私のアウトロ
 春高が終わり、二月になると、私たちは自由登校となった。大学でもバレーを続けるらしい黒尾と夜久は、ほぼ毎日バレー部に顔を出しているらしい。「ま、大学までだな」と言った黒尾に対し、夜久はプロ入りも視野に入れているらしい。初耳だ。何度か夜久から「お前も来れば?」と連絡をいただいたのだが、毎度丁寧にお断りしている。夜久には「何でだよ」とその度聞かれるので、「たかが半年マネージャーしただけの先輩が部活に遊びに行ったら流石に邪魔でしょ」と言った。いや、流石にそんなことを言う部員がいるとは思っていないけれど。夜久にも「とか言って行くのが面倒なだけだろ」と隠した本音があっさり露見したので頷いたら、呆れられたものの「まあ近いうちあいつらに会うだろうしいいか」とそれ以上言われることはなかった。意味は分からなかった。

「やっぱりいた」

 誰もいない旧校舎。ここに足を運んでしまうのは癖のようなものだ。これを知ったら夜久に文句言われそう。
 平日の昼間のこの時間は、どこかのクラスが外で体育の授業を受けているのか、時折走っている音がする。そんな音に耳を傾けていたら、授業中なはずの孤爪がひょこりと顔を出した。「サボりじゃん」と笑うと、「サボりじゃない。自習」とめんどくさそうに言って腰をおろす。

「なまえこそ暇人なの?」
「最近は引っ越しの準備で忙しい」
「なら家で荷造りしなよ…」

 呆れた顔を向ける孤爪に、「もう諦めた」と笑顔でサムズアップすれば、孤爪はそれ以上を言うことを諦めたのかスマホを横向きにして視線を落とした。どうやらこの時間は、ここでスマホゲームをすることに決めたらしい。自由登校になる直前、「なまえが卒業したらこの場所は俺が継ぐね」と言っていたのを思い出す。本当はここ立ち入り禁止なの忘れてない?と思ったけれど、言わないでおく。孤爪ならきっと有言実行するだろうな。

「なまえの曲、すごいね」

 画面に視線を向けたまま孤爪が言った。それに「まあね」と返すと、孤爪が珍しくフッと小さく笑った。
 春高を終えてすぐ、私がこの半年バレーや人間関係で感じたもの全てを込めた曲を作り上げた。元々途中まで作り上げていたものに、春高での全てを入り込んだその曲は、ネット上でどうやら話題になっているらしい。そして、それと同時に私は、今の名前での活動を終えることにしたのだ。なので、この曲はある意味この活動に終止符を打つ曲ともいえる。

「今の活動、辞めちゃうんだね」
「辞める、というか。元々は歌い手中心で活動してたからね。転生する、みたいな」
「知ってる。SNS見たし」

 歌だけでなく、曲も作りたい。無名の状態で一からはじめてみたい。ずっと考えてたことだった。
 SNSでは、動画をアップした後に、活動終了の報告と、新しく活動を始めることを伝えた。その活動場所も名前も、ここでは告げないことも。それに対する反響も凄く、「辞めないで」「絶対に転生先見つける」といったコメントに、少しばかり照れ臭い気持ちになったりもした。

「まあなまえの歌声って分かりやすいし。ファンならすぐ分かると思う」
「…まあそうなんだろうけど。これは私のケジメ、というか、そんな感じ」

 そもそもがW夜久にありがとうを伝えるためにWという理由ではじめた活動だった。その対象を、広げようと思った。我ながら人見知りのくせに大胆な行動だと思う。聴いてくれるみんなのために、だなんて、活動を始めた当初の自分じゃ考えられなかっただろう。正直今も不安だけど、今の私ならできるような気がしている。

