それでも離せない。
せっかく会いに来てくれたのに。それなのに私は彼にひどいことを言った。
ただひたすらに喜べれば、彼が会いに来てくれたことだけを喜んでいられたら…それだけで良かったはずなのに。どうして私は、あの頃のように笑うことが出来なかったんだろう。
ぼふん、と勢い良くベッドに倒れ込む。スプリングがギシリ、と音を立てるけどそんなのを気にしてる余裕もない。ジャケットも適当に脱ぎ捨てて、カバンもその辺に放り投げる。こういう時は一人暮らしをしてて良かった、と思うかもしれません。だってどんなにだらしなく過ごしていたとしても、咎める人はだーれもいないもん。
…でも、こういう時こそ家族が傍にいてくれたら少しは寂しさとかまぎらわすことが出来てたのかも…とは、思っちゃうよね。やっぱり。
「バカだなぁ…私」
大我くんが会いに来てくれたこと、すごく嬉しかったのに。日本に着いてすぐに私に会いに来てくれて、それだけで十分なはずなのに…どうしてあんなこと言っちゃったんだろう。寂しかったことも、悲しかったことも、苦しかったことも、会いたくて仕方なかったことも、全部本当のことだけど…何も本人に言うことではなかったよね。しかもせっかく会いに来てくれた時に。
こんな時に爆発してしまうくらいならもっと早く、電話でもメールでも告げてしまっていれば良かったんだ。そうすれば今日はきっと、彼の隣で笑って過ごせていたはずなんだから。ほんっと、…私って大バカだなぁ。あんなの八つ当たりと変わりないのにさ。
枕に顔を埋めて反省会、…というか自己嫌悪に近いか、これは。
言いたいことを言うだけ言ってお店飛び出してきちゃったし、きっと大我くんめちゃくちゃ怒ってるんだろうなぁ。でもそんなことを考えながら、密かに追いかけてきてくれることを期待していた私は本当にダメだと思う。勝手に期待しておいて、追いかけてきてくれなかった現実を残念だと感じてしまうのは…身勝手にも程があるわよね。
ごめんね、って言わなくちゃ…傷つけることを言ったこと、いきなり帰ってきてしまったことを謝って、会いに来てくれたことと帰ってきてくれたこと、嬉しかったんだよってちゃんと伝えないとダメだよね。
のそりとベッドから起き上がって脱ぎ捨てたジャケットのポケットから携帯を取り出す。彼からの着信やメールは今の所ナシ、と…って、そりゃそうか。あんなことを言っちゃった相手にわざわざ連絡なんてしてこないよね。自嘲気味な笑みを浮かべて、そのまま携帯と睨めっこ。
謝りたいし、伝えたいこともあるにはあるんだけど―――いざとなると勇気が出ない。今までもこんなことがたくさんあって、結局連絡せずに携帯をしまってしまうことが大半だったんだ。でもいい加減、私からも動こうとしなくちゃ…!いつだってきっかけを作ってくれたのは大我くんだったんだもん。
大きく深呼吸をして彼の番号を画面に呼び出し、あとは発信ボタンを押すだけ…という所まで来た時、突然携帯が震え出した。ぎゅっと握っていたからその振動にビックリして思わず手を離した…というか、投げちゃったじゃん!人が覚悟を決めた時に何なのよ〜というか、誰よ!理不尽なことを内心呟きながら、投げてしまった携帯の画面を覗き込むとそこに映し出されていた名前は、今正に電話を掛けようとしていた大我くん。
「はっはい!」
『…あ、鈴?良かった、出てくれねぇかと思った…』
「あ、の…っさっきはごめんね!変なこと言っちゃったし、いっぱい傷つけちゃったし、勝手に帰っちゃったし…!!」
『いや、多分俺も悪いだろうからいいよ。…それより、さ』
今から、会えねぇか?
