拝啓 角名倫太郎様。
 お元気でしょうか。現在高校二年生の私は、目の前の角名に足蹴りを入れられたばかりであまり元気ではありません。どうにか仕返ししたい気持ちのまま仕方なくこの手紙を書いています。

「いや、どんな手紙やねん!」

 ゲラゲラと笑い転げている金髪は、あれから5年が経ったとは思えないくらいの落ち着きのなさで笑っている。それに対し「ツムうっさいねん」と言った男は、あれだけ目立っていた銀色の髪を黒に変えていた。それに苦笑いを浮かべる銀の隣では、手紙を受け取った本人である角名がスマホを構えて侑同様にゲラゲラと笑っている。とんだカオス現場だ、と思いながら、私はカウンター越しに顔を手で覆った。

 事の発端は、角名からの連絡だった。W寮母さんから連絡が来たんだけどWという一文とともに載せられた一つの画像。その文字はとても見覚えがあって、私は昼時を終えたおにぎり宮のカウンターで「えっ!?」と声を荒げてしまった。休憩中とはいえ叫んでしまった私に、店主である治の容赦ない睨みが炸裂し、座敷で談話していたおばちゃんたちからは「あらあら」「なまえちゃんは今日も元気ね」と生暖かい視線をいただいてしまった。そもそもどうしておにぎり宮で働いているのかという話になるとさらに長くなってしまうので、その辺の話は割愛させていただきたい。

 角名の元に届いたのは、一枚の手紙だった。その字はまさに私の字であり、当時の記憶が蘇る。あれは確か、当時高校二年生の時に授業で書いた未来の自分宛の手紙だ。といっても、当時本当に未来の自分に書いた人は少なかっただろう。私の知る限り、せいぜい双子くらいだ。
 あの時担任の先生は、確かに5年後届くといったが、それを信じていた生徒は少なかったと思う。私もその一人だ。だからこそ、こうして日の元に晒されてしまい、現在不本意なる暴露大会が目の前で行われていた。

「なんやこの手紙くっそおもろいやん」
「でしょ?ここなんか特に面白いと思うよ」
「ほんまやん!えー、W私が北さんを好きになったきっかけは――W」
「ぎゃああ!もうやめぇ!音読すな!」

 手紙返せ!とキッチンから叫んだ私に、角名は「いやこれ俺宛の手紙じゃん」と主張する。その目は、俺宛の手紙なんだから、好きにしていいでしょ?と語っていた。言い訳あるか。お前ら、プライバシーって知っとるか?

「みょうじ、こん時から北さんのこと好きやってんなぁ」
「で、今も続いとんのやろ?」
「こん時の俺らが聞いたらびっくりするやろなぁ」

 しみじみと言った銀に対し、双子がありえへんとばかりの視線を向けてくるので、私は双子を睨みつける。北さんの卒業から5年。お付き合いを続けた私たちは、つい先日籍をいれたばかりだった。
 
「あれ、でもみょうじってあの時振られたとか言ってなかったっけ」
「え、そやったっけ」
「なんだっけ、告られたけど振られた、とか言ってたじゃん」

 角名の言葉に、銀と双子は「ドユコト?」と首を傾げている。かくいう私も、当時のことはあまり思い出せなくて、ううんと首を傾げた。
 正直、どうして私が北さんの告白の返事を先延ばしにしていたのかの記憶は朧げだ。おそらく、思ってもみなかった北さんからの突然の告白に戸惑い、春高が近かったこともあって保留にしていたのだろう。

「え、私北さんに振られてたん?」
「いや、俺が聞いてるんだけど」

 とはいえ、私が覚えていないことを角名が知るわけもなく。呆れたように言った角名は、手紙に視線を戻し、ある一文でぴたりと目を止めた。

「何コレ。W未来の北さんからは告白を断れと言われましたがW…?」
「え、なになに?何の話?」

 角名の手元を覗き込むようにして手紙の一文を読む。
 ――未来の北さんからは、告白を断れと言われましたが、私は断る気はありません。

「なんやこれ。これ本当に私が書いたやつ?」
「いや、そりゃそうでしょ」
「角名が書き足したとかやなくて?」
「はあ?そんなことするわけないだろ」

 そもそも女子の字の真似なんてできないし、と言った角名に、それはそうやろなあと再び手紙に視線を落とす。こんな文章、書いた覚えもなければ意味も分からない。何、未来の北さんって。私いつの間にこんな電波少女になったん?

