誘われた気がした、と証言しており。


「あ、荒れとる…」

ふと指が唇に触れ、荒れとることに気ィついた。乾燥しとるもんなぁ…これはそろそろリップを塗らなあかん。
そう思ってポーチの中を漁ってみたものの、目当てのリップが全然見当たらん。あれ?ここに入れとったはずなんやけど…何でないんや?今日は使った記憶もあらへんのに。
うーん?と頭を悩ませながらも漁り続けていると、見覚えのないちっさい缶が出てきた。何やったっけ、これ。

(リップバーム……あ、せや。思い出した)

しえや出雲ちゃんと買い物に行った時に買おたやつ…それも間違って。普段はスティックタイプを使っとるのに、この時は何を思ったのか指などで塗らなあかんジャータイプを買ってしもたんやった。まぁ、パッケージというか…入れ物はすごく可愛いんやけどな。
んん〜…指で塗るのめんどいけど、新しいの買うんはもったいないし…これ使お。いつもの見つからんし、多分使いきってしもたんやろ。
フタを開けて塗っていると、視線が気になってしゃーない。

「…なん?じっと見て。穴開きそうなんやけど」
「んー…珍しいもん塗っとるなぁ、て思て」
「間違って買ってしもたんよ。でも捨てるのも、新しいの買うのももったいないし」

しばらくはこれ使うつもりなんや、と紡ぐはずだった言葉は、飲み込む他なかった。
理由はただひとつ、向かいに座っていたタツに唇を塞がれたから。

「―――〜…ッ?!」
「なんや仄かに甘い味すんな、それ」
「舐めるなアホ!!!」

一瞬にして頬に熱が集中する。きっと今の私の顔は、面白いくらいに真っ赤なんやろう。それはもう、タツが笑うくらいには。
ちゅーか、こうなった原因はアンタやろが…!!そう反論した所で上手く丸め込まれる未来しか見えへんし、嫌やったわけでもないし…多分、勝てん気がする。いや、勝ち負けがどーのって話でもないんやけども。
あーもう、寒いはずなのに顔だけあっつ…。

「ははっ真っ赤やなぁ、お前」
「誰のせいや、誰の…!」
「んー?俺のせいやったら、…なんや気分ええな」

浮かべられた笑みに、不覚にもドキッとしてしまう。ほんっま、このお人はタチが悪い…!せやけど、そんな笑みもカッコいいと思ってしまうくらいには、私かて惚れとるわけでして。
とはいえですよ?やられてばかりでは私も悔しいっちゅーのが本音ではある。どうにかして仕返しというか、タツをビックリさせたいんよなぁ。―――私も、不意打ちしたらええんやろか。
いつの間にか読書を再開させていた彼に視線を移せば、さっきまでのイタズラな笑みは鳴りをひそめ、真剣な表情で文字を追っていらっしゃる。
ああ、こういう顔もええんよなぁ…大好きや。ふ、と表情が緩んでまう。触れたい、と思った時にはもう、手が伸びとった。

「どないした、神楽―――」

上げられた顔。視線が絡み合う前に、そっと唇を重ねた。押し付けるだけの子どものようなキスだけれど、目を閉じる瞬間に見えたタツの顔がえらいびっくりしてはったから、内心笑みを浮かべとった。不意打ちと仕返し成功や!ってな。
満足して離れようとしたら、勢い良く腕を引かれてそのまま彼の腕の中へ。あ、あまりの勢いに心臓がバクバクいっとる…!
いやもう色んな意味で心臓は破裂寸前やけど!さっきからずっと!!

「た、たつ…?どないしたん?」
「お前っちゅー奴は……!」

ええ?これはもしかして怒らせてしもた…?
そぉっと顔を上げると、噛み付くようなキス。そのままこじ開けるようにして舌を捩じ込まれ、生理的な涙が滲んできよる。
苦しいのに、気持ち良くて、段々と考えることさえ億劫になってきてしまう。彼の首に腕を回せば、さっきよりも深くなるキスにゾクリと背筋が震えた。

「ん、…っぁ、は……っ」
「せっかく塗っとったんに、落ちてもうたな」

私の唇に親指を滑らせながらそう言って、彼は笑みを浮かべた。せやけど、落ちる羽目になった原因の発端はタツなんやけども?!
そりゃあ、私からも仕掛けたのは確かなんやけどさぁ…嫌やともやめてとも言わんかったし、タツだけのせいやとは言う気はない。
ないけども、なんやムッとしてしまうんは仕方ないと思うねん。
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