08


「これは…どうしたもんかなぁ…」
 
 GW合宿を終えてすぐ、まるでこの時を待っていたかのように退部者が現れた。
 というのもこれは毎年のことで、藤も「この時期がやってきたかぁ」と教室でぼやいていた。ただでさえ厳しい普段の練習に加え、GW合宿でより追い込まれた部員たちは、GW合宿を終えるとついていけない者から退部していく。もちろん約1ヶ月厳しい練習を共にした仲間であることは代わりないし、GW合宿ではマネージャー業務を手伝ってくれた後輩たちなので寂しくないといったら嘘になるが、自分で決めたのだからその決断を否定することも引き止めることもしない。ならば、なぜ頭を悩ませているかというと、その退部者の数にあった。
 
「俺らの代、一つ下の代と退部するやつらはぎょうさん見てきたけど…今年はえらい多いなぁ…」
「せやなあ…」

 藤が困ったようにううんと腕を組み、重心を後ろに傾ける。藤の体重を受け止めたパイプ椅子からギシリと音が鳴った。
 自分たちが入部してから、退部していく部員を見るのは自分たちの代を含め三度目だ。私は、受け取った退部届けを見つめながら、ぽつりと呟く。

「今年は…WSが多いな」
「…名前も気づいた?」

 せやねん、と藤が頷く。確かに、セッターやMBでも退部者は出ているが、今年は何故だかWSの退部者が多い。

「侑についていけないって奴もおると思うねん。けど…」
「けど?」
「…俺は、同じWSとして治も怖いと思う」

 藤の言葉に、最近髪を染めた双子を思い出す。「色んなところから見分けつかんて苦情いただいたんで染めました!」と二人並んで胸を張った双子に、部内は騒然とした。仲がいいのか悪いのか分からない髪色に、「なんで金と銀やねん!」と叫んだアランに対し、双子は「金のがかっこいいから」「ツムに先越されたから」と片や手を腰に当て、片や相手を指差して言う。
 その後現れた信介に緊張していた双子も、「校則違反やないし、ええやろ」と信介からお小言がやってこなかったことにさらに気分をよくしたらしい。ふふんと鼻歌でも歌いそうな顔で近づいてきた治は、私の顔を見るなり「これで名字さんもこんなクソツムと間違えませんよね?」と満足そうに笑っていた。

「治が?なんで」
「なんていうか、なぁ…」

 侑よりは部員と仲良くやっている印象のある治が退部の理由になるとは思えなくて、私は首を傾げた。藤は険しい顔で唇をぎゅっと結び、目を閉じて言葉を探しているようだった。

「侑って、結構無茶なセットするときあってな。打ってしまえばその判断はほぼ間違ってないとわかるんやけど、やっぱりプレッシャーがな、すごいねん」
「プレッシャー、なあ…」
「でもな、治は違う。そんな侑の要求を当たり前に受け止める。それがたとえ無茶振りやったとしても必ず打つんや」

 それがな、怖いねん。藤はそう言って頭の後ろで腕を組む。「双子やからできる技なんかなあ」と藤はどこか遠くを見つめながら呟いた。

「俺、まじで双子と同じチームでよかったって心から思う」
「んな大袈裟な」
「いや、あのノリノリの双子をコート挟んで見るのは恐怖すら感じる」
「ノリノリて」
「いやほんまに。下手したら絶望するで」

 しかもあれでまだ発展途上なんやで?と藤は肩を竦めた。侑がGW合宿で練習していたジャンプフローターサーブも、少しずつ形を成している。二刀流のセッター、オールラウンダーのWS。それがしかも双子だなんて、確かに相手からすれば恐ろしいのかもしれない。

「あいつら、いつか試合でとんでもないことしでかしそうで怖いわ」

 ただ、そう言った藤の顔はとても怖がっているようには見えなかった。なんだかんだ、後輩の成長が楽しみなのだろう。何となく、試合で暴れ回る双子を想像してみると、案外簡単に想像できてしまって驚いた。あの双子は、コートの中でお利口にしてろなんて言われて素直に従う奴らではない。「簡単に想像できてしまうのが怖いな」と呟けば、藤はせやろと頷いた。
 
 



「…なあ、今日は外周混ざらんの」

 放課後の部活が始まり、ボトルを準備していた私に侑が問いかけた。目の前で輝く金色に、なるほどこれは確かに見分けがつけやすいと一人納得する。

「混ざらんよ。準備終わってへんし」
「……」
「侑もはよ準備しておいで」
「…そんなん、一年にやらせたらええやん」
「なん?つまり侑がやってくれるってこと?」
「やらん」
「せやろな。ほら、外周行っておいで」

 GW合宿以降変わったことといえば、侑と私の関係も少しだけ変わったように思う。今までは威圧的な態度だった侑が、合宿最終日の出来事をきっかけに、少しだけ柔らかくなったのだ。そんな侑の態度に、正直なところ、私はほんの少しだけ困惑していた。
 侑が私のことをW名字さんWと呼び始めたのも、合宿最終日だった。今までは距離があったので侑のことをW宮Wと呼んでいたものの、相手がその距離を縮めようと歩み寄ってくれたならこちらもそれに応えるべきだろうと思い、私もW宮WからW侑Wへと呼び方を変えている。
 そんな侑は合宿後、マネ業務を手伝う人がいなくなり一人で準備する私を見て、稀にこうして近寄ってくることがある。たまに無言でボトルやらタオルやらを持っていくこともあるのだから、最初の態度からずいぶんと丸くなったものだ。今日もそうやって近づいてきてくれたのだと思うけれど、部員は全員外周の準備に取り掛かっている状況で手伝ってもらうわけにもいかない。
 
「…いつになったら勝負してくれんの」
「は?何の話やねん」
「名字さん合宿ん時、勝負してくれるって言うたやん」
 
 いや、そんなこと一言も言った覚えはないのだが。侑は私の態度が気に食わなかったのかムッと口を尖らせている。その顔はどこか普段よりも幼く見えて、私はより困惑した。とはいえ、侑もそろそろ外周に向かわなければいけないことがわかっているようで、彼はじっと私を見てから「今日は見逃したるわ」と踵を返してその場を去っていった。その態度はまだ多少棘の残るものの、あれが彼なりの歩み寄りなのだと思うと自然と顔が綻ぶ。まだ少し、あの瞳は苦手だけれど。

「侑、いってらっしゃい」

 背を向けた侑にそう声を掛ければ、侑は不自然に足を止めた。いや、足を止めるために言ったわけやないんやけど。みんな待っとるんやからはよ行けや。そう声をかけようとした瞬間、侑は突然逃げるように走り出す。走って行った先で何やら治と深刻な顔をして話しこんでいる侑を見て、私はしまったと顔を歪めた。ちょっと距離詰めすぎたやろか。あいつキモいとか言われてたらどないしよ。
 ショックを受ける私に「名前、外周始めるなー」と藤から声がかかり、私は慌ててストップウォッチを構える。私が頷いたのを確認した藤の号令で、部員が一斉に走り出した。

「…今年のインターハイ、楽しみやなあ」
 
 一人になった体育館で一人ごちる。珍しく横並びでスタートを切った双子の後ろで走り出す結と倫太郎を見て、私はくすりと笑った。入部当初はそれぞれの個性が強い一年たちだと思ったけれど、なんだかんだでバランスが取れているようだ。
 私も、負けてられへんなあ。
 よし、と腕まくりをしてボトルを一つ手に取った。さて、汗だくになって誰よりも先に体育館に雪崩れこんでくるであろう双子が来る前に、準備を終わらせてしまおうか。

20230609