05


 新学期が始まったばかりの4月は、通常授業よりもロングホームルームに割り当てられる時間が多い。特に、入学したばかりの自分たちは入学早々行われる新入生テストまであったので、入学後の落ち着かない雰囲気の中悲鳴をあげる者もいた。

 バレー部でそのテストの餌食となっていたのは同じクラスの侑と、その双子である治だった。ただでさえ新天地での部活に慣れない中、双子が泣きついてきたのは記憶に新しい。その頃角名とはあまり話したことがなかったが、何も言ってこないことを考えると心配はいらないのだろう。

「なぁ、銀。委員会何入った?」
「俺は美化委員やな」
「俺は入らんかったで。部活の時間なくなるし」
「ツムには聞いとらん」

 廊下に何となく集まった俺らの話題は、つい先ほどのホームルームでの委員会決めだった。
 治の返事に「なんやと!」と声を張り上げた侑に対し、治は「お前のことなんてありんこよりも興味ないわ」とそっぽを向いている。
 双子の言い合いは日常茶飯事なのだと理解したのはつい最近のこと。ようやく慣れてきたものの、二人が取っ組み合いをしている場面だけはいつ見てもまだ慣れそうにない。今日はまだ平和やな。言い合いをしている双子を横目に、こんな時でもスマホを弄っている角名に目を向けた。

「角名も美化委員入れたん?」
「うん」
「ちょお待って。銀、どういうことやねん」

 俺と角名の会話にピクリと反応したのは侑だった。「お前ら同じ委員会入ったん?」と特に気にしていない様子で聞いてくる治とは真逆に「俺ハブやん!誘えや!」と声を荒げた侑に、治が「女子か」と言い返している。「いや各委員会男女一人ずつだったじゃん」と鼻で笑う角名に、侑はぎゃんぎゃんと言い返している。どうやら今は治よりも角名に噛み付く方を優先したらしい。

「銀はともかく、角名も委員会入ったん?」
「おい、どういう意味だよ」
「いや、角名ってそういうの面倒くさがってやらなそうやん」

 治が不思議そうに角名に問えば、角名はそれに否定する事なく「まあね」と言葉を零しスマホへと視線を向けた。

「実は、名字先輩に楽な委員会教えてもらったんだよね」
「は!?何やそれ!角名だけずるいやん!」

 角名を指差して「贔屓や贔屓!」と騒ぐ侑の隣で、「え…角名、名字さんと仲良しさんなん?」と驚いているのは治だった。分かるで治、俺も最初聞いた時同じ反応したわ。
 そんな双子に対し、角名は「だって聞かれてないし」とあっけらかんと言い放つ。ぽかんと呆けている双子に、追い討ちをかけるように、角名はスマホ片手ににやりと笑った。

「あ、ちなみに委員会入ってない奴、文化祭実行委員かクラスマッチ実行委員のどちらかは強制らしいよ。クラスマッチは毎年だけど、今年は文化祭もあるし準備大変なんだってさ」

 ちなみにこれも名字さん情報。そう言った角名に、侑は驚愕した顔を角名に向ける。侑、前回のホームルームちゃんと聞いとらんかったんやな。思わず苦笑いで侑へと視線を向ければ、侑はやはり聞いていなかったらしく「そんなん聞いてへん!」と騒ぎ立てる。

「あれ?てか治は委員会入ったん?」
「おん、入ったで。ボランティア委員」
「何やねんそれ」
「ニヶ月に一回ベルマークとか集めるらしいで」
「あ、それ、名字さんが美化委員会の次にオススメしてくれたやつだわ」

 角名の言葉に、治は「マジか。ラッキーやなぁ」とのほほんと笑っている。そのすぐ傍では、侑が「嘘やろ…こんなん酷い裏切りやん…」と絶望した表情で治を見つめていた。この様子やと、侑は治も委員会に入っていないと思ってたんやろな。

「つか、名字さんの情報えぐない?あの人、真面目な人やと思ってたわ」
「それは俺も同感やな」

 俺は治の言葉にうんうんと頷きを返す。
 部活中の名字さんは、とても真面目な人だと思う。朝は俺らが来る頃には全ての準備が終わっているし、放課後練だって俺らが走り込みに行っている間に全てが終わっている。練習中は真面目にノートに記録している姿を目にするし、誰かが名字さんにボールをぶつけてしまっても名字さんは「私のことはええから、はよ練習戻り」と部員のことを優先で考えてくれている。侑はそんな名字さんが苦手な様子だけれど、俺にとっての名字さんは誰よりも部員に献身的なマネージャーだった。

