「降り出しそうな天気だね」
窓の外を見ながらむーさんが私に言う。
書類を書いていた私はシャーペンを置いて、むーさんと同じ様に窓の外を見る。
「そうだね」
外は朝の天気が嘘だったかの様に、暗い色の雲が空を覆っていた。
「今日は部活も無いし、降り出す前に傘が無い合唱部員は帰れるといいんだけど…」
難しい顔をしながら言うむーさんに、私は笑みが零れた。
「もうすぐ夏だからって濡れて風邪引かない、なんて事はないものね」
「喉風邪になったらと思うと…」
苦笑いを浮かべるむーさんに私もつられて笑った。
タイミング良く鳴った本鈴に、私とむーさんは席に着いた。
それからすぐ、空から水滴が落ちて来た。
霧雨の様な雨は、少しすれば音を立てて降り始めた。
授業も終わり帰る頃、むーさんを見れば恨めし気に外を見ている。
むーさんのそんな姿に笑みが零れた。
校庭を見れば走って帰っている生徒が数人いる。
「大丈夫だよ、むーさん。
うちの部の子達は、鍛え方が運動部並なんだから」
私が声を掛ければ、むーさんも恨めし気な目からふと表情を和らげた。
「それもそうね。
じゃ、私は先に帰るわ。
また明日ね、詩津」
ひらりと私に向けて手を振るとむーさんは帰って行った。
さて、私も帰ろうと思い席を立った。
〜 主視点 終了 〜
〜 的場視点 〜
傘が無い。
その事に気付いたのは今だ。
忘れたわけではない。
朝持って登校したのは確実だ。
どうしたものかと一つ溜息をこぼして外を見る。
雨は上がる様子も見せず、ただ振り続けるだけ。
さて、どうやって帰ろうか。
〜 的場視点 終了 〜
〜 主視点 〜
昇降口へ行けば、むーさんと同じ様にどこか恨めし気に外を見ている的場君がいた。
「どうかしたの、的場君?」
声を掛ければこちらへ顔を向ける的場君
少しだけ長い前髪がさらりと靡いた。
「篠崎さん。
傘が無くなってしまって」
的場君の言葉に、私の中に浮かぶ考えは盗まれたのだろう。
「多分、傘が無い人に盗まれたんだろうね。
駄目だよ、皆と似た様な傘持ってきちゃ」
そう言って、私は自分の傘である番傘を引き抜いた。
「私みたいに、他の人が持たない様な傘持ってこなきゃ」
靴を履き変えてまだ校舎内にいる的場君に声を掛ける。
「的場君の家、私の家よりも先だよね、確か」
「そうですが」
「じゃ、一緒に帰ろう!」
下校時刻がとっくに過ぎたこの学校で、相合傘をしていても特に何も言われないだろう。
私が動かない的場君をずっと見ていれば、彼は溜息を一つこぼして私の傘を持った。
「持ちます。
篠崎さんの方が背、低いですから」
「有難う、的場君」