応援するよ、隠れ家からね
 ガヤガヤと人の声が飛び交う朝の時間。「おはよう」と挨拶をするクラスメイトたちを横目に、私は自席に着き、イヤホンを装着する。私なりの「話しかけないでください」という意思表示だ。

 ――マネージャー、やってくれ

 黒尾の言葉を思い出して眉を寄せた。どうして私にこだわるんだろう。私は自慢じゃないがコミュニケーションが得意な方ではないし、そもそも人と目を合わせることができない。唯一自分自身でいられる場所はネットの中のみ。勘違いしないで欲しいのだが、私は自分を卑下しているわけではなく、ただ事実を述べているだけだ。私にマネジメントは向いていない。

「よっす、みょうじ」
「…夜久か。おはよ」

 トントン、と後ろから肩を叩かれたので振り向くと、そこには満面の笑みで片手を上げる夜久がいた。「俺もいますけど?」と存在を主張する黒尾を無視していれば、黒尾は「ひでえ」と言いつつ何故かケラケラ笑いながら自席へと去っていく。
 夜久の席は、私の席の後ろだ。よっこいせ、とエナメルバッグを置き、私がイヤホンをしているのも気にせずに「なあなあ」と言葉を続ける。

「今日、隠れ家いる?」
「ん、いる」
「行っていいか?」
「夜久一人ならいいよ」

 私の返事に、夜久は疑問を投げかけることなく「分かった」と頷いた。


△▼△



 放課後、暫くしてやってきた夜久は、どうやら部活の休憩中に抜け出してきたようでジャージ姿だった。「よっ」と片手を上げて、どかりと座り込む夜久に既視感を覚える。バレー部は遠慮というものがないのか。いや、夜久は断りを入れてからここに来てるわけだから、黒尾よりはましか。

「昨日アップされたやつ、聞いた」
「…ドウモ」
「みょうじ相変わらず歌うまいよなあ」

 夜久が言っているのは、昨日私がネットにあげた所謂「歌ってみた」動画のことだ。ネットでしか生きる術を知らない私の唯一の特技と言っていいものは歌しかなく、一ヶ月に一度の頻度で歌ってみた動画を投稿している。しかもこれが意外と反響がいい。特に、バラード調の曲を投稿した時は再生回数がよく伸びる。

 そんな私の活動を、何故夜久が知っているかというと、活動のきっかけが夜久だったからだ。

 夜久と私は中学が同じで、中学の頃から夜久は何かと私の世話を焼きたがった。人と関わりたくない私vs人と関わらせたい夜久の戦いは、2年半に渡り行われ、最終的に中3の夏、夜久が折れた。私の引きこもり愛を舐めてもらっちゃ困る。
 そうして諦めかけた夜久が、言ったのだ。「みょうじは歌上手いんだし、ネットに詳しいんだから、歌作ってネットにあげてみたらどうだ?」と。
 夜久は、せめてネットでもいいから居場所を作れというお節介だったのかもしれない。けれど、当時、本当に一人にならなかったのは夜久のおかげだとほんの少し感謝し、その夜久にお礼がしたいと思っていた私は、その言葉を聞いて、全身雷が打たれたような衝撃を受けた。まさに青天の霹靂。
 中学三年間、何かと世話を焼いてくれた夜久へのお礼に、感謝をテーマにした曲を選び「歌ってみた」として投稿を始めた歌い手活動。それが、この活動のきっかけだった。
 最初は「歌ってみた」のみあげていたのだが、最近では音声合成ソフトを使って作り手としても活動している。最近では、「歌うP」だなんて名前をつけてもらって、ありがたい限りだ。

「あの曲さ、運動部の一部で話題になってるんだぜ」
「そうなの?」
「歌詞が音駒っぽいって」
「あー」

 たしかに昨日アップした曲は、駅から音駒高校までの風景を歌詞に取り入れたりしていたから、あながち間違いでもない。というより、何故運動部でそんな話題になっているんだ…。思わず顔を顰めていると、夜久が曲を思い出しているのか、少し上向きに顔を上げる。

「それにしても珍しいな。みょうじが応援歌作るなんて」
「えっ!?」
「ん?違ったか?」

 いや、あっているんだけども。フルフルと首を振ると、「だよな、良かった」と夜久は笑う。あまり応援歌っぽく感じない曲にしたつもりなんだけどな。そう言えば、夜久は「バレバレ」と笑う。

「いつからみょうじのファンしてると思ってんだよ」
「…それもそうか」
「ちなみに黒尾も気づいてる」
「エッ!」
「あ、違う違う。作り手の正体はバレてねぇよ」

 顔を青白くした私を見て慌てて手を振った夜久にほっと息をつく。この活動は、今のところ夜久以外には気づかれていないし、バラすつもりもない。悪目立ちはしたくないのだ。

「それにしても、あんなに引きこもりだったみょうじがねえ…」

 ほろり、と涙を流しそうな夜久に、「部活、戻らなくていいの?」と声をかけると、夜久はハッとしたように時計に目を向け立ち上がる。夜久は感動に浸り始めると後が長いのだ。

「そろそろ行くわ!」
「うん、がんばれ」
「サンキュー!」

 颯爽と去っていく夜久に手を振って、ふうと息をつく。今回作った曲は、音声合成ソフトで歌わせているけど、セルフカバーしてもいいかも。その時は、私から夜久に、動画のURLでも送ってやろう。

20230320
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