父に連れられ久し振りに来た呉服店で、着物を着た篠崎さんに言われた。
「花火、ですか?」
「うん、花火」
手際良く、父の言っていた感じに近い反物を出して並べて行く彼女の行動を見ながら、私は考える。
「本当はクラス全員で行こうか、って話になってるんだけど…。
的場君、人多いのとか大丈夫かわかんないから行ってくれるかと思って」
花火をクラス全員で見に行くのも凄いと思うが、縁日に出る花火だろうか?
それならば、私は遠慮したいところだな。
「でも、その前に夏祭りとかあるから、そっちにクラス全員で行こうかと思って」
その言葉に思い出されるのは、確か校内の掲示板にそんなポスターが二つ張られていた気がする。
どっちにせよ、縁日に出る気はなかったので、どうしたものか。
「皆、思い思いにその後の花火大会は誘ってるから私も誰か誘おうと思って」
はにかんで笑う篠崎さんに、少し考えてみようかと思った。
「行ったらいいだろう、静司」
良い反物が合ったのか、篠崎さんが丁度いなくなった時を見計らって話を聞いていた父が口を出す。
「お世話になっている人の娘さんだ。
あの子、大物になるぞ」
呟かれた言葉に、確かにそうだと頷いてしまったのはしょうがないところだ。
「有難う御座いました」
お店を出た後、花火大会はいつだったか確認するべきだと思った。
時が過ぎ、花火大会当日の夕方
私は呉服店へとやって来た。
「篠崎さん」
店内にいた彼女に声を掛ける。
「的場君、いらっしゃい」
ふわりと笑った彼女に、こちらもつい頬が緩む。
「花火大会、一緒に行きませんか?」
誘いの言葉を聞いた篠崎さんは、数回瞬きをしてから、嬉しそうに笑って私の手を引いた。
「的場君のお父様から浴衣を一着、今日までに作ってくれって頼まれてたの。
その理由が今、わかったよ」
くすくす笑いながら言っている篠崎さんにつれられ入ったのは一つの浴衣が掛けてある部屋
さすがは父だと思ってしまったのは、その柄を自分も選ぶからだろう。
そのまま従業員の方に着付けてもらう。
先に店内に戻って篠崎さんを待っていれば、カラコロと鳴る涼し気な下駄の音に振り返る。
彼女らしい色合いといつも大抵下ろされている髪の毛も綺麗に纏め上げられている。
「似合ってます」
なんて、柄にもない言葉を紡いだのは誰なのか。
私の口である事に変わりはないのだけれど。
「的場君も、似合ってます」
先に歩き出した篠崎さんの肩には、今日も小さな妖が座っている。