そう言った大我くんの声は少しだけ沈んでいて、でもとても真剣で。彼のこんな声は今までにほとんど聞いたことなかったからビックリしちゃって、返事をするまでに時間がかかってしまいました。それでも何とか頷けば、高校時代によく寄り道していたマジバで待ってるから、とだけ告げられて通話は終了。
携帯を閉じて逸る心臓を押さえながら私は、少し前に放り投げたジャケットとカバンを引っ掴んで家を飛び出した。
今の私の家からマジバまでは少し離れてしまっていて、電車で5駅ほど行った先にある。大学に進学が決まって実家を出てしまったから、あそこにはほとんど行かなくなっちゃったんだよね。家とは真逆の方向だから。
電車を降りてダッシュで待ち合わせ場所に向かえば、いつも座っていた窓際の席に大我くんが1人で座っていた。相変わらず、大量のチーズバーガーを食べながら。
「顔は大人びたけど、変わってないんだね。…大我くんは」
山になっているチーズバーガーを1つ掻っ攫ってクスクス笑えば、大我くんはひどく安心した顔で笑った。
「ようやく、ぎこちなくない笑顔見れた。まだ若干、引きつってるけど」
「…そんなにひどかった…?」
「割と。…でも原因、俺だろ?」
「……何か、ごめん」
「いいって。そういうの言えねぇ状況、俺が作っちまってたんだろうし」
俺こそごめんな?気づいてやれなくて。
キリッとしている眉を下げて謝罪を口にする彼に慌てて首を振る。…きっと私達は、相手をちゃんと大切に想っていたんだろうけどそれを上手く表せていなかっただけなのかもしれない。寂しいとか、苦しいとか、そういうことはきちんと口に出さないと相手には伝わらないもの。
彼の邪魔にならないように、と思ってやっていたことが、つまりは逆効果だったということ。
「変に大人になっちゃったから、高校の時より気持ちを素直に告げるの…出来なくなっちゃったのかもね」
「ああ…そういや、あん時はもう少し素直だったかもな。お互いに」
「まだまだ子供だったんだろうねぇ。…でも、その方が私達らしいのかなーとは思うけど」
さっき掻っ攫ったチーズバーガーに噛り付きながら高校時代に思いを馳せる。
いつだってバスケに一直線だった大我くんを応援して、時々一緒にバカやって、同じ学年の黒子くん達と勉強会を開いたり、…本当にいつだって一緒で、彼は私の隣で笑ってくれてて。だからこそ、私もいつだって笑っていられた。本当に楽しくて仕方なかったから。隣にいれることが嬉しくて仕方なかったから。
でも卒業後の進路は当然ながら別々で、今までみたいに隣に立つことが出来ないんだ…って思った時。
大げさかもしれないけど、私は絶望の底に突き落とされた気分だった。それこそ彼に裏切られた、とかまで思っちゃって。今思えばバカじゃないのか、って笑い飛ばせるのかもしれないけどね。…それくらショックで、私の中の彼の存在は大きなものだったんだ。
隣にいられなくなったくらいで終わるような関係じゃない、って思えれば良かったんだろうけど。あの時の私にはそんなこと考える余裕なんて、これっぽっちもなかったの。
「でもね、大我くんが変わらない笑顔を向けてくれたこと。一番に会いに来てくれたこと。…変わらず、手を繋いでくれたこと…全部、ぜーんぶ嬉しかったのも本当なんだよ」
「…うん」
「寂しかった、辛かった、苦しかった、会いたくて仕方なかった……それでも、大好きなの」
堪え切れず零れ落ちた涙を、さりげなく掬い上げてくれた大我くんの指。
「これからも辛い思いばっかりさせると思うし、お前が辛い時に隣にいてやれねぇ。…けど、悪い。俺は鈴を離してやれねぇから」
「…ん」
「離れてから余計にお前のこと好きだって思えるようになったし、もっと傍にいたいって思ってる。それでもバスケを捨てるのは今の俺には出来ねぇんだ」
うん、わかってる。大好きなバスケを君から取り上げようなんてこと、私は考えてないよ。
そんなひどいことしないから、…大丈夫。
「やっぱり別れたく、ないなぁ…」
「バーカ、別れて堪るかよ!…鈴、一回しか言わねぇからよーく聞けよ?」
「?うん」
「何年、ってハッキリ言ってやれねぇけど…待っててくんねぇか?今まで以上に猛練習してすげぇ選手になってやる。そしたら―――」
お前を迎えに来る。アメリカに連れて行くから、だから…もう少しだけ待っててくんねぇかな。
-4-
prev|back|next
back TOP