04


「名字さんって、美人よな」
「分かる。クールビューティーって感じや」

 入学式からあっという間に2週間が過ぎた頃、同級生の奴らがそんなことを話していた。

 正直同級生といっても強豪なだけあり人数は多い。クラスにはバレー部はいなかったので、かろうじて俺が覚えているのは春休みに顔を合わせた宮兄弟くらいだ。その宮兄弟すらどっちがどっちか分からないが。
 正直この会話も誰が話し始めたのか分からない。そもそも興味もなかったし、どうでも良かった。
 けれど、どうも中学を卒業したばかりの男たちはそういう話が好きらしい。「俺、名字さん夢に出てきた」「名前で呼ばれたい」着替えもそこそこにそんな話を繰り広げている。

「彼氏おるんやろか?」
「あの顔面やしおるやろ」
「あー、北さんとか?」

 北さん、と名前が出た瞬間、その場では「あー…!」と同調の輪が広がる。
「あの人たちいつも一緒やん」「この前一緒に備品整理しとったわ」と目撃情報があっという間に共有され、「北さん朝早いの、名字さんに合わせてるんかな」なんてしょうもない憶測まで飛び交った。
 
 そんな会話に、馬鹿じゃないの?とつっこみたくもなる。

 お前らのいうその北さんは、名字さんより早く来ている。その仮説でいくなら、名字さんが北さんに合わせて来ていることになるだろう。
 ついでにいうなら、そんな北さんより早く来ようと奮闘している俺も名字さんとほぼ同じか、それよりも早い時間に来ることもあるのだが、そこを突かれるとまた面倒なので黙っておこう。
 
 まあ、あの二人の関係に恋愛のれの字もないだろうな。少しみていれば分かることなのに、同級生たちは何故気づかないのだろうか?

「俺、名字さんなら付き合ってもええなぁ」
「上からすぎやろ!お前じゃ無理やって!」

 ゲラゲラと笑う同級生を横目に、着替えを終えた俺はロッカーをそっと閉める。いい加減こいつらも着替えればいいのに、と思うものの自分から話しかけることはしない。
 そんな俺の言葉を具現化するように、突然部室の入り口のあたりでバン!と大きな物音が立つ。びっくりして目を向ければ、そこには宮侑が立っていた。

「ぺちゃくちゃと喧しい。お前らやる気あんのか」

 どうやら物音は、部室のドアを蹴り上げた音だったらしい。外からは「なんやでかい音したな」「誰か倒れたんか?」と心配そうに話す上級生の声がする。

「ここをマクド代わりにしてんとちゃうぞ」
「ツムかてここでおにぎり食うとったやん」
「ハァ?そういう意味ちゃうわ!」

 宮侑の怒りは、同級生から片割れである宮治へとうつったらしい。正直、俺から見たらギャアギャア騒ぐ双子もあの同級生たちと変わらないほど煩い。関西のこのノリはやっぱり苦手だ。
 言い合いをしながら部室を出て行った双子を見て、あからさまにほっとする同級生になんだかイラッとして「ノロノロ着替えてないで早く着替えたら?」と時計を指差し声をかける。同級生たちは時間を見るとハッと我に返ったようにそそくさと準備を始めた。

 そういえばそうだった。宮侑の前で、マネージャーの話は禁句だった。
 
 部室を出るため足を動かしながら、そんなことを考える。思い出されるのは、部活中の宮侑と名字さんの距離感だ。
 あの二人はお互いに苦手意識があるのか、どうにも距離が遠いように見える。こんなことを名字さんや藤さんに言ったら「お前もな」と言われかねないのだが。特に名字さんは表情が動かないので尚更だろう。
 宮侑に関しては、完全に名字さんを毛嫌いしているようだった。きっかけはおそらく春休みの練習まで遡るのだが、その一件を知るものは多くはないだろう。俺と、双子と、せいぜい宮侑と同じクラスの銀島くらいだ。
 
 部室を出れば、双子が北さんに説教されている姿が目に入った。どうやら蹴り飛ばしたのが双子だとバレたらしい。
「せやけどあいつらが」と言い訳を続ける宮侑に、北さんはとうとう「そこに正座せぇ。二人ともや」と腕を組む。

