魅惑の女主人


時間が止まったみたいだ、っていうのは…今みたいな状況のことを言うのかもしれないと、ぼんやりと思った。けれど、決してドラマやマンガのようにロマンチックな展開ではないのだけれど。
だって今、私の足を止めているのは―――何十体といる、生きていないモノ。体中に感じるのはよろしくない気配だ…近寄ったら、触れたら、その瞬間にでも全てを奪われてしまうような。そんな奇妙な感覚が、私を取り巻いているような気がする。
きっと他の人達には見えていないものだと思う。道の真ん中で立ち止まり、とある一点を凝視している私の姿は薄気味悪いのだろうな。でも見えればわかるよ、私が何故足を止めてしまったのか。何故一点を凝視しているのか。何故、…こんなにも冷や汗が流れているのか。

(気持ち、悪い…!)

口を押えて体を曲げた。それでもせり上がってくる感覚は消えないし、治まってもくれない。
もうダメだ、と思った時、誰かに腕を引っ張られた。突然のことで足が縺れるけれど、何が何だかわからないけれど、気分は少しずつ良くなってきたような気がする…だけど、背後に感じる薄気味悪い感覚は消えていなかったの。消える所か、追ってきている…?!


「後ろを見ちゃダメだ!」
「ッ!…わ、四月一日、くん?」
「とにかく今は走って!何を言われても、振り向いちゃダメだ。わかったね?」
「う、うん…!」


何処に向かっているのかはわからない。でも四月一日くんについていけば、どうにかなるような気がしたのも本当で。耳元で聞こえる表現しがたい声とか、背中がゾワゾワするんだけど、気持ちが悪くて反応してしまいそうになるんだけど、振り向いちゃダメだって彼に言われた通り、ひたすら四月一日くんの背中だけを追う。
そうして辿り着いたのは、誰かの家…?


「はっはぁ、はぁ…四月一日くん、此処って……?」
「古橋さんには見えてるんだね、このミセが」
「お店…なの?」
「おかえりなさい、四月一日。…そしてそっちの子は、お客ね?」


音もなく、気配もなく現れたのはとても綺麗な女の人。長くて艶々な黒髪に、モデルさんのようなスタイル、そして独特な妖艶な雰囲気…さっき四月一日くんがお店だって言っていたけれど、この人が、店主さんってこと?わからないことだらけで質問をしたいけど、中へお入りなさいって女の人に言われてしまい、とりあえず中に入ることにした。
お店だと聞いていたのに、内装は普通の家と何ら変わりないような気がする…少し広くて、豪華な家って感じかなぁ。居候させてもらってる静の家もお寺なだけあって大きいけど、あっちは純日本家屋だもんね。この家は、…和風のようで洋風のような気もして何だか不思議な感じ。
案内された部屋はシンプル。四月一日くんはお茶を用意してくるから座ってて、と言い残して出て行ってしまった。残されたのは私と、綺麗な女の人。まだ自己紹介をしていないし、この人の名前も聞いていない状態なんだけど…四月一日くんがいない状態でお話をするのは、何か憚れる。キュッとスカートを握り込んで、四月一日くんが戻ってくるのを黙って待っているしかなさそうだ。


「お待たせ、古橋さん、侑子さん」
「あ…」
「これシフォンケーキなんだけど、甘いもの好き?」
「う、うん。好き、です」
「じゃあどうぞ。あと紅茶ね」
「四月一日、お酒はー?」
「今はダメです!お客さんが来ている最中でしょーが」


ティーカップに口をつけながら2人のお話に耳を傾けると、何だかテレビで見る漫才のようで自然と笑みが零れてしまった。ふふっと笑った声が聞こえていたらしく、ピタッとお話を止めた2人が同時にこっちを向く。ど、同時に向かれると結構ビックリするんだけど…!
ビクッと肩を振るわせれば、女の人―――ゆうこさん、って呼ばれてたっけ―――は、そんなに緊張しないで大丈夫よ、と笑みを浮かべた。四月一日くんも怪しく見えるかもしれないけど取って食われたりしないよ、って。それに対して女の人は何ですってー?って怒っていたけれど。


