専属シェフで構わない

ようやくゆっくりできる休日。目覚ましをかけることなく布団に潜り込み、惰眠を貪っていたらいい香りがしてきた気がしてそっと瞼を開けた。夢だろうか、と思ったけれど、寝室の悲惨な有様を目にして「夢ではないわ」とちょっとげんなり。
片づける…片づけるよ、このぐーぐー鳴り続けるお腹を沈めたら。―――多分。

「お、おはよう。なまえ」
「おみ……?」
「よく眠れたか?」

寝室を出るといい香りは更に強くなり、大好きな声で名前を呼ばれた気がした。え、やっぱりこれは夢だったりする…?だって私の家に臣がいるわけないんだけど。いや、合鍵は渡してあるからそれで入ってきたんだろうけど、来るなんて一言も言っていなかったと思う。
律儀な臣は黙ってウチに来ることはまずない。先にLIMEとか電話で来る日時を連絡してくれるし、確認もしてくれるのに。あれ…?それとも私が忘れているだけ?スマホを確認しようと思ったけれど、ベッドボードに置いたままだったわ。

「なんで臣がいるの…?」
「ん?LIMEしておいたぞ、昨日」
「えっ嘘?!」
「あー…やっぱり寝ぼけてたんだな、あの時のなまえ」

苦笑しながら臣は、昨日のうちに「明日の午前中にメシ作りに行くから」って連絡をしてくれていたらしい。そのメッセージに私は「わかった」と簡潔な返信をしていたらしいんだけど…全く覚えがありません。
そもそも昨日はようやくずっと取り組んでいた企画が終わり、忙しかった日々に終止符が打たれたばかりだった。家に帰ってきてからの記憶はほぼほぼ覚えてない。辛うじて、シャワーを浴びてから布団に潜り込んだことだけは覚えているけれど…そこまでだ。

「もう一度、朝に連絡しておけば良かったな…起こしちゃ悪いと思ってしなかったんだが」
「ううん、大丈夫。合鍵渡してあるんだし、連絡なしで来ても全然いいんだよ。臣なら」
「…うん、ありがとな」

だって、その為の合鍵だもの。
それにしてもいい香り…何を作ってくれているんだろう。キッチンに立っている臣に近寄り、後ろから手元を覗き込めばどうやらハンバーグを焼いていたらしい。

「こら、火を使ってるんだから危ないぞ」
「だっていい香りがするんだもん、お腹空いてきた…」
「忙しいって聞いてたから、また食事を抜いたりしてるんじゃないかと思ってな。作り置きも冷蔵庫に入れてあるから」
「おお、さすが臣…!忙しいのはひと段落したけど、助かる」

臣の作るものはどれも美味しくて、私はガッツリ胃袋を掴まれてしまっている。それは所属する劇団員も同じらしい、と教えてくれたのは、監督さんだっただろうか。でもわかる、彼の作るものを食べたら市販品では満足できなくなるもの。
美味しいは美味しいんだよ、市販品もレストランの料理も。だけど、どこか物足りないというか…臣が作ってくれたものの方が美味しいなぁ、と思ってしまうのです。

「ほんと臣とつき合ってから、どんどんダメになっていく気がする…」
「そうか?そこまで忙しくない時は、なまえだって自炊してるだろ」

そりゃー最低限、そのくらいはしているけれどもさ。

「まぁでも…俺としては嬉しいけどな」
「嬉しいって、なにが?」
「先輩が俺なしじゃいられなくなるのは」

懐かしい呼び方をしているクセに、浮かべられた笑みは可愛くない意地悪な笑み。つき合うようになって、時々見せる笑みだった。
というか、こいつの甘やかしは確信犯だったの…?!そしてまんまと彼の術中にハマってしまったというわけか、私は。悔しいような、そのままでもいいような…どうにもこうにも複雑な気分になっております。年下に翻弄されてしまうのも、世話を焼かれてしまうのも嫌だったはずなのに、臣ならいいかなって思ってしまうくらいには…惚れているということなんだろうか。

「も〜〜〜〜…好き!」
「ははっなんだ?急に」
「伝えたくなっただけ!」

うっかり言葉にしてしまったけれど、急に恥ずかしくなってしまって逃げるように洗面所へ飛び込んだ。
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