似たもの同士の会合
 1日目が終わり、宿舎に戻って夕飯を食べた私は、部屋に戻って早々ベッドに倒れ込んだ。これから風呂に入って、それから部員と明日の早流川工業の県予選決勝の試合を見る。頭ではわかっているはずなのに、しっかりと疲れを溜め込んだ体はベッドに沈んだままぴくりとも動かなかった。
 もうこのまま眠ってしまおうか。大丈夫、マネージャー1人来なかったくらいで明日に影響しない。
 そんな無責任な現実逃避を繰り返すこと数十分。まるで予想していたと言わんばかりに部屋のチャイムが鳴り、夜久と黒尾に風呂に入れと怒られた。どうやら自分たちの風呂ついでに様子を見に来たらしい。私の行動パターン把握している君たちすごいね…?

 大浴場に向かうと、昨日と時間がズレたからか、知らない高校のマネージャーらしき人が二人、談笑しながらゆったりと湯に浸かっていた。そんな状態でゆっくりなどできるわけもなく、私はさっさと大浴場を後にする。
 そのおかげもあってか、昨日のように他校の生徒に絡まれることなく談話スペースへとたどり着くことができた。今日は特に黒尾たちと待ち合わせているわけでもなかったけれど、風呂に入っていたら炭酸が飲みたくなったので、自販機に寄るついでだ。

「なまえ」
「ングッ…!?」

 炭酸飲料を口に含み飲み込もうとした瞬間、後ろから話しかけられ、炭酸の刺激が喉にダイレクトに当たる。勢いのままゴホゴホと咽せていると、話しかけた本人である孤爪が「え、ごめん…」と、申し訳なさそうな顔をしてこちらを見た。

「いや、大丈夫だけど…なに?」
「なまえ、このアプリ入れてたよね?このステージ、フレンドボーナスで武器のドロップ率上がるから協力してほしい」

 孤爪はスマホの画面を私に向けると、「このステージ開放してある?」と首を傾げる。聞かれた私はというと、未だ喉に受けた刺激と戦っていた。ゲームのことになると一直線な孤爪は流石だと思うよ。

 孤爪がやりたがっていたステージは私も開放済みだったので、静かな談話スペースで黙々とステージを周回する。

「…クロに何か言われた?」
「はっ?なに?黒尾?」

 思わずスマホから目を離した私を孤爪が視線で咎める。いや、急に話題を振ったのは孤爪なんだけど…と納得いかない気持ちのまま画面に視線を戻せば、孤爪のアバターが最後の敵に必殺技を打ち込んでいた。敵は、孤爪の容赦ない攻撃に呆気なく沈む。その様子をぽけっと眺めていたら、画面に何度目かの宝箱が出現した。
 あ、と呟いたのを見るに、孤爪のお目当ての武器がドロップしたのだろう。ふぅ、と息を吐きソファーに沈んだ私は、孤爪にチラリと視線を向ける。

「…なんで突然黒尾の話?」
「ホテル戻ってからのクロ、様子おかしいし、なんかうざかったから、何かあったのかなって」

 黒尾がうざいのはいつものことでは?
 孤爪の言いたいことがよく分からず首を傾げて言えば、孤爪はスマホから視線を逸らさず「まあそうなんだけど」と言った。

「部屋でうつ伏せに倒れ込んでブツブツ言ってるし、時々なまえの名前が出てくるから…」

 心底面倒くさいという顔を隠さず言う孤爪に、私はなるほどと頷く。確かに、様子のおかしい人から私の名前が出てきたら私に聞くよな。
 でも、正直今日1日の記憶を思い返してみても、黒尾が気にするような事があった覚えがない。「別に、何もないと思うけど…」と、孤爪に伝えるが、孤爪は納得していない様子でじっとこちらを見て、長いため息を吐いた。

「俺、こういうジャンル専門外なんだけど…」
「は?」
「…なんでもない。こっちの話」

 そう言って腰を上げた孤爪は、いつの間にかゲームを終え、スマホの画面は暗くなっている。未だ理解に苦しむ私に「クロもめんどくさいけどなまえもめんどくさい」と言い放つ。
 え、め、めんどくさい…?突然ディスられた私がショックを受けていると、孤爪は、私の方を振り返ることなく「おやすみ」とそそくさと談話スペースを去っていった。
 
△▼△

 
「早流川、まず研磨を走らそうって感じか」

 迎えた2日目。第一セットのタイムアウト中、黒尾が表情を歪めて言った。フゥと細く息を吐く黒尾からは、昨日孤爪が言っていたような様子はない。
 それにしても、序盤から孤爪がやけに動くなと思っていたけれど、どうやら相手の狙いはその孤爪を疲れさせることらしい。確かに孤爪は体力ないもんな、とベンチにいる孤爪をチラリと見れば、孤爪はベンチでため息を吐きながら現実逃避をしている。けれど、どうやらこの状況は孤爪の負けず嫌いに火をつけたようで、孤爪が部員に伝えた作戦はW有効なタイミングでわざとレシーブを乱すWことだった。

「お前すでにバテバテなのに大丈夫かよ?」
「おれだってちょっとくらいは動けるから…」

 みんなの方が大変だよ、と言う孤爪の表情は、第一セットとは思えないくらい疲れが出ている。それでいて自分がより疲れる作戦を提案するのだから、思わずこれからの孤爪を想像して「ウワ…」と呟いてしまったのは仕方のない事だと思う。

そんな孤爪の踏ん張りもあり、早流川工業との戦いは第二セットの長い長いデュースの末、音駒の勝利に終わった。両チームがコートに倒れ込むようにして脱力する中、会場がわっと湧く。

「疲れた…」
「昨日と同じ感想だな」

 思わず呟いた私に、猫又監督が笑いかける。昨日も第一セットからデュースの戦いはあったけれど、今日のはなんというか濃度が違った。いやだってまさか30点越えるとは思わないじゃん…。もうお腹いっぱい。もうデュースになるような試合は見たくない、とここが全国大会なのも忘れて私はベンチの後ろに手をついた。
 げんなりする私の隣で、猫又監督はコートをまっすぐと見つめて満足そうに拍手を送っていた。

「次の相手は、烏野か」
「だな」

 じっと烏野が戦うコートを見る部員たちを見つめる。その視線はまるで獲物に狙いを定めた猫のようだった。

20230627
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