「あ、あの…」
「まずは自己紹介といきましょうか。お名前は?」
「碧衣、古橋碧衣といいます」
「そう。私は壱原侑子よ―――貴方、アヤカシが視えるわね?」


アヤカシ―――?
初めて聞く単語に首を傾げる。一体、侑子さんは何のことを指しているのだろう?でも見える、と表現されたということは…実体があるもの、ということになるけれど。


「さっき、道の真ん中で視えてたよね?古橋さん」
「あ、…あの、生きていないモノのこと…?」
「そうよ。それがアヤカシ―――貴方にとっては幽霊と言った方がわかりやすいかしら」


まぁ、一般的に想像されている姿よりよっぽどグロテスクだと思うけれど。
侑子さんはにっこり笑ってそう言った。幽霊と言われればピンとくるけど、さっきまで追いかけてきたのは幽霊というより…妖怪に、近いような気がする。そう呟けば、あながち間違いではないわね、と優雅に紅茶を飲みながら侑子さんは口にする。そして再度、確認された。アヤカシが視えるわね、と。
アヤカシという言葉が指すものを理解した私は、今度はしっかりと頷く。すると侑子さんはカップを置いて、私の顔を覗き込むようにじーっと見つめてきたのだけれど…?!い、いや、同性であるとはいえこんなにも美人さんに至近距離から見つめられたら、照れちゃうといいますか!というか、こんなにも真っ直ぐに目を見られると逸らしたくなってしまう。


「確かに強い力を持っているわ。しかもアヤカシに好かれやすい体質ね」
「それって俺と…」
「四月一日に大分近いけれど、でも貴方以上ね。アヤカシにとっては、極上のごちそうじゃないかしら」
「食べられちゃう、ってことですか…?!」
「簡潔に言うとそんな所よ。…視えるのは昔からかしら?」


コクリ、と頷きだけを返す。


「でも見分けがついたのは大きくなってから、だと思います…生きているモノとそうじゃないもの、それから―――良くないモノっていうのも」
「そう。でも追いかけられることは一度もなかった…そうね?」


私はビックリする他、なかった。だってアヤカシが視えることだって何でわかったのって感じだし、最近まで追いかけられたり襲われたりすることがなかったことだって…今日知り合ったばかりの侑子さんが知りえるわけがない情報なんだもの。
四月一日くんは友達だけど、変なモノが視えるって話をしたことはない。それを知っているのは静だけだけど、静がわざわざ四月一日くんに教えるはずもないよね…だから多分、伝言ゲームで侑子さんに伝わったってこともない、と思う。うん。そうだとすれば余計に、謎だ。何で侑子さんはわかったんだろう。
じわり、じわりと湧いてくる警戒心、眉間にシワが寄るのも自分でわかった。この人―――侑子さんは、何者なの?露骨に怪訝な顔をした私に、侑子さんは嫌な顔をすることもなくフッと笑みを浮かべるだけ。まるで慣れていますよ、とでも言いたげだ。


「貴方―――願いがあるでしょう?」
「え、願い…?」
「此処は願いを叶えるミセだから。願いがない人は、入ることができないの」


もしかして、…此処に辿り着いた時に四月一日くんが「見えてるんだね」って言っていたのは、そういうこと?


「本当に……願いを、叶えてもらえるんですか」
「ええ。でもタダではないわ、叶える代わりに対価をもらうわよ」
「…お金ですか?」
「いいえ。代金ではない、対価よ。―――貴方にとって大事なものを、頂くわ」


それでも貴方は、願いを叶えたいかしら?
私にとって大事なものが何なのか、何を対価として差し出さなくてはいけないのか…それは全くわからない。だけどこのお店に辿り着いたのも、四月一日くんや侑子さんに出会ったのも、全てが必然だとするのなら。私が侑子さんに願いを叶えてほしい、とお願いする未来も、成るべくしてなったのかもしれないと思う。


「私の願いを―――叶えてください」
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