電波越しのはじめまして
「なあ、みょうじ。友達欲しくない?」
「…それ以上話しかけないでほしいと思う人はいる」

 突然そんなことを言い出した黒尾は、悪態をつく私を気にもせずに「そんなこと言わずにさあ」なんてニヤニヤと笑っている。手元では携帯をぶらぶらと見せつけるように振っていた。

「…というか。なんで私が友達いない前提なの?」
「いや、実際いないでしょーが。このクラスになってからお前が女子と話してるところ見たことないですけど」

 ぐうと声を出せば、黒尾はケラケラと笑った。確かに、私には学校で仲のいい友達はいない。とはいえいじめられているというわけではない。グループワークの時は基本黒尾たちと組んでいるし、体育で女子しかいなくても、「みょうじさんこっちおいで〜」と声をかけてくれるクラスメイトたち。こう考えると、私は本当に人に恵まれていると思う。

「知ってる?女子でのお前のあだ名、にゃんちゃんらしいぞ」
「にゃんちゃん…?」
「野良猫みたいだから、猫ちゃん。で、にゃんちゃん」

 なんだそれは。初耳だ。脳内では濁音で鳴くあの青い猫を想像してしまったけれど、「にゃんの方がかわいいじゃん」との理由らしい。女子の可愛いはよくわからない。そう言えば、黒尾はおかしそうに「お前も女子だろうが」と笑った。

「それで、友達なんだけど」
「…まだ続いてたの、その話題」
「まあまあ。みょうじにとっても悪い話じゃねーって」

 どうやら、黒尾たちがGWに練習試合をした高校の1つである烏野高校には、女子マネージャーが一人いるらしい。それを思い出した黒尾が、音駒にもマネージャーが入ったと自慢まがいのメールをしたのがつい最近。そのメールがきっかけで相手方の主将とマネージャーの話になり、学年も同じという理由で「よければ紹介してやってくれないか」と言われたのだとか。
 何を自慢することがあるんだ、と言ってやりたいところだったけれど、「みょうじもマネージャーとしてはぺーぺーだし相談できる相手がいて丁度いいだろ」と笑う黒尾の理由が思ったより納得する理由だったので、私はぐっと言葉を詰まらせる。

「夜久から聞いたけど、お前、SNSの友達はいるんだろ?」
「ハッ!?」
「メッセージなら相手の顔見えないし、いけんじゃね?」

 黒尾の言葉に驚いていると、黒尾は「何そんな驚いてんの?」と首を傾げている。それに慌てて何でもないと返事を返す。夜久、お前はそろそろきちんとお話し合いをしようね。
 とはいえ、マネージャー業務について聞ける人がほしいと思っていたのは事実。相手は宮城の遠い地にいるから会うこともない。電話だってすることはないだろうし、本当にメッセージでやりとりをするだけだ。それは、自分にとってかなり好条件のことで、否定する理由もないように思う。

「…相手はいいって言ってるの?」
「じゃなきゃこんな話しないっつーの」

 呆れたように目の前で頬杖をつく黒尾に、それなら、と頷いた。昼休みが終わるチャイムと同時に、私の連絡先に、新しい名前が一つ加わった。名前は清水潔子。すごく綺麗な名前だな、というのが私の第一印象だった。

 
 
▽▲▽



『烏野高校の清水潔子です。よろしくね』

 そんな簡潔なメッセージが送られてきたのは、放課後になってすぐのことだった。見慣れない名前に一瞬どきりとしたものの、それが烏野高校のマネージャーだということに気がついて、肩を撫で下ろした。「音駒高校のみょうじなまえです。こちらこそよろしくお願いします」とメッセージを返すと、少しして再び受信音が鳴る。向こうも忙しいだろうに、なんだか申し訳ない。
 『同い年だから敬語はなしでいいよ』と送られてきたメッセージに、もしかしたら清水さんは陽キャなのかもしれないと少し絶望に似た気持ちになった。けれど、『マネージャーになったばかりなんだよね?よければいつでも連絡してね』と続くメッセージに悪い人ではなさそうだとほっと息を吐く。

