お土産はいりません
 カチカチ、カチカチ。
 旧校舎の教室に人の影二つ。けれど、会話などなく、ただその場にゲーム機のボタン音のみが響き渡っている。
 今日の訪問者は、孤爪だ。どうやら最近入部した一年生に昼練に駆り出されそうになったところを逃げてきたらしい。

「なまえ、そこの回復アイテム取って」
「うん」
「MPは少し温存して。一ゲージ削ったらボスが攻撃パターン変えてくるから」
「分かった」

 孤爪に言われるがままアイテムを拾い、MPを温存しつつ攻撃をしていく。横から孤爪のキャラクターが切り込んだ。あっという間にボスのHPが削られていき、クエストクリアの文字が浮かぶ。お互いにふう、と一息ついて、目を揉んだ。

「ありがと。ここ苦戦してたから助かった」
「うん。でも多分、俺がいなくても勝ててたよ」

 そうだろうか、と首を傾げると、孤爪は気にしない様子で再び画面に目を向けている。早速次のクエストに向かうらしい。
 
 黒尾を通して知り合った孤爪とは、こうしてたまにゲームをする仲だ。初対面でなぜか波長があったのか、こうして孤爪自ら逃げ場を探してやってくることも多い。孤爪曰く「なまえは上級生だけど上級生っぽくないし、話さなくていいから楽」らしい。

「…あ」
「なに?」
「今度、宮城に行くんだけど、お土産何がいい?」
「お土産…?」

 孤爪の口からお土産…!?と震えていると、「って、クロが聞いとけって」と続けた孤爪にほっとする。そうだよね、キミは易々と人にお土産を買ってこようとする人間ではないよね。「賄賂…?」「賄賂なんじゃない」お互いげっそりとした顔で向き合った。

「宮城って、何が有名だっけ」
「…ずんだとか、伊達政宗とか…?」
「伊達政宗…?」

 なぜあえて伊達政宗チョイス…?と首を傾げると、孤爪は「宮城それくらいしか分からない」とぽそりと言った。たしかに、私もあんまり分からない。

「そもそも宮城に何しに行くの?」
「バレーの練習試合」
「…わざわざ宮城まで…?」
「…本当にね」

 げっそりとした顔をした孤爪に同情の眼差しを向ける。分かる、遠出って嫌だよね。だってそこに着くまでに電車に乗ったりバスに乗ったりするわけで。人混みが苦手な人からしたら苦行だ。

「がんばれ孤爪。骨は拾う」
「ヤメテ」

 心底嫌そうな顔をした孤爪に睨まれたので口を閉じる。カチカチ、カチカチ。再び再開されたゲームをしていると、徐に孤爪が手を止めた。

「…なまえも来たら良いのに」
「…!?」

 何を言い出すんだコイツ。今度は私が「巻き込むな」オーラを全開に孤爪を見る。

「そんなにマネージャー、嫌なの?」
「…嫌だよ」

 というより、マネージャーやったら知らない人と関わらなきゃいけないから嫌だ。黒尾とか夜久とか海ならまだしも、一年とか、他校の選手とかマネージャーとか。そう告げれば、孤爪はああと納得したように頷いた。その顔は覚えのある顔ですね、孤爪さん。

「…クロはめちゃめちゃしつこいしウザいけど。でも意味のないことはしない、と思う」
「…」
「クロの考える音駒バレー部には、なまえが必要なんだと思う。…多分」

 多分て。いまいち説得力の欠ける孤爪の言葉に、数秒間をおいて、「ふうん」とだけ返事を返す。孤爪は私の反応など気にも止めていない様子で「それに」と続けた。

「…あんな熱烈な応援歌歌われたら、俺も側で応援して欲しいなって思う」
「!?」

 孤爪の言葉に、私の体がピシリと硬直する。孤爪は、いま、なんて…?「ちょっと急に手、止めないで」と孤爪は眉を寄せているが、それどころじゃない。画面には「game over」の文字。諦めたように、孤爪は携帯ゲームをそっと下ろした。

「…いつから」
「…もともとそうじゃないかなって。ちゃんと気づいたのはこの前のセルフカバーで、かな」

 どこかで聞いたことある声だなと思って、と孤爪はなんでもないように言った。今まで夜久以外にバレたことなどなかったのに。それこそ夜久伝てに私の歌を聴いているらしい黒尾にすらバレていないというのに。そう言えば、孤爪は「クロはああ見えてちょっと抜けてるから」と言った。

「それに、他の人は気づかないと思う」
「そ、そう…かな」
「うん。だって、なまえって学校で話したことないでしょ」

 いや、さすがにあるよ。思わず突っ込めば、孤爪から疑いの眼差しを向けられた。いや、発表の時とか、先生に当てられた時、とか。もごもごと言い訳のように言えば、「それは話したうちに入らないと思う」と冷静に突っ込まれる。そうかなあ。

「…なんか、なまえの声って、聞いてて落ち着く」
「落ち着く…?」
「うん。ヒール効果があると思う。聞いてるだけでHPが回復されていく感じ」
「そ、そう…」

 それは褒められているのか…?ありがとう、と返せば、どういたしまして、と返ってくる。「案外クロもその声が目当てだったりするのかもね」と笑われたので、それはないでしょと笑う。
 
 さて、ゲームの続きでもやりますか。

20230321
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