野良猫の祝日
W仙台駅ついたW

 黒尾からそんなメッセージが送られてきたのはGWが始まってすぐの事。こっちは学年初めのテストで早々に1教科赤点をとって監獄生活だというのに、青春謳歌しやがって。私の補習が決まった瞬間の黒尾の顔はなかなか腹立つものがあったが、このメッセージはより怒りを増長させた。トーク画面を睨みつけてからはあと深く息を吐き、既読無視のまま教室から旧校舎へと直行する。

W今から移動W
W今日のやっくんW
W研磨、行方不明なんだけど知らね?W
Wまじで見つからないんだけどW
W見つけた。あいつゲームしてたわW
Wおい既読無視してんじゃねーぞW

 黒尾、私とのトーク画面を呟きサイトと間違えていないか?というか孤爪はなぜ知らない土地で迷子になってるの。そしてなぜ黒尾は私に所在を聞くの?孤爪がどこにいるかなんて東京の監獄にいる私が知るわけなくない?ツッコミどころの多すぎるメッセージに、心の中で返事を返す。
 教室に箱詰めだったストレスから解放されて、ぐっと体を伸ばす。先生たちはどうして知らない人間をあんな狭い箱に閉じ込めるのか。脳内の夜久に「補習者しかいないんだから少ないほうだろ」と呆れられたので、中指を立てておいた。

 ちまたではGWだというのに、校庭からは部活に勤しむ運動部の声がする。本当よくやるよね、なんて考えながら、私は先日孤爪との話題に上がった動画を開いた。夜久や孤爪が応援歌だと言ったあの曲だ。

 正直、私は、この曲が好きじゃない。
 なんとなくコメント欄を開くと、応援歌だなんてワードを呟いている人はいなくて、みんな各々感じ取った印象を投稿している。やっぱり、気づいたあの二人がおかしいんだな、と思うと同時に少しだけむず痒くなった。
 だって、あの曲は、黒尾と夜久の話によく出てくるW音駒バレー部Wをイメージして作った曲だった。そこに、そのバレー部の話をする夜久と黒尾に向けてW頑張れWという気持ちをほんの少し込めただけ。まさかばれると思わなくてびっくりしてしまったのだ。
 そういえば、夜久は運動部でも少し話題になっていたって言っていたっけ。歌詞を聞いて、音駒の印象が強くなるのは仕方ないかなと思う。全てこの1年間、夜久から聞いたバレー部の軌跡のようなものがぎっしり詰め込んでいるから、当然歌詞はそういうものが想像できるような歌詞になっている。
 朝練に向かう時の朝の風景、昼練や放課後練習の様子、練習試合で感じる辛さの中にある楽しさ。最近では入部したての一年生の印象なんかも聞いたっけ。それから、公式試合で負けた時の悔しさ。そして、負けてもなお練習がしたくなる気持ち。
 夜久や孤爪が評価してくれるこの曲。でも、実際に話を聞いてイメージして出来上がった曲は、とても薄っぺらく感じた。なぜだろうと考えて、思った。結局、それは全部夜久から聞いただけで、実際に私が経験したことじゃなかったから。
 そのことに気づいて少しだけ残念に思う。私もその場にいれば、その青春を体感していれば、もっと違った曲が書けたのだろうか。こんな薄っぺらいものじゃなく――

 そんなことを考えて、やめた。らしくない。自分からコミュニティに入りたがるなんて、私らしくない。夜久と黒尾がニヤニヤと笑う姿が容易に想像できる。想像だけでイラつくな、あの陽キャ共め。

 想像だけで疲れた私は、げんなりしながら呟きサイトを開く。ポチポチと操作して、送信。送信完了の文字とともにスマホを閉じて目を瞑る。

 それでもやっぱり思う。この曲はつまらない。面白くない。
 だから、私はこの曲が好きじゃない。


△▼△


 机においたスマホが着信を告げた。寝返りを一つ打ってから、相手を確認せずに「もしもし」とスマホを耳につけた。アドレス帳には両親と夜久、黒尾、孤爪くらいしか登録がない。私のスマホにかけてくるのは、両親か夜久くらいだ。案の定、電話をしてきたのは夜久だった。

『おいみょうじ、また確認せずに電話出ただろ』
「うん。夜久しか電話してくる人いないから」
『お前なあ…』

 呆れる夜久の後ろから、『俺の可能性もあるだろーがあ!』と叫ぶ声がする。多分黒尾。かけてきたことないくせによく言う。

『ちょっとやっくん、一瞬変わって』
『え、ちょ、はあ!?』

 スマホ越しに、黒尾と夜久が騒いでいる声がする。夜久と黒尾の攻防戦は呆気なく夜久が敗れ、『あーもしもし?』と黒尾の声がした。

『お前なあ、最後まで既読無視は酷いんじゃねーの』
「……だってあの内容、返信する意味ないじゃん」
『あのねえ…』

 今度は呆れる黒尾の声がする。『みょうじと喋ってると、たまにWあれ今研磨と話してたっけ?Wって錯覚する』と呟いた。すぐそばにいたのか、孤爪の『えっ…』と小さく驚く声もする。

「そういえば用件は?てか夜久は?」
『ん?ああ、とくに用件はない』
「ハ?」
『いやさ、明日烏野ってところと試合やるんだけど、昔交流あったところだからか部屋のやつらが盛り上がって煩くて』

 それでなんで私に電話する流れになるんだ。そのまま言葉にすれば、黒尾が『やっくんがみょうじに電話したら出るんじゃね?って言った』とあっさり夜久を売る。遠くでは『あっ黒尾テメェ!』と怒鳴る夜久の声がする。

「…黒尾は?」
『あ?』
「その、カラスノ?ってところと試合するの、楽しみ?」
『…あー、まあな』

 久々のゴミ捨て場の決戦だからな、と黒尾は続ける。なんだそのよくわからない決戦は、と思いつつ私は口角をあげる。なんだ、黒尾も楽しみなんじゃん。

「黒尾と夜久を叩きのめしてくれる選手がいることを願います」
『…お前、そんなキャラだったっけ』

 今日は散々脳内で黒尾と夜久にバカにされたからね、と言えば、八つ当たりじゃねえかと笑われた。

20230323
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