「みょうじお前…北さん好きすぎて頭おかしかったんちゃうの」
「うっさいわ。自分でもよお分からんねん」

 呆れた顔の侑を睨みつけ、必死に当時を思い出そうと頭を捻る。ここまで出かかってるきもするんやけど、と上半身を大袈裟に折り曲げると、首元から銀色が飛び出した。それにあっ!と反応したのは銀で、どこか興奮気味に「え、え!」と指をさしている。
 
「みょうじ、それ…!」
「ん?ああ、銀には見せた事なかったっけ?」

 そう言って首元で持ち上げたのは北さんから貰ったネックレスだった。照明の光に反射して、ネックレスに通した指輪がきらりと光る。飲食業では手元のアクセサリーはあまり推奨されていない。治は気にせんでいいと言ってくれたけれど、なんとなくこうしてネックレスに通して持ち歩いていた。

「いやあ…なんか、本当に結婚したんやな、お前」
「せやで。この中じゃ一番乗りや」

 ふふん、と鼻を鳴らした私に、双子と角名の嫌そうな視線が集まる。「つまり北さんも既婚者…」「みょうじのバックに北さんいるって思うとなんや恐ろしいな」ボソボソ呟く双子に、「あんたらが悪さしたら北さんに言いつけたるわ」と何度言ったか分からない台詞を吐いた。それでもぴゃっ!と双子が背筋を伸ばすのだから、北さん効果は凄まじい。

「てか、いつまで北さん呼びなん?お前も北やん」
「いや、それをいうならみょうじ呼びもなんやけど…」

 それに、私は北さんの前じゃ北さん呼びやないし。そう言った私に、銀ははっとした様子で「え、じゃあ北…いや、北さん?」とぐるぐると考え始めてしまったので、私は笑って「みょうじのままでええよ」と言った。同級生に北呼びをされるのは少し、いや、かなりこそばゆい。

「そういえば、あの時私が助けた少年がな、式に来てくれることになってん」
「おお!それはすごいな!」
「あれから5年やから…あの子も高二か」
「せやで。しかも、稲高バレー部」

 俺らの後輩やん!と嬉しそうに机を叩いた侑に、「せやでせやで!」と興奮気味に返事を返す。5年前に助けた少年は、なんだかんだと交流があり、たまにおにぎり宮に顔を出してくれるのだ。どうやら当時、春高を見ていたらしく、治のファンなのだという。いつだかに「俺も稲高バレー部のオールラウンダーになります!」と宣言していた彼は、宣言通り今の稲荷崎には必要不可欠な存在なのだと黒須監督は言っていた。

「あの時はほんまにびびったわぁ」
「歩道橋から足滑らせるって、ほんまもんの阿呆やで」
「うるさいわ」

 どちらかというと、私はその後学校から出された課題の量に驚いたけどな。そうぽつりと呟けば、「みょうじ部活の合間に必死こいて課題やってたよね」と角名が笑う。学校側からは「この課題が終われば進級してよし」と、裏を返せばこれが終わらなければもう一回二年生だぞと言われ、当時の私は課題に追われていた。おかげで、付き合ってから北さんときちんとデートというものができたのは私が無事進級を勝ち取ってからだった。

「まあでも命があってよかったわ、ほんまに」
 
 ほっとしたような顔で笑った銀に、ぽつりぽつりと「せやなぁ」と同意の声がする。「こうしてみょうじと北さんのいい報告が聞けたわけだしね」と角名も手紙を片手に笑った。

「で、その肝心の北さんは?」
「ああ、北さんならもうすぐ――」

 治が言いかけたところで、ガラリと引き戸が開く音がして、一斉にそちらに振り返る。引き戸を開けた張本人は、店内から注がれる視線に瞬きをした後、「お前らみんなしてなんやねん」と困ったように笑った。

「北さん!ちーっす!」
「おお、侑。それから角名も。久々やな」

 北さんは二人を交互に見て、懐かしむように笑う。侑も角名も、リーグ入りを果たしてからはあまり北さんに会えていなかったようで、特に、大学が県外であり現在の拠点が静岡の角名は「うわ北さん焼けましたね」と驚きを隠せずにいた。

「せや!北さん、ご結婚おめでとうございます!」
「おん、ありがとう。いうて式はまだやけどな。招待状、届いたか?」
「そりゃもうバッチリです!」

 にぱっと笑う侑に、北さんは「そりゃよかったわ」と頷き、店内へと入ってくる。「あとどのくらいであがりなん」と言った北さんに「もうほぼあがりみたいなもんです」と答えたのは治だった。まあ、店は貸切だし、私もキッチンから出てきてしまってるけども。なんで治が答えんねん、と思いながら、言葉の通りなので私は治の言葉に頷いた。

