06


「あのな。俺ら、インターハイで終わりにしようと思うねん」

 週に一度開催される三年ミーティング。場所は三年二組。内容はその時の気分。
 そんなミーティングというよりただの集まりに過ぎないこの場所で、開口一番にそんな話題を言い放ったのは、現在正セッターである成瀬とリベロの木場だった。
 しん、と沈黙が広がる中、先に我に返ったのは主将である藤で「おおお前ら!そういうのは!はよ言わんかいっ!」「報告連絡相談!ほう、れん、そう!」と机を叩き、クラスの視線を集めていた。
 私はといえば、驚いているものの表情はいつも通り変わらなかったらしい。「藤も名前も予想通りの反応おおきに」と二人に笑われてしまった。

「藤と名前はどうするん?」
「お前らおらんなら、俺らも抜けた方がええやろなあ」
「はは、言うと思ったわ」

 成瀬はストローをガジガジと噛みながら、私へと視線を向ける。「名前は?」と聞かれたので、私は曖昧に首を横に振った。「それはどっち?残るってこと?」「いや流れ的に辞めるやろ」顔を突き合わせている二人に頷きを返す。
 そんな私たちの反応を見て、成瀬と木場は目を合わせると、一つ頷いてからこちらへと視線を向けた。
 
「なぁ。これ、俺らからのお願いなんやけど。お前らは残ってくれへん?」

 まさか二人からそんな言葉を言われるとは思っておらず、私も藤も「え」と呟いたまま固まった。だって、去年の先輩たちは誰一人残らず足並み揃えて引退していったやん。私たちもそうするべきだと思っていたのに、彼らは違ったらしい。
 
「今の二年も、新しく入ってきた一年もバケモンだらけや。きっと俺らよりももっと上に行くと思うねん」
「そんで、今の二年が来年俺らと同じ立場になった時、上の代が誰一人春高まで残らんかったからって居辛くなってしまうのは勿体無いやろ」

 「去年の先輩らもインターハイ終えてすぐ退部してしもたやろ?」と、木場は藤に視線を向ける。それに対し、藤は「せやなあ」と一つ頷いた。あの時、藤はもっと先輩とプレーしたいと引き止めたけれど、そんな藤に先輩たちが言ったのは「去年の先輩たちもそうしてきたから」という理由だった。
  
「やから、俺らの代で前例を作らなあかんと思てな」

 その役割を藤と名前に任せよ思うねん、と二人は真面目な顔をして言った。確かに、今の一年生や二年生は、多少荒削りなところもあるが磨けば磨くほど結果を残していくだろう。
 藤は二人の意見を否定することなく最後まで沈黙を貫いた。二人が満足いくまで話終えた後、全てを聞き終えた藤が大袈裟にはああとため息を吐く。

「なら、お前らも残れや。いつもいつも俺らだけに頼ってんとちゃうぞ」
「アホ。俺らが引退するんは第一に成績が悪いからや」
「第二にもな」
「その点、藤も名前も頭いいし、二人とも大学は指定校推薦狙ってるんやろ?」

 いやその成績は何とかせぇよ。思わずツッコミそうになったものの、木場も成瀬も受験と部活を両立できるタイプではないことは、私と藤が一番よく理解していた。
「それに、春高が3月だった時の分と先輩らが引退してしもた分、俺らは長くスタメン居れたわけやし。十分楽しませて貰たわ」木場と成瀬がそう言って笑ったのが藤にとって決定打だったらしい。「お前らの分まで名前と楽しむわ。後で文句言うなや」と挑発めいた言葉で頬杖をつく。

「ほんで?引退するからには後釜考えとるんやろうな」
「当たり前やろ。インターハイ後の正セッターは侑やな」
「お前の場合、今度のGW合宿次第ではインターハイも危ういんとちゃうの」
「それは突かないお約束やで名前ちゃん」
「ちゃんはキモい」
「ひど!」
「ほんで、リベロは?」

 木場は、一度視線を手元の弁当へと向けてから、意を決したように口を開いた。

「赤木にやらせようと思うねん」

 木場の言葉に、その場の全員の手がぴたりと止まる。「まあ妥当やな」「せやなぁ」と少し間をあけてから同意した藤と成瀬に、私も頷きを返す。しかし、言葉とは裏腹にその場の全員が苦い顔をしていた。
 
「監督には相談したんか?」
「した。納得してくれたで」

 路成の今のポジションは、WSだ。中学の頃はリベロも経験した事があると聞いたものの、彼が入ってきた当初、既に木場がリベロとしてスタメンにいた事と、監督がもう一人WSを欲しがったことから、路成は稲荷崎というチームではWSとしてチームに貢献してきた。
 とはいえ、やはり元リベロなだけあってレシーブ力は他のWSよりずば抜けているのも確かなんよなぁ。

