02


 スポーツ特待生なだけあって、三人のプレーは凄まじい。最初こそ「先輩面したるわ!」と意気込んでいた新二年生たちも、三人の凄さに圧巻されたようで、その勢いも段々と萎んでいった。

「あ!アランくんや!アランくーん!」
「おい侑やめぇ!大声で呼ぶんやない!」
「え?何で?」

 アランは知り合い故にすぐ話しかけられていたが、アランにとっては居心地が悪かったらしい。周りをキョロキョロと気にする様は、大男のくせに頼りなくて少し面白かった。

「せや、アランくん。高校はマネージャーおるんやなあ!」
「あー、野狐中にはおらへんからな」
「せやねん。雑用から何から全部部員が手分けしてやっとったで」
「けど、ここならそれもないやろ?存分にバレーしててええなんて最ッ高やん!」

 きゃっきゃとアランの周りを走り回る双子に、藤が「アラン、手懐けてんなあ」とボトル片手にゲラゲラと笑う。それにすぐに気づいたアランが「藤さんすんません!」と背すじを伸ばし、双子に「ええから大人しくしといてくれ!」と必死に声をかけていた。それすら藤には面白く映ったようでひいと自分の膝を叩いて笑い始めてしまった。
 その光景を、「そういえばこいつ笑いのツボが人より少しだけ浅かったな」と眺めていたら、双子から「正反対の二人やな」とお言葉を頂いてしまった。すみませんね、表情筋が動かないもので。

「なんやアラン、楽しそうやなあ」
「あ!大耳いいところに!」

 どうやら練は、もう一人のスポーツ特待生である角名と話していたらしい。角名を連れてこちらへと歩いてくる様子はまるでカルガモの親子のようだ。

「藤さん、監督呼んではりましたよ」
「ん?ああ、せやった。忘れてたわ」
「主将やろ、早よ行って来い」

 てへ、と両手を顎に持ってきてポーズを取る藤にピシャリと言い放つ。「名前ノリ悪ぅ」と不貞腐れながらも、渋々監督の元へと向かう藤を見届けながら、私はノートへと目を向けた。

 こうして記録を見てみると、彼らの実力は確かに凄い。角名の体幹を活かしたスパイクや宮治のブロックも凄かったが、特に宮侑のセットアップとサーブには目を見張るものがあった。
 彼らはきっと、すぐにでもレギュラー入りするだろう。もしかしたら、自分らの同期のスタメン出場も危ういかもしれへん。

 ううむ、と考え込んでいると、突然ノートと自分の顔の間に手が滑り込んでくる。ばっと勢いよく顔を上げれば、目の前には宮兄弟、のどっちかがこちらを覗き込んでいた。

「マネージャーさん」
「…なんや」
「これ、門まで持ってってくれへん?」

 これ、と手渡されたのは、エナメルバッグ。いや、確かに彼らの練習はもう終わったし、帰るんだろう。だからって何で私にエナメルバッグを渡すねん、と考え込んでいると、痺れを切らしたらしいどっちかの宮が「いいから早よ運んで!」とバッグを押し付けてきた。
 というより君、さっきまでアランたちと話し込んでたやん。じっと顔を見つめていれば、その光景にいち早く気づいたアランが慌てて「おい侑何しとんねん!」と割って入ってくる。なるほど、今私が話していたのは侑の方らしい。

「何名前さんに荷物持たせようとしてねん!この人次三年やぞ!先輩や先輩!」
「やって、マネージャーなんやろ?年上とか年下とか関係あらへんやん」
「はああ?マネージャーはパシリとちゃうぞ!」
「えー?なら何でこの人ここにおるん?ただの役立たずやん」

 宮侑の言葉に、ピシリとその場の空気が固まる。アランと練は「まじかこいつ」と言わんばかりに頭を抱えているし、そばで見守っていた宮治と角名もほんの少し顔が引き攣っていた。
 
「おーい、名前。藤が呼んで…え、何ここさっむ!」

 そんな微妙な空気を壊したのは、私と同学年のセッターだった。アランに至っては「救世主や…!」と声が漏れている。この同級生、いい奴なのだが空気を読むのがいかんせん苦手なのだ。とはいえ、この居た堪れなくなった空気に割って現れたのは確かにありがたかったので、素直に「ありがとぉ」と返事を返した。

「すまんな、名前」
「ええよ。どないしたん?」

 申し訳なさそうに手を合わせた藤に、「むしろ助かったわ」と首を振る。藤はそんな私を見て、首を傾げていた。

 藤の話を聞きながらも、思い出すのは出会ってから今までの宮侑の言動。まだ会ったばかりなのに、こんなことを思うのはよくないのかもしれない。しれない、のだが。

 私、宮侑苦手かもしれん。

 「あの人ずっと表情変わらないんですけど…」「通常運転や。慣れろ」と話している角名と練の声には聞こえないふりをした。



「へ!?名前さんにそないな事言うた一年がおるん!?」

 角名と宮兄弟が帰ってから暫くして、アランから事の流れを聞いた路成は「えらい強者が入って来よったなあ」と感心したように呟いた。
 私と路成は、帰る方向が同じなため、必然的に一緒に帰ることが多い。路成の姉とは中学校で同級生だ。路成と話すようになったのは彼が高校に入ってからなのだが、姉の友達だからか随分と懐いてくれているように思う。今日はそこにアランと信介も一緒なのだが、信介はそんな路成の言葉に「強者ちゃうやろ」と冷静に返している。

「確かにマネージャー見たことない言うならマネージャーがどんな仕事してるか分からんよなあ」
「そんで、名前さん、ちゃんと言い返したんです?」

 路成の問いかけに、私はフルフルと首を横に振る。そんな私を見て、路成はあちゃあと額を軽く叩いていた。アランはといえば、隣を歩いていた信介に「アランはきちんと説明したんか?」と一撃を喰らって意気消沈としている。

「せめてもっと名前さんの表情筋が動けばなあ」
「私の表情筋は母さんの母体に置いてきたわ」
「ならはよ拾ってきて!3分だけ待っとるから!」

 ふざけはじめた私たちに、信介が呆れたように笑う。アランだけは「名前さんにそないな事言えるの赤木だけやで」と路成に言っていたが、当の路成は「ん?なんで?」と首を傾げている。そういうところ姉そっくりやな。

「…名前さん」
「なんや?」
「双子に…特に侑に何か言われたら遠慮なく言うてくださいね」

 きっと知り合いのことだからだろうアランが、居心地悪そうに大きな体を小さく丸めてペコペコと頭を下げる。まあ、大丈夫やと思うけど。アランの気遣いは素直に嬉しかったので「そん時は頼りにしてるで」と笑う。

「名前さんの表情筋、ようやっと仕事したわ…」
「なんやて」
「いや、冗談抜きで今日の名前さん、信介ばりに表情筋動いてへん」
「俺を比較対象にすんなや」

 まさかアランのこの言葉がフラグになるとは、この時の私たちは誰一人として思っていなかったのである。

20230425