手のひらで転がる
「広報の人に東京出身だって言ったら、じゃあおすすめの歌手いないかって言われてさ〜。都内住んでたらゲーノージンとお近づきになる機会もあるだろって言うんだよ!」
とある居酒屋の一室。
文句を垂れながら目の前でぐいっとビールを飲み干した木兎さんは、つい数ヶ月前に大阪のVリーグチーム、MSBYブラックジャッカルに入団したばかりだ。
どうやらブラックジャッカルでは今、話題性を求めているらしく、その一つにチームのテーマソングを作ろうという話が出ているらしい。
「ツムツムもツムツムでさあ。W当たり前やないですか〜!なんてったって東京生まれ東京育ちのあのぼっくんですよ!Wって笑っててさ!なんか俺、期待されちゃってる!?みたいな感じで!」
「へえ」
「俺が口出す前に、みんなWじゃあよろしく〜!Wって俺に言うの!関西の人みんな会話のテンポ早すぎるんだよな〜」
ついていけね〜!と机に突っ伏せた木兎さんを見ながら、烏龍茶を口に入れる。きっと広報の人たちも冗談で言っているのだろう。入団したばかりの木兎さんを気にかけてくれているのは話の流れでなんとなく分かった。けれど、おそらく彼らは木兎さんが言葉を素直に受け取ってしまうことまでは知らないのだ。現に、話を鵜呑みにした木兎さんは、顔に「困った!」と大きく書いてしょんぼりとしている。
「なー、赤葦。どうしたらいいと思う?」
「そうですね、」
「アッ!俺、もしかして見つけられなかったら即クビ!?どうしよう赤葦!」
「……」
いや、そんなことは絶対にないのだが。俺の言葉を遮ってブツブツと自己完結している木兎さんにこちらの話は一切聞こえていないらしい。
「赤葦ぃ。周りに音楽関係者とかいないの?」
「いやいや。俺はただのしがない大学生ですよ」
「大学の知り合いじゃなくてもいいんだって!マジで頼むよ赤葦!」
助けてくれよぉと情けなく泣きつく木兎さんを引き剥がしながら、ふむと考える。
「いや、まあ。いますよ、一人」
「え、まじ!?」
「はい」
なになに、どんなやつ?と木兎さんが目を輝かせるので、俺はにっこりと笑って「秘密です」と口に人差し指を当てる。
「ああでも、そちらから直接アポ取ると逃げられる可能性がありますね」
「逃げ…?」
「分かりました。俺から連絡してみます」
そう言って、スマホを持ち上げる。木兎さんはしょんぼりとしていた顔をぱあと明るくすると「なんかよく分かんないけど、さすが赤葦!」と笑った。
△▼△
「てなわけで、みょうじさんにお願いできないかなと」
「………」
にこり、と目の前で笑う赤葦に、頭が痛くなるのを感じて思わず両手でこめかみを数回揉む。ここにきてまだ数分だというのに、すでにバレーの試合を一試合見終えたくらいには疲労を感じていた。
赤葦から連絡が来たのは、つい先日のことだった。突然連絡をしてきた赤葦は、挨拶もそこそこに都内某所のカフェを待ち合わせ場所に指定して「あなたの前世をバラされたくなければここにきてください」と脅し文句をむけてきたのだ。前世、すなわち以前の歌い手活動を人質にされた私に行かないという選択肢はなく。渋々カフェに向かえば、そこには満面の笑みで私を待つ赤葦がいた。
「…いや、私より適任がいるよね?」
木兎との話を聞かされた私の素直な感想を告げる。私に頼まずとも、芸能界を探せばいくらでもアーティストはいるだろう。それなのに、なぜ私。睨むようにして赤葦を見つめれば、赤葦は「俺の個人的趣味と願望です」と、あっけらかんとして言った。
「いやいや、私が活動してたのだって随分と前の話だし」
「本当にそうですか?」
「え?」
「みょうじさん、活動、再開してますよね」
「……」
「俺、転生したら教えてくださいって言いましたよね」
にこり。そう音が聞こえそうなほどいい顔で笑った赤葦からそっと視線を逸らす。私が新たに活動を始めたのは、専門学校を卒業してからすぐのこと。活動も二年目を迎えていた。
「…気づいてないのかと」
「この間、アニメ映画の主題歌担当してたじゃないですか。」
「いや…まあ、そうだけど」
赤葦と私の間に、気まずい沈黙が流れた。居た堪れなくなった私は、注文したアイスティーに口をつけながら有線へと耳を傾ける。あ、まって、この曲。まるで見計らっていたかのように聴き慣れた前奏が聞こえた。こうして街中で流れているのを耳にすることはあるが、よりによって今。しかも赤葦が先ほど言っていたアニメ映画の主題歌にもなった曲だ。あまりのタイミングの悪さに思わず天を仰ぐ。
「そもそも俺は、新しい名前で活動を再開した瞬間から気づいてますよ。舐めないでください」
デビューシングルも買いました、と力強く言った赤葦は畳み掛けるように「YouTubeだってチャンネル登録してます」「孤爪とのコラボも見ました」と言った。いや、ありがたいけどめっちゃ見てるね?
