気づいて。でも気づかないで


真剣な顔で本を読んでいるタツの背中を、ボケーッと眺めてみる。ちっさい頃はほとんど変わらなかったんに、いつの間にこんなに大きくて逞しく育ってしもたんやろか。
背は…私かて伸びた方ではあるけれども、結局はタツに追い越されたままやもんなぁ。まぁ、めっちゃ追い越したい!ってわけでもないから、そないに困ってもなければ悔しくもないんやけども。

(えらい集中しとるなぁ、こんお人は)

静かな空間に時折聞こえるのは、ページを捲る音とカリカリとシャーペンの走る音くらい。それ以外にはほとんど何も聞こえてこない。―――ああ、せやから余計に集中できとるんやろか。
相変わらずすごいなぁ、と思いつつ、開いていた本に栞を挟んで閉じタツにそっと近寄った。決して気配に疎い方ではないけれども、今は集中しとるから気づかれる感じはない。
広い背中にツ、と指を滑らせれば、彼の体がビクリと揺れた。

「〜〜〜〜神楽、何しとんのやお前ェ…!」
「あはは、堪忍。ひっろい背中やなぁと思ったら、つい…」
「ついて…志摩やないねんから、変なイタズラすんなや」

あ、呆れた顔されてしもた。…とはいえ、こういうイタズラは割かし昔からしとったから、タツも慣れてるんよな。多分。
高校生になってからは、京都におった頃より一緒に過ごす時間が減ったからそこまでしなくなったけれども。

「なータツ」
「何や。…ちゅーか、お前本読んどったんとちゃうんか」
「ん、ちょっと休憩。集中力切れてしもた」
「せやからってイタズラ仕掛けんな、アホ」
「今から背中に文字書くから当ててぇな」
「人の話を聞け!!」

おん、聞いとる聞いとる。
適当な返事を返せば、おっきな溜息。それでも本気で怒ることはなく、くるっとこっちに背中を向けてくれるんやから優しなぁ、本当。まぁ、優しさというより呆れて諦めたってことも考えられるんやけどね!むしろ、そっちの方が可能性としては高そうや。
それでも部屋から出て行かんでいてくれんのは、やっぱり優しさなのかもしれん。
こっそり笑みを浮かべて、そっと背中に文字を書く。さっきは不意打ちやったから飛び上がっとったけど、されるってわかってるからか何の反応も返ってこんかった。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけつまらんなぁと思ってしもたんは、私だけの秘密や。

「……『りんご』?」
「おん、せいかーい」
「案外わかるもんやんなぁ」
「ほんなら次はー…」

りんごから始まり、さんまやいちごやぶどうなどなど…タツはひとつも間違えることはなかった。ジト目で何で食いもんばっかやねん、とツッコミはされましたけれども。
いや、意味は特にないねんけど…頭に浮かんだのが全部食べ物だっただけやねん。決してお腹が空いとるわけでもないねん。…ちょっとは空いとるけど。

「ほな、次が最後なー」
「また食いもんやろ…」
「そんなんわからへんやろー?」

再び指を滑らし、2文字書いた所で一瞬だけ動きを止めた。時間にしてみれば恐らく、1秒にも満たない。だからきっと、タツは気がつかない。
―――バレへんようにごくり、と唾を飲み下し、続きの文字を書いた。

「結局、食いもんやんけ…『すき焼き』やろ?」
「…うん、正解。さすがやねぇ」

へらりと浮かべた笑顔は、いつも通りだったやろか。聡いこんお人に、気づかれたりしなかったやろか。内心ドキドキしてまう。ほんなら最初から書こうとしなければ良かったのに、ほんまにアホやなぁ私。
自己嫌悪に陥りそうになりながらも、無理矢理振り切り本の続きを読もうと手を伸ばした所でタツが広げていたものを片し始めていることに気ぃついた。
うん?もしかして終わりにするん?珍しなぁ。あ、それとももう読み終わったってことなんやろか。

「神楽、それ早めに読まなあかんやつか?」
「へ?ううん、ただの趣味…」
「ほんならつき合うてくれんか」
「ど、どこに…?」
「購買。お前がさっきから食いもんの名前ばっか書くから、小腹減ったんや」

―――お前も腹減っとんのやろ?行こうや。
そんな風に言うて、当たり前のように手を差し出すから…私もついクセでその手を掴んで立ち上がってしもた。お腹空いとんのも合ってるしな。

「…肉まんあるかなぁ」
「さすがにこの時期はもう売ってへんのとちゃう?」
「ならピザまん…」
「それも売っとるんは同じ時期やろが」

ああ、やっぱりこの安心感と空気感を、失くしとうないなぁ。
私のこの想いが失ってしまう要因になるならば、喜んで隠し通そう。タツの隣を失うことよりも苦しいことなんて、今の私には思い浮かばんのや。
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