ミッション・インポッシブルとはいわないけれど

 迎えたオフ日。スポーツショップに向かおうと準備していると、余程暇だったのか「バレーしようや」と侑が絡んできた。どこいくねん、と聞いてきた侑に対し「どこでもええやろ」と返したことにより言い合いになった俺たちは、そのまま喧嘩に発展。母親に「喧嘩なら外でせえ」と外に放り出されてしまったため、侑とともにスポーツショップに向かう羽目になってしまった。
 外に出てもなお言い合いをしながら向かったスポーツショップでお目当てのシューズコーナーへと向かう。どうやら、侑もシューズを見ることにしたらしく、ブサイクな顔をして俺の横をついてくる。侑と俺が履いているシリーズの新型が発売されていたので、それを見ているようだった。ついさっきまでバレーしたいと騒いでいたくせに、相変わらず変わり身の早い奴やな。そう思いながら侑と同じシューズを見ていると、後ろから「お前らも来てたんか」と、休日ならば聞かないはずの声がして、俺と侑はカチリと固まる。そのままギギギとロボットのように首を動かすと、そこには北さんがじっとこちらを見るように立っていた。

「き、北さん」
「おう」
「き、北さんもここ来てたんすね」
「まあ、ここが家から一番近いしな」

 それよりお前ら仲ええな、の北さんの声に二人揃って「仲良くなんてないです!」と否定する。勢いのままキッと侑を睨みつければ、侑もこちらを睨みつけていた。その顔に一発いれてやりたい気持ちもあったが、ここで否定しなければ北さんに休日も一緒の仲良し双子だと思われてしまう。それだけは阻止せんとあかん。
 俺が侑を指差し「ツムに真似されたんです」と北さんに言うと、侑も仲が悪いことをアピールしたかったのか、「ちゃいます、治が」と朝から言い合いをしたことをべらべらと話し始めた。おい嘘やろこいつ。自分から怒られにいっとるやん。思わずぎょっとした目を侑に向けるが、侑が「アッ」と我に返る頃には朝の件は全て話し終えていて、俺と侑の背中を冷たい汗が流れる。最悪や、なんで休日にまで怒られにいかなあかんねん。
 これで怒られたらお前のせいやぞ。なんでやねんお前やろ。アイコンタクトでそんな会話をしていると、どこからか笑い声が聞こえ、俺と侑はそちらへと視線を向けた。

「誰かと思えば噂の双子やん。噂通りおもろい奴らやなあ」
「お前どこ行ってたん」
「キャンプ用品のとこ」

 笑いながら近づいてきた男はどうやら北さんの連れだったらしい。「それなら一言言ってから行け」と呆れる北さんに、その人は軽く謝罪をして「とか言っていつも探してくれるやん」と笑いながら肩を組む。う、嘘やろこの人。勇者か?あの北さんにそんな態度取れる奴がおるなんて。俺らがあれやったら絶対零度の視線が飛んでくるで。そう思って男の顔を見ると、なんとそこには以前男子寮で会った天文部の先輩が立っていた。嘘やろ、ここでもか!と、侑と俺の間に緊張が走る。もう数日経っているというのに未だヒヤヒヤしてしまうのは、この人にまずい現場を見られたと脳が理解しているからだろう。
 天文部の先輩はダラダラと汗をかく俺たちの顔を交互に見ると、ああ!と声をあげる。「お前ら、」までその人が口に出したところで、侑が瞬時に口を塞いだ。

「なんやお前ら知り合いなん?」
「え?あ、そ、そうなんですぅ!この前廊下でサムのノート拾ってもろて!な、サム!」
「は!?あ、は、はい!そうなんです!俺のノート拾ってもろて!」

 取り押さえられた天文部の先輩は、心底不思議そうに首を傾げてモゴモゴと何やら口を動かしていたが、それを侑が必死に隠そうと「ね?ね?」と、言葉を被せている。おいやりすぎや。バレるやろ。そう視線で訴えるも、必死な侑は気付かない。
 そんな俺らの態度に何を思ったのか、男は面白いものを見つけた、と言わんばかりの表情でこくこくと頷く。俺ら仲良し〜とアピールするかのように肩を組んだ侑と天文部の先輩に、北さんも疑うことなく「そうなんか。うちの部員が迷惑かけたな」と天文部の先輩に声をかけていた。いやそれよりもなんで俺のノートやねん。俺ノート落としたことないし。ほんま侑はあとで覚えとけよ。

「あ、ノートといえば。この間のノートほんと助かったわ。あいつも喜んでたで」
「それなら良かったわ。必要ならまた貸すで」
「そこで俺のノート貸しやって言わないあたり北よな」
「やってお前、普段からノートとってへんやろ」
「おっしゃる通りで!」
 
 ワハハ、と笑う天文部の先輩に、北さんは呆れを隠さず「笑いごとやないけど」と言う。話を聞く限り、彼らはよく貸し借りをしているようだ。確かに北さんって、成績悪いやつの面倒みてそうなイメージがある。なんやかんや俺らもお世話になってるわけやし。そんなことを思いながら、話題が逸れたことに侑と二人肩を撫で下ろした。ほんなら、そろそろ俺らお暇してもええやろか。侑にチラリと視線を向けると、侑も同じことを考えていたのか「お前が言えや」と目配せされる。なんでやねん、お前が言えや。視線で言い合っていると、「2年生なのに3年の範囲知りたいなんて勉強熱心な後輩やな。お前らも見習った方がええで」と、突然北さんが俺らへと視線を向けた。突然話題を振られた侑は「ぅえ!?」と情けない声を出し、狼狽えている。
 
「ああ、そうか。双子2年やっけ。ならみょうじと同じ学年か」
「みょうじ…?」
「あ、知らん?みょうじなまえ。この前会ったやろ」

 この前、といいながらニヤニヤと笑う先輩にイラっとする。この人絶対面白がってるやろ。ええ性格しとるわ。北さんとは正反対な人やなと思いつつ見ていると、侑も言いたいことをすぐに理解したようで、視線を横に逸らしながら「あ〜」と小さく呟いた。そういえば、中華屋で会った時も、おっちゃんになまえって呼ばれとったな。思わぬところでフルネームを知ることとなった俺たちは、「お、おおん…」と、曖昧に返事を返す。そんな俺らの反応をみた天文部の先輩は、「やっぱ双子おもろいわー」とケラケラ笑っていた。

「あー、そのみょうじって、中華屋でバイトしてたりしますかね」
「ん?お前らあの店知っとんの?」

 侑の問いかけに、先輩はせやでと頷いてみせた。やはり中華屋であったあの子は、あの日フェンスを飛び降りていたみょうじなまえで間違い無いらしい。ほらな、人違いやなかったんや。仲良くしたってなー、と笑いながら去っていく天文部の先輩と北さんを見送り、二人がスポーツショップを出るのを確認した侑はキッと真面目な顔をしてこちらを向いた。

「…これは早急になんとかせなあかん」
「はあ?」
「あの先輩、北さんと仲良しみたいやん。いつバラされるか分かったもんやないで」
「た、確かに…!」
「それに、目撃者はあの先輩だけやない。みょうじなまえにも口止めせな…!」

 緊急ミッションやでサム。せやなツム。明日4人で作戦会議や、と互いに大きく頷く。何も買わずにスポーツショップを出た俺たちの脳内では、中華屋での角名の言葉などとっくに抜け落ちてしまっていた。

20230831