は少しずつストレスを蓄積させているようだった。それは確実に木兎のミスに繋がっている。第二セット、点数は16対14。音駒が調子を上げていく中で、木兎が目をこれでもかと細めて口を開いたのが見えた。慌てたように梟谷側がタイムアウトを取る。

「え、何…?どうしたの?」
「いや、なんつーか…」

 どうやら、木兎がクロスの打ち方を忘れた旨の言葉を発したらしい。忘れた?はあ?思わず梟谷側に目を向ければ、どうやら大真面目らしい。赤葦中心に何やら話し込んでいるのが見え、雪絵とかおりは呆れた様子だった。
 二回目のタイムアウトが終わる。孤爪から始まったサーブは、7番に拾われ、そのボールが赤葦へと向かう。ツーアタックの体制から切り替えトスをあげた先には、木兎。ブロックは海一枚だ。木兎は復活も早いらしい。

「気合い入れ直せ!来るぞ!」

 黒尾の主将らしい喝が飛ぶ。それに加わるように、「頑張れ」と声を張り上げれば、心なしかみんなの口角が上がるのが見えた。
 何度でも打ち込む梟谷に、何度でも拾う音駒。どちらかが一点を入れれば、それを追うようにもう片方が一点を入れていく。木兎のスパイクが決まり、梟谷がマッチポイントを迎えるも、音駒が追いかける。
 お互いが諦めずにボールを打ち、拾い、繋げていく。気づけば点数は28対29。木兎が打ったスパイクは、ブロックに当たり、山本がそれを拾う。けれど、その勢いは殺しきれず、弾かれるようにしてコートの外へと飛んでいく。

「…これが、エース」

 思わず呟いた言葉に同調するように、「カッコ良し男かよ、クソが」と、黒尾が言葉を吐き捨てる。
 結果は音駒のストレート負け。いち早く梟谷学園が全国への切符を手に入れた瞬間だった。

 
△▼△


 「俺はもっとバシバシ点取ってブロック決めて、観客席からワーキャー言われる男なんです…!」

  梟谷戦を終えて、灰羽が真っ先にいった言葉はそんなどうしようもない言葉だった。思わず「うわあ…」と孤爪と軽蔑の眼差しを向ける。黒尾は、気持ちが分かるのか「確かに、それができたらヒーローだよな」なんてうんうん頷いている。え、何、みんなそんなこと考えながらバレーしてんの…?

「いやでも、音駒はチームワークのチームだって分かってるんですけど…!」
「え、お前ちゃんとそんなこと考えてたの?」

 黒尾の驚く声がする。確かに音駒は、単体でというより、チーム全体で勝ちを狙っていく。灰羽も私も、それはきちんとこの短期間で理解しているつもりだ。「チームってのは複雑だからな〜」と頭を捻らせる黒尾に、私は救急箱の中身を確認しながらチラリと目を向けた。

「チームワークがハマる瞬間ってのは、多分お前が思ってるよりずっと気持ちいいぞ」

 公式戦での戦いの経験が少ない灰羽には、まだその瞬間が分からないのだろう。私は二人の会話を聞きながら、ここよりも遠く、北の地にいる月島を思い浮かべた。全国の切符を手に入れた彼は、その瞬間を経験できたのだろうか。

「おやおや〜?猫ちゃんじゃないの」

 突然背後から聞こえた声に、私の体がびくりと跳ねる。このパターン、インターハイでもあったような。そろりと振り返った先には、緑のジャージの長身軍団がいて、ピシリと体が固まる。何なの、なんだかんだでみんな仲良しなの。話しかけないとやってられない病気か何かなの。思わず遠い目をしていれば、緑の軍団は黒尾たちを捉え、ニヤニヤと笑いかけていた。

「お前いっつもその頭だなー、身長盛ってない?本当は180ないんじゃないの?」
「はああ?盛ってませんけどぉ?グッてやって測ってますけどぉ!?」

 自分の寝癖を押しつぶすようにして相手を睨みつけている黒尾に、珍しいなと目を瞬かせる。煽りといえば黒尾の十八番みたいなものなのに、今日は珍しく煽られ側らしい。山本はそんな黒尾の隣で相手を睨みつけている。
 ふと視線を感じてそちらを見れば、立った髪の毛が特徴的な男がじっとこちらを見ていた。その隣で「どうした潜?」と肩を叩かれている。どうやらこの男の名前は潜というらしい。いや、そんなのどうでもいいけど。その視線こっちに向けるのやめてくれませんか。すっかり逃げ遅れた私は、視線を逸らすこともできずにただただ男と見つめ合う。
 
「…あの」
「…はい」
「あなた、音駒のマネージャーですか」 

 先に口を開いたのは、男の方だった。問われた言葉に、こくこくと頷きを返せば、彼は何を考えているのか分からない表情で「はあ」と呟いている。

「俺、潜尚保って言います」
「はあ…」
「お名前教えてください」
「エッ…?みょうじです…」
「みょうじさん、俺たちが勝ったら俺とデートしてくれません?」
「ああ…ハッ!?」

 足元にハンカチ落ちたんで拾ってくれません?くらいのノリで言われた言葉に、危うく肯定を返そうとして踏みとどまる。こ、怖…。何考えてるのか分からすぎて怖…。思わず勢いよくブンブンと首を横に振っていると、それに気づいた黒尾が「うちマネナンパしてんじゃねえぞ蛇野郎!」とキレている。

「潜がデートって言った…」
「あの潜が…?」
「はい、一目惚れです」

 どうやら緑のジャージ軍団にとっても衝撃だったようで、彼らはしきりに潜の体をペタペタと触りながら異常がないか確認している。「熱はねえな」「打撲も…って前の試合出てないからある訳ないか」ウウン…と不思議そうにしている彼らに対し、潜は至って無表情でそこに立っている。え、怖…。
 いつの間にか黒尾との会話を終えた男が、「行くぞ」と潜に声をかける。その言葉を合図にして、緑の軍団はそれぞれ踵を返していった。行くぞ、とチームメイトに肩を叩かれ、潜はくるりと体を反転させる。
   
「多分、勝つんで。見ててくださいね」

 そう言って、潜は顔をこちらに向けて私をじっと見つめる。まるで蛇に囲われたかのように身動きが取れない私を見て、潜は満足そうに笑った。

20230418
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