「ん、ならそろそろ帰るで。お前らも明日平日なんやからハメ外しすぎんなよ」
「ウィッス!」

 北さんの言葉に、5人一斉に背筋を伸ばす。はよ着替えて来いと言われ、私は慌ててバックヤードへと走り出す。そのままエプロンを脱ぎ、コートを肘にかけ飛び出すと、北さんはなぜだか座敷に座っていた。
 背筋がピンと伸びていらっしゃる…。と北さん見つめていると、両隣にはニヤニヤと笑う角名と侑。なんだか嫌な予感がして北さんの手元へと視線を向ければ、そこには先ほど嫌というほど見た便箋が広がっていた。

「いやなんっでやねん!」
「あっ、ちょっ、何すんねん!」

 慌てて座敷に体を滑らせ手紙を奪い取った私に、今ええとこなのに!と侑が叫ぶ。それにうっさいわ!と勢いのまま叫べば、手紙は私の手元でくしゃりと音を立てた。

「なまえ」
「…は、はい」
「急に駆けてきて危ないやろ。段差に足ぶつけたらどないするん」
「おっしゃる通りで…」

 少し落ち着きや、と北さんはトントンと畳を中指で叩く。手紙を握りしめながら座り込んだ私に、北さんは凛とした佇まいのまま言った。

「その手紙な、角名が俺にくれるらしいねん」
「えっ…」
「くれるっちゅうことは、もう俺のもんやんな?」
「えっ…えっ?」
「という訳やから、ほれ、返し」

 ん、と手のひらをこちらに差し出した北さんに、目を瞬かせる。口をあんぐりと開けたまま北さんと手のひらを交互に見ていると、痺れを切らしたらしい北さんから催促の声がかかった。あ、はい。思わず握りしめていた手紙を差し出せば、北さんはふと笑い「ええ子やね」と私の頭を撫でる。

「さ、帰ろか」
「えっ、あ、はい」
「この手紙の続きは、家で一緒に読もな」

 そう言ってニヤリと笑う北さんに、私はぼぼぼと顔を赤くする。そ、そんなん公開処刑やん…。顔を手で覆いながら呟いた声は4人に拾われ、全員から哀れみの視線を向けられ居心地が悪い。北さんはそんな私たちを呑気に笑い飛ばしてから、靴を履き、私の手を引き「またな」と店の戸を再び開けた。慌てて振り返り手を振ると、呆れながらもこちらに手を振る4人の姿が見えた。誰かも分からない「またな」の声を背に、北さんの隣を歩く。

「…手紙のことなんやけどな。あれ、嘘やねん」
「えっ…?」
「本当は角名がくれたんやなくて、俺からお願いしたんや」

 北さんは、マフラーに顔を埋めるようにして、ぽつりと呟いた。「お願いって、なんで」と呟いた私に、北さんがそっぽを向いた。珍しい。まじまじと見つめていると、北さんの耳がほんのり赤くなっている。

「あれ、俺宛のラブレターやろ」

 そういって口を尖らせた北さんに「へ?」と首を傾げた。いや、確かにあの手紙には北さんの好きなところとかいっぱい書いたけども。そう思ったところで、北さんの言わんとしていることが分かってしまい、ぶわりと顔が赤くなる。そんな私に気づいていないのか、北さんは「そもそもお前ら、昔から距離近いねん」とどこか怒り口調で言った。

「角名にはあげれて俺にはあげられへんのはおかしいやろ」

 これは。思わずまじまじと北さんの顔を見つめると、北さんはバツが悪そうな顔で視線を逸らす。もしかして、自分宛に欲しかったとか、そういうことだろうか。にんまりと頬が緩んでいく。「北さん宛になら、いつでも書きますよ」と笑えば、北さんはきょとりとしてから「それは楽しみやな」と笑った。
 もし今、5年前の北さんに手紙を書くとしたら、私は一体何を書くのだろう。私たちの関係を伝えたら、きっと驚くんだろうな。
 いや、それよりも。
 私はチラリと隣を歩く北さんに視線を向ける。まずは目の前のあなたに、たくさんの大好きを伝えよう。紙に書いた好きではなく、直接言葉にして。

20230614 / 完