 今日は、インターハイ前最後の平日休みということもあって、「練習禁止な」と黒尾から部員に声がかかっているため、体育館に向かう人影はない。私ももちろん休みなわけで、私の足は必然と旧校舎へと向かっていた。
 とぼとぼと道を歩いていると、突然肩を掴まれ、勢いよく振り返る。肩を掴んだのは黒尾だったらしく、「置いていくなよな」と数回ポンポンと肩を叩いて、私の前を歩き出す。置いていくな、とは…?首を傾げていると、先ほどまで黒尾がいた場所に夜久と孤爪もいることに気がついた。

「よっす」
「ええ…何でいるの」
「だって黒尾が行くって言うからさー。なら俺らも行こうかって話になって」

 いやなぜそうなった?意味がわからないといった表情を夜久に向ければ、夜久は「部員同士の親睦も必要だろー?」と孤爪の肩を叩く。いや、孤爪めっちゃいやそうな顔してるじゃん。ゲームしたいって書いてあるじゃん。というより、私は歌ってみたの練習しようと思ってたんだけど、とじとりと睨む。夜久はそれすら気にしていないのか「悪い悪い!」と悪びれもない様子で私の肩を叩いたので、せめての足掻きだとその手を思い切り振り払った。

「そういや、烏野マネから連絡きた?」
「…来た」
「そ。オトモダチ増えてよかったねみょうじ」
「…ほんとなに…帰って…」

 げんなりした顔で言った私に黒尾はいつものようにケラケラと笑って、夜久と一緒に紙になにやら書き出している様子だった。丸がいくつか書かれているその紙の内容は、バレー関連のものだろう。最近買ったルールブックに載っていた気がする。猫又監督に「インターハイ予選までにスコアシート書けるようになりなさい」なんて声をかけられて慌てて買ったものだ。

「で、仲良くなれそうなのかななまえちゃん?」
「ウッザ」
「はは。辛辣ぅ」

 黒尾さん泣いちゃうよ?なんてメソメソ泣くふりをする黒尾を、夜久が「集中しろ」と睨みつける。孤爪は興味がないのか、ゲームをしながら時折「そこ逆のほうがいいんじゃない」と口を挟むだけ。というより、ここでもバレーの話するなら別の場所でやればいいのに。黒尾の家とか、夜久の家とか。
 そんなことを思いながら、私はスマホにイヤホンを差し、歌う予定の原曲を流す。歌う曲はいつもランキングからきまぐれに選んでいる。今回選んだのは、インターハイ前ということもあって、疾走感あふれる曲にした。W憂鬱な現実を飛び出して、刹那を生きるWだなんて自分には到底できないことをやってのける天真爛漫な少女の歌だが、歌い手の中身なんて、聞いている側は分からない。
 そうして疾走感あふれる少女が叫んだところで、黒尾が立ち上がり「飲み物買ってくるわ」と教室を去っていく。それに便乗したように俺も、と出ていった夜久を見送って、私は曲へと意識を戻す。すると、肩をツンツンと控えめに叩かれた気がして、イヤホンを耳から外せば、いつの間にかゲームから視線を外した孤爪がこちらをじっと見つめていた。どうしたんだろうと言葉を待っていると、おずおずと孤爪が「多分だけど」と口を開いた。
 
「マネージャー、なまえしかいないし、クロも気を遣ったんじゃない?」
「…黒尾がぁ?」
「夜久くんも少し気にしてたみたいだったし。強引だったかなって」

 孤爪はそう言って、再びゲームへと視線を戻してしまった。なんだかんだ言って決めたのは私だというのに、変なところで自信のないやつらだなあとため息をつく。おもむろにスマホを取り出して、メッセージ画面を開いた。連絡先を見つめ、その気遣い屋が紹介してくれた相手の名前をタップする。「今度、私が書いたスコアシート見てくれませんか」と連絡をすれば、少ししてから『もちろん』と返事が返ってきたので、それをじっと見つめてから、携帯を鞄へとしまいこんだ。

 20230406
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