01


 三年生が卒業した。
 「満開の桜の下で告白されるん夢やねん」と当時の主将が夢見ていた桜も、ただでさえ卒業シーズンには咲かないというのに、今年は例年よりも遅い開花だとニュースになっていた。肩を落とす主将を揉みくちゃにするような形で皆で撮った集合写真は、新しく買い替えたスマホにきちんと保存されている。

「名前ちゃんなら大丈夫。部員のこと、頼んだで」
 
 一つ上の、バレー部のマネージャーであった先輩はそう言って、稲荷崎高校を卒業していった。先輩たちは、春高が3月から1月になったとはいえ、受験だからと誰一人残ることはなかったので、マネージャーも必然的に先輩が引退すれば私一人だった。
 先輩たちが卒業する3月には、一人でのマネジメントにもだいぶ慣れていたけれど、いざ卒業となれば不安と寂しさが募る。そんな表情をした私の頭を、優しい顔つきで撫でてくれた先輩のあの表情と言葉はきっと、一生忘れないだろう。
 
 そうして涙のお別れも過去になりつつある頃、私たちは春休みを迎えた。
 
 春休みを迎えたといっても、バレー部はいつも通り練習の日々だった。朝、部員たちが来るよりも早く体育館に向かい、ルーティンである掃除を終えた信介に挨拶をして、マネージャー業に取り掛かる。
 初めの頃こそ卒業してしまったマネの先輩と二人で「私より早く来んな」「プレイヤーなんやから雑用は私がやればええねん」と信介を諭していたものの、信介のこれは中学からのルーティンだったそうで、「やらんとなんや気持ち悪いんです」と頼まれてしまえば私たちは渋々頷くことしかできない。
 そうしているうちにゾロゾロと部員たちが集まってくる。そうして監督とコーチが顔を出したところで現主将である藤から集合の声がかかり、連絡事項を聞いてから練習に取り掛かる。

 ただこの日だけは、いつもと少し違う。午後からスポーツ特待生である新一年生が練習に混ざる予定になっていた。
 事前に聞いてはいたものの、部員の盛り上がりようは北を除き凄かった。特に新二年生の盛り上がりは凄まじく「後輩や!」「俺先輩って呼ばれるの夢やねん」「確か愛知のやつおったな」「宮兄弟ってほんまに存在したんやな」「なんやねんそれ。普通に存在しとる奴らやろ」等々、彼らの興奮は収まることを知らない。
 興奮している彼らをじとりと見つめながら、私は黒須監督から名簿を受け取る。角名倫太郎、宮侑、宮治。この三人が今年のスポーツ特待生らしい。三人のうち二人は兄弟って凄い。
 名簿を見ていると、アランが「名前さん何見てはるんですか」とひょっこりと顔を出す。それに答えるように名簿をちらつかせれば、アランは「ああ…」と納得した様子で頷いてから、キリッと真面目な顔をした。

「ええですか。双子はほんまに癖のある奴らなんで、気ぃつけてくださいね」
「せや。アランは宮兄弟のことよう知っとるんやったな」

 アランは、藤の言葉に頷くと、何処か遠くを見つめ出した。「なんで俺が双子のフォローせなあかんねん…」「今日も朝から揃ってメール送って来おるし…いやそりゃ俺も楽しみやけども」ブツブツと呟いている内容からして、その二人に相当苦労したのだろう。
 藤はそんな様子のアランの肩を、同情するように叩く。アランは一瞬、同情なんていらんと言わんばかりの表情を向けたものの、同情されたのが主将だったこともあったのか、ぐぬぬと顔を歪ませる。

「まあ宮兄弟のことはええやろ。新一年の案内は頼んだで、名前」
「おん。任せとき」

 私はこの時の言葉を、死ぬほど後悔することになる。



 集合場所である校舎入り口へと向かえば、そこには既に一人、人が立っていた。一人、ということはおそらく双子ではない特待生の子だろう。慌てて小走りで近寄り、「待たせてしもたかな。堪忍な」と話かければ、彼は警戒心を隠さずこちらを振り返った。
 私を上から下まで見たその目は完全に不審者を見るそれであったが、相変わらず私の表情筋は仕事を放棄している。どうしたものかな、と考えているうちに、彼は私の着ているジャージを見て警戒心を解いてくれたらしい。

「自分、バレー部の新入生で合うてるかな」
「あ…ハイ」
「私、男バレマネージャーの名字名前。名前聞いてもええ?」
「あ…角名、です。角名倫太郎」

 角名な、と名簿を確認し、角名の欄にマルをつける。確か彼は、愛知からの推薦入学で、寮生だったはずだ。そういえば、寮生は午前中に鍵渡しがあったっけ。寮は歩いて10分圏内だったはずだ。
「あと二人合流したら案内するからもうちょい待ってな」と角名に話しかけたところで、少し遠くの方から歩いてくる影を二つ捉え、そちらへと目を向ける。近づいてくる顔はアランの言った通り全く同じで見分けはつかないが、おそらくこの二人が宮兄弟だろう。

「あれ、スポーツ推薦って女もあったんか?」
「なわけないやろ。ここ女バレないやん。それに、あの人ジャージ着とるし在校生やろ」
「ほなナンパか?」
「かもなあ」

 ヒソヒソ、と囁き合う声が近づいてくる。どうやら角名にも聞こえていたようで、彼は私に背を向けるようにして顔を伏せていた。いや、笑ってるの丸分かりなんやけど。揃いも揃って失礼すぎん?
 
「待ち合わせ場所そこよな」
「一旦スルーして戻るか?」
「いや、私男バレのマネージャーやけど」

 スルーしていては本当に踵を返しかねないと名乗りを上げれば、双子は揃って同じ顔をきょとんとさせてから「マネージャー…?」と首を傾げる。まるで初めてその言葉を聞きましたと言わんばかりの表情に、私は早速この後の不安を感じていた。

「強豪校ってほんまにマネージャーおるんやな」
「凄ない?俺らVIPやん」
 
 ああ、うん、アランの苦労も何となく分かるわ。今度アランに飴あげな、と思いつつも、その表情筋は全く仕事をしていなかったらしい。「この人ずっと真顔やん…」「なんや怒ってるんとちゃう?」とヒソヒソ話始めたので、私ははあと小さく息を吐く。

「自分ら、宮侑と宮治で合うてる?」
「おお、名前まで知られとる」
「あ、ハイ。合うてます」

 「さすが俺らやなあ」とニヤニヤと笑う宮侑の隣で、冷静に宮治が頷いた。なるほど、同じ双子でも宮治の方がまだ話が通じそうである。
 ようやく本題に入れそうだとほっとしたのも束の間、「自分もスポーツ特待生?」「ああ、うん」「あ、俺こいつ知っとるわ!中総体で見た!変な体勢でスパイク打ってた奴!」と今度は新一年生たちで盛り上がりはじめてしまった。自由すぎないか、宮兄弟。
 今度こそ呆れを隠さずに私が手のひらを一回鳴らせば、三人の目が一斉にこちらを向く。「いいからついて来い」とバインダーを指代わりに体育館を指し示した。

20230425