「赤葦には言ったの?」
「言ってはないんだけど、連絡は来た。DMで」

 実名を隠したアカウントに、突然知らないアカウントから「赤葦です」と連絡が来た私の気持ちを考えてほしい。不可抗力とはいえ何が嬉しくて知人の趣味アカウントと連絡を取り合わなければならないのか。控えめに言うとブロックしようかと思った。
 けれど、それくらい赤葦には衝撃だったらしい。あの見た目からは想像もできないくらい文面が荒れていたので流石に申し訳なくなり、メッセージアプリのIDを交換し説明はした。卒業と同時に今のSNSアカウントも消すつもりではいるが、一応赤葦とのDMの履歴は消してある。さすがにそこまで仲良くない人の趣味アカウントを把握したままでいたくない。

「赤葦に転生先教えてくださいって頼みこまれてる」
「…赤葦、必死だね」
「まあ、本人曰く古参らしいからね」
「夜久くんには?」
「あー、聞かれたら言うと思う。他の人も」
「クロも?」
「黒尾、は…言わないかな」
「なんで?」
「や、なんか。未だにバレてないのが面白くて、いっそ言わないでおこうかなって」

 私の声が好き、というわりにはあの男、いつまでも私の活動に気づいている様子がない。孤爪もそうらしいから、いっそここまで来たら隠し通してしまおうと思っている。「なまえってたまにそういうところあるよね…」と、孤爪が呆れたように肩を竦め、スマホを床に置く。
 
「…俺もゲームのプレイ動画とかあげてみようかな」
「え、いいね。孤爪向いてると思う」
「その時は編集のこととか、色々教えて」
「…いや、界隈違うから教えられないと思うけど…」

 そういうもの?そういうもの。そんな会話をしながら、私たちは、残りの時間をここで過ごす。もうすぐ卒業なんて、なんだか実感が湧かないなあ。そんなことを思いながら、私はスマホを操作し孤爪とのメッセージ画面を開いた。そのままURLを貼り付けて送ると、すぐ隣で通知音が鳴った。

「…これ何?」
「まあ、サプライズ、みたいなものかな」

 私の説明を聞きながら、孤爪は「フーン」と送られてきたURLを開いたのが見えた。画面が変わった瞬間、猫みたいな目が見開かれる。数秒してから「…これ」と呟く孤爪に、小さく頷いた。
 孤爪の画面には、一つの動画が表示されている。それは今活動している名前名義とは別のもの。即席で作った所謂捨てアカだ。その動画は限定公開になっていて、URLを送った人しか見れないようになっている。夜久にはもう送ったから、この動画を知っているのはこれで二人目。この後マネージャーのグループトークにも送る予定だ。Wバレー部のみんなと聴いてほしいWと、一言添えて。彼女たちなら、きっとそれだけで伝わると思うから。

「まあ、暇な時にでも聴いてよ」

 あの日、こんな私を受け入れてくれた音駒バレー部へ。そして、合宿を共にしたバレー部のみんなへ。私を最高のバレーに出会わせてくれてありがとうの気持ちを込めて作った、正真正銘彼ら宛の、彼らのためだけの曲だ。
 活動を終えると決めてから、ずっと考えていた。やっぱり最後は、バレー部のために曲を作りたい。言葉で伝えるのは、苦手だから、曲と歌詞に乗せてありがとうを形にしたかった。きっと私は、新しく活動を始めてしまえばこうして個人のために作ることはしないだろうから。
 孤爪は「分かった」と呟くと、URLを転送した。おそらくバレー部のグループトークに送ったのだと思う。もちろんそこには私もいるわけで。なんで本人いる目の前で送るかなあ、と思いつつも既読だけつけておく。

「…これ、さすがにクロ気づくんじゃない?」
「いや、活動名義で公開してる訳でもないし誰も気づかないよ」

 早速動画を開いたらしい灰羽から、「なんの動画ですか?いい歌っすね!」と連絡が来ていた。それに対し孤爪は「なまえが作った歌」とだけ返事を返している。相変わらず孤爪のメッセージは淡々としていた。孤爪らしい。孤爪に言われてようやく気づいたらしい灰羽が「え!みょうじさん歌うまっ!さすが音楽専門学生!」と連絡を返してきているのを見て、私は孤爪に「ほらね」と笑った。

20230826
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