「そう?あの人が冗談言ってるところ、結構見るけど」

 俺らの言葉に否を唱えたのは意外にも角名だった。「え、いつ」思わず口を開けば、角名は少し考えるそぶりを見せてから「藤さんの前とか、赤木さんの前とか…?」と己の指を折っていく。
「あ、この前名字さんが藤さん揶揄ってるところ動画撮ったけど見る?」と続けた角名に、俺は思わず「なんでやねん!」と勢いよくツッコんだ。いや動画撮ったん!?角名怖いもんなしかいな。治までも目を見開いて「角名の心臓どうなってるん」とポツリと呟いた。

「名字さんって意外とおちゃめさんなんやなぁ」
「…なわけあるかい」

 それまで黙っていた侑がポツリと呟く。「なんやツム起きてたんか」「廊下で立って寝ぇへんわ」治は呆れたように侑に視線を向けている。最初こそ気を遣って侑の前で名字さんの話題を避けていたものの、最近では、このメンバーで話すときに遠慮をしなくなった。ある意味揶揄いの意もあるのだろう。治と角名は名字さんの話を侑の前でする時は活きがいい。

「侑クンは何に拗ねてるんですかぁ〜?」
「その喋り方やめぇや、気色悪い!」 
「このメンツで名字さんとまともに喋ったことないの、侑だけだもんね〜」
 
「俺と名字さんが仲良しなの気にしてる?」「嫌ってるなら気にするわけないやろ〜」「それもそっか」ニヤニヤと話す角名と治に、ぴきりと侑の頬に青筋が入っていく。

「そういえば、あの人一年や二年の間では兵庫の綾波レイって言われてるらしいよ」
「あー、名字さんって見た目クールビューティって感じやもんな」
「しかも結構ファンいるらしい」
 
 角名、その情報は一体どこから仕入れてくるん?と感心していると、侑が我慢できないとばかりに「綾波レイに失礼やろが!」と大声を出した。途端にこちらへと集まる視線を気にもせず「綾波レイやなくてロボットやろ。もしくは人造人間」と騒いでいる。廊下にいた生徒に睨まれていることには気づいていないらしい。というより、恐らく綾波レイ否定発言に対して睨まれている。

「人造人間ならあれやな。18号」
「ああ。あの金髪美人のネーチャンね」
「やからなんっでやねん!」

 治の言葉に、廊下にいた男子の数人がうんうんと頷いている。彼ら的にその発言はオッケーらしい。

「どうせあの人、教室に友達おらんで」
「ツムよりはおるやろ」
「はあ!?俺はフレンドリーなんで友達ぎょうさんおりますけどぉ!?」

 だんだんと話が変な方向に向かっているのを傍聴しながら、止めるべきかと悩む。最近、尾白さんから「お前も双子にツッコんでくれてええんやで?」と言われるようになった理由が何となく分かったような気がした。このメンツ、ツッコミ役おらへんやん。

「お、銀島やん!そんなところで何してるん?」
「え、あ!成瀬さん!」

 悩む俺の背後――階段上からひょっこりと顔を出したのは、バレー部三年の成瀬さんだった。成瀬さんは今の稲荷崎の正セッターで、名字さんと同じ3年2組だったはずだ。
 1〜3組側の階段は、2階、3階と上がるごとに上級生のクラスがあるため、上級生が下の階へと移動する際にはこの階段を使う。恐らく成瀬さんもそうだったのだろう。
 成瀬さんの姿を見るや慌てて挨拶をした俺らを見て、成瀬さんはやっぱり!と指を差して笑う。「お前らの声、すぐ分かるわ!」どうやら2階部分まで声が聞こえていたらしい。

「そういや、成瀬さんは教室では名字さんと一緒じゃないんですか?」

 階段を降りてきた成瀬さんにそう問いかけたのは角名だった。確かに、いつも成瀬さんと名字さんは朝練が終わると一緒にクラスに向かっている。二人は同じクラスなのだから当たり前といえば当たり前なのだが、今この場に名字さんがいなかったのが疑問だったらしい。

「え?何で?あいつ、クラスでは女子といつも一緒やで」

「俺が会話に入ろうとすると怒られんねん」と拗ねるように言った成瀬さんを見るに、今日も怒られたばかりなのだろう。角名の質問で名字さんに用事があると思ったらしい成瀬さんは「名前もそろそろ下りてくると思うで〜」と言ってその場を颯爽と去っていく。

「名字さん、クラスにお友達ぎょうさんおるねんて」
「…うっさい」

 取り残された俺らは、示し合わせるでもなく顔を見合わせる。ニヤニヤと治が侑にちょっかいを出す中、角名が「見事なフラグ回収」と腹を抱えていた。大丈夫やで侑。俺らは侑と友達やからな。
 フォローのために言った言葉だったのだが、どうやらトドメを刺したらしい。治と角名は顔を覆いながら崩れるようにその場に蹲った。

20230501