分からないを知る方法
 GWが終わったというのに、どこか浮き足だった教室が居心地悪くて逃げこんだ旧校舎。ガラリとあいたドアにも目を向けず、私は体育座りをしたまま顔を膝に埋める。ズカズカと歩いてきた影は、そんな私を気にもとめずにドカリと私の隣に座り込んだ。

「……」
「……」

 沈黙。
 隣に座った人物は、簡単に予想できたので、私は顔を上げずに黙り込む。それに対して座り込んだ彼――夜久は何も言わず、ただ黙ってそこにいた。
 それにしても、この煤だらけの旧校舎に好んでやってくるなんて夜久は変わっている。たまに孤爪というレアキャラもやってくるけれど、黒尾や孤爪がここへ来るのはそこまで多くない。

「みょうじ、どうした?」

 こういうとき、夜久はいつも「元気か?」とか「大丈夫か?」とは聞かない。私に対するその問いかけは、おうむ返しのように同じ言葉しか返ってこないことを知っているから。だから夜久はこういう時必ず「どうした?」と聞く。彼なりに私が話せるように、けれど、無理に話さなくてもいいように小さな逃げ道を用意してくれるのだ。

「……わかんない」

 わからない。それが私の素直な答え。夜久はそれを聞いて、何を言うでもなく、ただ小さく「そうか」と呟いた。

「あのGWの補習の日。旧校舎で投稿した曲について考えた」
「あー、あれか」
「そしたら、なんか…分からなくなった」

 そこまで言って、はじめて頭を上げて夜久の方へと頭を向ける。夜久はじっと伺うようにこっちを見ていた。夜久は、純粋に心配してくれている。その視線になんだか耐えきれなくなって、私は手持ち無沙汰な手でスマホの画面を開いた。

 W暫くオリジナル曲の投稿は控えますWと表示された画面には、たくさんのリツイートといいねがついていた。反応が怖いとかじゃないけれど、なんとなくコメントは見ていない。W歌ってみたの投稿は続ける予定ですWと続いている呟きを、多分夜久もみたのだろう。

「…人見知りっていうのもあるけど、夜久や黒尾から話を聞く度に、どうして全力でチームプレーを楽しめるのか分からなかったし、今も分かってない。多分、私はこれからも理解できないと思う」
「酷いいい様だな」
「だってチームメイトと関わるとか無理…」
「お前はチームメイトどころか人と関わらなすぎだけどな」
「だって怖いし、面倒だし…」
「お前ほんとそういうとこ」

 夜久は呆れたように言ったけど、私の言葉を咎めることはない。中学の時から私は、この優しさに甘えている。

「でもあまりに二人が楽しそうに部活の話するから、最近は話だけでもきちんと聞くようにしてる」
「聞いてなかったって風に聞こえるけど?」
「…3年上がるまでは、9…8割くらい流してた」
「オイ」

 夜久は、座ったまま私の体に肩をぶつける。それだけでもよろけてしまう。さすが運動部。小さくても体はしっかりしている。

「…あの曲、夜久のいうとおり応援歌なんだと思う。黒尾と夜久がバレー部について楽しそうに話すから、なんか、二人とも頑張れーって思って作った」
「えっ、ならあの曲、本当に俺らや音駒バレー部がイメージってこと!?」
「…まあ、そう」

 こくりと頷くと、夜久は嬉しそうに「なんか照れるな」と笑った。「まあ、あの曲好きじゃないけど」と続ければ、すかさず「なんでだよ!」と夜久のツッコミが入る。

「でも、結局夜久たちから聞いた話なんだなあ、と思ったら、なんか、空っぽというか色がないっていうか、そんなふうに思えて。そんなこと考えてたら、とうとう曲の作り方分からなくなって。だから、やめた」

 所詮聞いた話を元にしただけ。それ以上もそれ以下もない。だからつまらない曲。夜久は「なるほどなあ」と呟いた。

「でもあの曲、俺は好きだな。多分、黒尾もじゃねぇかな」
「…なんで?」
「うーん。多分、俺らを応援してくれてる歌だからじゃないか?そこらの運動部でも、音駒バレー部でもなく、俺と黒尾だけを応援してる曲だから」

 なるほど、と思った。そんな感想もあるんだなあ、とぼうと夜久を見ていると、夜久はなぜか眉を下げて「これは分かってねえな」と笑った。

「なあ、みょうじ。やっぱりマネージャーやってみろって」
「は、はあ!?」

 夜久は思いついたように、幾度と聞いた台詞を私に言う。思わず声を荒げた私に、「いやだってさ、曲作らないってことは、その時間暇になるってことだろ?暇ならやってくれないかなーって」となんてことないように言った。

「それに、自分で言ったんだろ。あれは俺らから聞いた話なんだって思ったって」
「え、それは、まあ」
「それって、みょうじが経験してないことだから違和感を感じたってことだろ?」

 違和感。そう言われて考える。確かにそうだったのかもしれない。

「なら、一緒に経験してみればいいじゃん」
「ええー…」
「あんま難しく考えんなって。ようはスランプってやつだろ?運動部でもよくある話だって」

 夜久の言いたいことは分からなくはないが、どこか違うように思う。「夜久のアドバイスは、アドバイスしたつもりがどっかズレてるからな」とは黒尾の言葉だったか。

「でも、やっぱり分かんない。多分、夜久と黒尾の話が気になったのは本当だけど、もしかしたら全く違うかも。夜久たち関係ないかもよ?」
「別に、俺らの話に興味持ったのかなんて今は良くねえか?とりあえずスランプ中に一人で考えるほうが堂々めぐりだろ」
「ええ…」
「単に俺らの話に興味もっただけなのかもしれねえし、バレー部に興味もったのかもしれねえし、青春ってやつに興味もったのかもしれねえし。分からないが分かれば少しはスッキリするんじゃねえか?」
「青春って……クサ……」
「そこかよ」

夜久は、呆れながらも「でもさあ」と言葉を続ける。その目は私に向いていた。

「俺は、みょうじ自身が何に興味持ったのかを探すために、マネージャーやるのも悪くないと思うけどな」

 あ、この目。中学の頃から何度も向けられた夜久からのこの視線。この目を見ると、少し安心する。
 「それに、マネージャーは選手とずっといるわけじゃないから、選手と関わることなんてないぞ」と夜久は言う。まあ、関わらなくていいなら。私はたっぷりと間をあけてから、「マネージャー…見習いなら」と小さく頷いたのだった。

20230323
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