「けど、そんなら信介でもええんちゃう?」
「いや、それはない」

 異を唱えた私に、藤が待ったをかける。まあ、せやろな。分かってはいたことなので反論せずに見守っていると、木場と成瀬も同じ予想をしていたらしく藤の言葉を待っている。
 
「俺は、あいつを次期主将にする予定やからな」
「やっぱりな」

 私たちは一斉に頷いた。藤はそんな私たちを見て「なんやバレてたんかい」と微塵も悔しくなさそうな顔で言う。
 木場は、「まあ正直信介をリベロにするんもちょびっとだけ考えたわ」と笑った。
 
「でもな、主将ならコートを出入りするリベロはあかん。あいつには、コートでどっしりと構えててほしいねん」
「あのじゃじゃ馬どもの手綱掴んでもらわんとな」
「信介の眼力えげつないからな」

 藤が両目を己の親指と人さし指で思い切り広げてみせる。「ちゃんとやれや」どうやら信介のモノマネをしているらしい。

「てなわけやから。任せたで、藤」
「そんでもって今の後輩たちは自分たちの面倒なんて見れへんの分かってるからな。名前はどっちにしろ春高まで残留決定や。おめでとさん」
「嘘やろ」

 おい、藤。なんでお前まで目ェ逸らすねん。お前の面倒は見ぃひんからな。
 
 



「今回の合宿は5月2日の夜から5月5日まで。2日は学校終わりに集合や。ちゃんと全員同意書に親御さんのサイン貰てこいよ」

 黒須監督がそう説明をする中、私は日程表と同意書を部員に学年ごとに配り歩く。一年が纏まっているところの1番近くにいたのは宮侑だったので、束を渡せば嫌そうな顔を向けられた。どうも完全に嫌われているらしい。
 いや、私もいうて苦手なんやけどな、と思いながらも紙の束を押し付ければ、宮侑の隣にいた治が「はよせぇ」と急かしたこともあり渋々とその束を受け取った。

「それから、赤木」
「ハイ!」
「お前、今日からリベロの練習メニューも参加せぇ。詳細は名前と木場に聞くこと」

 え、と固まる路成に、黒須監督は「返事!」と一言言うと、路成はハッと我に返り「ウッス!」と返事を返す。

「それから、侑」
「ハイ!」
「GW合宿中、できるだけアランと合わせとき」
「ハイ!」

 力強く返事をする侑に、一年はちらちらと侑へと視線を向けているようだった。「ほんなら配った紙しまったら走り込みいくで」と監督が手を叩き、各々が日程表をしまいに部室へと走っていく。
「侑やったやん!」「凄いなあ」と喜びを素直に全面に出す一年に対し、二年は何か言いたげに私たちへと視線を向ける。
 彼らは、分かっているのだ。リベロである木場がいるのに赤木がリベロの練習に混ざる理由も、侑がアランとの合わせを指示された理由も。――なら、主将とマネージャーは?とでも言いたげな瞳を向ける彼らに、まあ気になるよな、とごちる。

 私たちの様子を伺っていた彼らの中で行動に出たのは信介だった。「あの」と藤に声をかけた信介を見て、まあそうやろなと思う。こういう時、いつも先陣切るのが信介やもんな。ふふ、と笑いたくなる気持ちを抑えていれば、たまたま近くにいた成瀬に「え、名前何やのその表情…こわ」と眉を顰められてしまった。

「藤さん」
「安心せぇ。心配せんでも、主将の座もWSの一枠もまだ誰にも渡さんわ」

 信介の言葉を遮るようにして、藤は挑戦的に笑う。いや、ちょっとそのドヤ顔どうかと思うわ。カッコよく決まったみたいな顔してんとちゃうぞ。
 けれど、その藤の答えで満足したらしい信介は、そのまま視線を私へとスライドさせた。え、ちょお待って。この流れで私も言うん?戸惑ったまま信介と見つめ合うこと1秒。というより、ゆっくり瞬きをしただけなのだが。気づけばアランや練、路成まで唾を飲み込むようにして事を見守っている。

「…私がおらんなったら、信介が過労死してまうからな」

 わっと湧いた二年生たちに、一年が何事かと視線をチラチラと向けている。そんな中「過労死しませんけど」と眉を顰めた信介は、どこか拗ねたような表情をしていて、私たちは揃って笑う。後輩の前ではしっかりした先輩をしているみたいだけれど、信介たちはいつまでたっても私たちの可愛い後輩なのだ。

20230502