人と人を繋ぐもの
 1日目の対戦相手である清川高校との試合は、3試合目にBコートで行われる。そのため、私たちは一度会場から離れ、調整のために近くの体育館へと移動することになっていた。ゾロゾロと歩く赤色を目印に、私もその後ろをついて行く。
 梟谷は第4試合なうえにサブアリーナなので試合は見られないが、烏野は第3試合の別コートなのでもしかしたら横目でくらいは試合の様子が見られるかもしれない。
 開会式では、日向がガチガチに緊張しているのが目に見えてわかってしまい、思わず雪絵たちと笑ってしまった。まあ、緊張していたのは他のみんなも同じみたいだったけれど。

「開会式の黒尾の顔写真撮りたかった」
「ハァン?写真は事務所の許可取ってくださァい」
「だってよ、研磨」
「いいんじゃない」
「事務所適当か」

 ケラケラと笑う部員たちは、開会式こそ緊張した顔をしていたけれど、都内ということもあり、移動先の体育館まではスムーズに移動することができた。
 特に大きなハプニングもなく練習を終えることができたからか、会場に戻るころには部員同士の会話も増えたように思う。これには猫又監督も「問題なし」とニコニコ頷いていた。
 
 そんな上々な雰囲気の中、対戦相手である清川高校とは、さすが全国大会に出場するだけあり第一セットからさっそくデュースでの争い。けれど、黒尾が点を決めたことで第一セットを取り、それによって音駒の流れを呼び寄せる。
 そんな部員たちを見守りながら、第二セット中盤、ふと観客席を見た。そこには音駒を応援しに来てくれている人たちがいて、その中でも一際目立っていたのは、やはり山本の妹と灰羽のお姉さんだった。

「…妹さんの応援すごいね」
「ゥエッ!?あ、あざす!」

 第二セットのタイムアウト中、タオルを渡しながらぽつりと呟けば、山本は私に話しかけられたことに驚いたのかぎょっとした顔をこちらに向けた。驚いていてもすぐさま頭を下げられるのは運動部の洗礼ってやつだろうか。身内を褒められてどこか照れくさそうにしている。

 そんな応援に鼓舞されたかのように調子のいいレシーブが続き、デュースに持っていくことなく音駒は2回戦進出を決めた。
 それにしても恐るべし全国。ハラハラする場面が多く、ホイッスルの音と同時に息を吐くように「つかれた…」と呟いた。げっそりとした表情の私を見て、猫又監督はおかしそうに笑う。
 見ているだけでもこれだけ疲れるのだから、最前線で戦っていた彼らも疲れ果てているだろう。と、部員を出迎えると、灰羽や山本は元気が有り余っているらしい。うおお!と暑苦しく叫ぶ山本を孤爪が暑苦しそうに見ている。いつも思うけどあそこの温度差すごいと思う。間に入ったら寒暖差で風邪をひきそうだ。

「2日目は早流川工業か」

 トーナメント表を見ていると、私の頭を腕置きにして黒尾が呟いた。猫又監督の話によれば、早流川工業も硬い守備を誇るチームらしい。

「烏野も勝ち進んでる」
「知ってる。あいつら、終盤上で見てただろ」

 黒尾の言葉にえっ!?と驚いた顔を向ければ、気付いてなかったのかよと笑われる。どうやら試合が終わって上を見たら、烏野の主将と目があったらしい。そんな烏野の2回戦の相手は、優勝候補でもある稲荷崎高校だ。

「…勝つかな、烏野」
「まあ、無理だろうな」

 そっけなく言い放った黒尾に、思わず顔を上げる。突然腕置きが動いたからか、「急に動くなよ」と黒尾の腕が私の頭を押した。はいはいすみませんね、とチラリと黒尾の表情を盗み見れば、黒尾は言葉とは真逆の顔をしていて、思わず目を瞬かせる。黒尾は私の表情を見てニッと笑うと、「ま、それはこの会場にいる観客側の意見だ」と、腕を私の頭から退ける。

「…じゃあ黒尾はどう思ってる?」
「まーそうね。勝ってもらわないと困るってとこだな」

 黒尾はまっすぐトーナメント表を見ながら言った。その言葉には、ゴミ捨て場の決戦を実現させたいという想いも込められているのだろう。けれどきっと、黒尾たちはゴミ捨て場の決戦なんて関係なしに烏野との公式試合を楽しみにしている。私は、烏野と音駒の関係は夏の交流からしか分からないけれど、それでも互いを好敵手と感じているのだと知っていた。

「ならこっちも勝たないとね」

 体を丸めて黒尾の顔を覗き込むようにして笑いかければ、黒尾はきょとんとした顔をしてから耐えきれないとばかりに笑った。

「みょうじ、変わったな〜」
「…どういう意味」
「いや、違う違う。いい意味でってこと」

 はあ?と、私が理解に苦しんでいると、黒尾は胸のあたりで手を立て左右にヒラヒラと振る。いや、笑われながら言われても説得力ないんだけど。

「俺がみょうじをマネージャーに誘ったのって、どこか研磨と似てたからなんだよね」
「孤爪と?」
「そ。最初はやっくんと同中の奴〜くらいの認識だったんだけど、たまたまやっくんの教室でみょうじ見た時にクソつまんなそうな顔したみょうじが気になってさー」
 
 黒尾の言葉に思わず「クソつまんなそうな顔…」とおうむ返しをすると、黒尾はそうそうと頷いた。どんな顔だ、と思わず両手で頬を触ると、「人生こんなもんってすでに諦めてる感じ」と、黒尾が付け加える。

「夜久に聞いたら人見知りで近寄るとすぐ逃げるっていうしさあ」

 私、夜久にそんな風に思われてるの?いや、知ってたけど。目から光をなくした私に、黒尾は気づいたのかケラケラと笑っている。

「でも、要領はいいし人間観察は得意な方って聞いて、ならマネージャーに誘ってみようかって話になってな」

 その話をしたら夜久も海もノリノリだったぞ、と黒尾は言う。まあ夜久は分かる。どうせ「これでみょうじが人と関わる機会が増える!」とでも思ったのだろう。海は分からないけれど。

「ついでにバレーにハマればみょうじのあの顔も少しは変わるかなーと思ったワケ」
「…ハマらなかったらどうしてたの?」

 私の問いかけに、黒尾は予想外の質問だったのか目を瞬かせる。
 
「ハマらないなんて考えてなかったわ。だって、バレーは面白いからな」

 ニッと笑った黒尾は、私がバレーにハマらないという可能性を考えていなかったらしい。バレーは面白い。そんなバレーは人と人を繋いでくれる。そう確信している黒尾に、なんだか黒尾らしいなと思ってしまった。
 
「ま、後は俺の下心だな」
「…は?」
「俺、結構みょうじの声好きなんだよね」

 研磨風に言うとヒール効果抜群ってやつ。黒尾はそう言ってニヤリと笑う。ポカンとしている私の頭にポンと手を乗せて、「そろそろ行くか」と黒尾はくるりと私に背を向けた。

20230626
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