いつだったか、神社でお祈りしてまでCDデビューを懇願していた赤葦を思い出した。そういえば、赤葦はなぜかあの時からファンでいてくれていた。となると、もしかしたら言ってこないだけで月島も気づいているのかもしれない。
「それに、みょうじさん覚えていますか」
「…なに」
「俺が高二の時の春高一日目。迷子になったあなたを俺が案内した時のことです」
「ああ、うん。覚えてるよ」
「ならよかった。あの時、俺、貸し一でって伝えましたよね?」
「…ええ…?」
迷子、というか、灰羽のせいで遅れて会場に到着した私を赤葦が案内してくれたことは覚えている。けど、貸し一なんて言われたっけ。ううん、と当時の記憶を思い出していると、赤葦は私が思い出すよりも先に「まあ、そういうことなんで」と締めくくる。
「…まあ、うん。赤葦に貸しがあるのは分かった」
「はい」
「…でも、やっぱり私には適任じゃないと思う。スポーツチームのテーマソングなんて作ったことないし」
「……」
「それに、ブラックジャッカルって大阪のチームでしょ?話題性を求めるなら、大阪出身のアーティストに頼む方がいいと思う」
たしか、ブラックジャッカルのホーム地は大阪だ。それを思い出して赤葦に伝えれば、赤葦は少し黙って「それもそうですね」と息を吐く。「無理言ってすみませんでした」と頭を下げる赤葦に思わず目を瞬かせた。なんか、やけにあっさり引き下がるな。
まあ、応援してくれてたのは嬉しかったし。別の形でなら貸しも返せるし。そうしどろもどろに伝えれば、赤葦は「ありがとうございます」とふわりと笑った。
「それにしても、困りましたね」
「え?」
「木兎さん、チームの人にもう言ってしまったみたいで」
やれやれとアイスコーヒーに口をつけた赤葦は、ぽかんと口を開いたままの私を見て、困ったように笑う。
「やっぱり無理でしたって話したら、木兎さんの立場が…いや、最悪退団させられるかも……」
顎に手を当ててぶつぶつと呟いた赤葦に、いやいやまさかとグラスを両手で握りしめた。普通、アポを取る前の段階で周りに言うことはないだろう。いやでも、待って。相手はあの木兎だ。木兎に普通は通じないと、私はあの一年間で知っている。「なーなー!」とあの純粋な笑みで、周りに言いふらす木兎も容易に想像がついて、思わずひくりと喉が鳴った。
チラリと伺うようにこちらを見た赤葦が「はあ、困った困った」と、大袈裟に肩を竦める。まんまと逃げ道を塞がれた私は、目の前のアイスティーのグラスを持ち上げると、一気に飲み干した。喉が潤ったところで、はあと息をつき、口を開く。
「…事務所に確認するから。そっちの担当者から事務所に連絡寄越すよう木兎に伝えて」
「ありがとうございます」
赤葦め、満足そうに笑いやがって。困った表情から一転して、にこにこと笑いながら早速木兎に電話をかける赤葦をじとりと睨みつける。「まじ!?」とスマホ越しに驚く木兎の声を聞きながら、私はそっとメニュー表を開いた。
「すみません」
「はい」
「このお店で一番高いドリンクください」
後日、W間奏に遊び心を入れてほしいWとリクエストされ作り上げたチームのテーマソングは、ブラックジャッカルの宮選手や木兎がショート動画で踊ってみたを投稿したことが話題となり、WMSBYダンスWとしてファンの中で親しまれるようになったらしい。まんまと赤葦に転がされた私は、再びバレー界に片足を突っ込んでしまったのだった。
20230920