「なんでアンタに命令されんとあかんのや!」
「言うても聞かんからやろ。いいからはよせぇ」
「俺関係あらへんやん…ツムのせいで俺までとばっちりや…」
 
 高校生にもなって正座させられるとか、面白すぎるでしょ。あとで名字さんにも見せてやろうとスマホを取り出し、録画のボタンを押す。別に、双子の味方なんてしてやる理由なんてないしね。

 



「あ、すんません〜」

 宮侑が打ったボールが、名字さんのスレスレを通過する。相変わらず動かない表情を見て、宮侑はムッと顔を顰めたが、次の瞬間には「つか、まだいたんや」とバカにするように言い捨て、鼻で笑う。
 それに対し、いつも通りスンッと表情のない顔で「おん」とだけ返事を返した名字さんは、ボールを拾うとそそくさとその場をさっていく。

「ツム、相手にされてへんやん。ダサ」
「なんやと!」
「てか、なんであの人にだけ当たり強いん?気に入らんならほっとけばええやん」
「はあ?気に入らんとかやないし。そもそも女がうろちょろしてるの目に入るのが嫌やねん」
「それが気に入らん言うんやろが」

 宮治の言葉に、聞き耳を立てていた俺も思わずうんうんと頷きそうになった。けれど、指摘を受けた宮侑は「そんなんちゃうし!」と頑なに認めようとしない。

「なんでそんな必死に否定してんねん。ダッサ」
「なんやと!」

 宮治の胸ぐらを掴んだ宮侑を、「お前らやめぇや!また正座させられたいんか!」と銀島が制止する。
 宮侑は正座させられた時のことを思い出しているのか「あの人もあの女もなんやのあの顔!二人揃ってロボットなんか!」と吐き捨てる。
 
「まぁ人それぞれ相性はあるからなぁ。苦手ならそれはそれでしゃあないやん」
「銀!ちゃうねん!俺はあの女のことなんて何とも思ってへん!」
「…なんでそんな頑ななわけ?」

 これでもかと認めない宮侑に、なんとなく横槍を入れてみる。宮侑は「ああん!?」とこちらを睨みつけたものの、相手が双子の片割れではないからか下手に出れないらしく「ぐぬぬ」と言葉を詰まらせていた。

「………やんか」
「は?なんやねんボソボソ喋んなや」
「やから!俺だけが気にしてるんなんか腹立つやんか!」

 え、何、つまり、名字さんに相手にされてないことに腹を立ててるってこと?

 俺と銀島がポカンと呆けている間も、宮侑は「そもそもあの女表情変わらなすぎやねん!」と怒りを言葉にしている。
 宮治だけは片割れの心情が分かっていたようで「そんな事やろうと思たわ」とめんどくさそうに呟く。

「ええー…?」
「あー、まぁ、元気だせや侑」
「うっさいねん!俺はもともと元気いっぱいや!」

 この三人に、名字さんって意外と冗談言うし、ふざける時ふざけるよと言ったらどんな反応をするのだろう。宮侑なんかは今以上にショックを受けそうだな。
 
 ポンポンと宮侑の肩を叩く銀島に、宮侑は噛み付くように言い捨てる。それを若干引き気味で見ていると、徐に宮治と視線がパチリと合った。
 こっちはこっちでたまに何考えてるのか分からないんだよな。視線を逸らすのも印象が良くないかと思い、俺は今までの疑問をぶつけてみることにした。

「…あのさあ。宮っていつもこうなの?」
「せやで。こいつ、人格ポンコツやから」

「あと宮やなくてええで。治と侑って呼んでや」と治が言う。まあ、宮侑とか宮治とか長かったし。わかった、と頷けば、そこに反論してくる男が一人。

「おいサム!勝手に許可してんとちゃうぞ!」
「じゃあお前は宮でええやん。俺は治って呼んでもらう」
「あ!なら俺のことも好きに呼んでや!」
「ほな銀で」
「……」

 自分一人だけ仲間外れは嫌だったのだろう。「しゃあないから侑様って呼ばせたるわ」と侑は素っ気なく呟いた。

「あ、俺のことは角名でいいからね」
「え、なんでや。倫太郎でもええやん」
「角名ってなんか語呂ええから、俺は角名って呼ぶ」
「なんや捻りがいのない名前やなぁ」
「いや、捻るために名前があるわけじゃないからな?」

 ところで名字さんの話題はもう過ぎ去ったのだろうか。関西のノリってやっぱりよくわからないな。

20230427