だれでもないわたし
「つくもがみ?」
とある日のお昼休み。相変わらず私は四月一日くんの作ったお重のお弁当のご相伴にあずかっています。美味しいけど、とても美味しいんだけどいいのだろうか。毎日お邪魔して。
そう思いながらもごま昆布の入ったおにぎりを咀嚼し、四月一日くんの言葉をオウム返しした。つくもがみ、って何か聞いたことがあるなぁ。
「長い年月を経た道具などにつく精霊のことだ」
「…ああ!『付喪神』!」
「でもそれがどうかしたの?四月一日くん」
「うん、この前、侑子さんのミセの宝物庫で古橋さんが声を聞いたって言ってたんだけど…」
四月一日くん曰く、あの声こそ付喪神なんだそうです。
「えっあれって神様の声だったの?!」
「厳密に言うと、神様ではないんだけど…」
「魂が宿る、って言われてるだけなんだっけ?あれって」
「そうそう。だから、百目鬼が言った通り、精霊とか魂って言う方が正しいんだ」
へぇ…神ってつくくらいだから、神様なんだと思ってたけどそういうわけでもないみたい…?精霊とか魂と表現するのが正しくて、人の心を惑わすこともあったんだって。私が聞いた声達は一切そんなことはなく、ただ元あった場所に返してーって感じだったけど。
運が良かったのか、それとも人の心を惑わすというのがただの迷信で、そんな事実は一切なかったとかね。いや、この際、どっちでもいいんだけど。そこまで気にしないし。実際、害なんてひとつもなかったので。
「でもやっぱり侑子さんのお店には、不思議なものがたくさん置いてあるのね」
「店主が変わり者だからね」
「…仮にも雇い主をそんな言い方していいのですか、四月一日くん…」
確かに侑子さんは変わり者、というか、不思議な雰囲気を纏っているというか…こう、一言では言い表せない方だとは思うけど。苦笑しながらそう告げてみても四月一日くんはあっけらかんと、大丈夫だよと言った。
でも私は知っている。こんな風に言っていても、侑子さんから告げられる無理難題や突発的な献立の希望も、四月一日くんはとても楽しそうな顔でこなしていることを。それに言葉の端々にあの人が好きなんだ、という気持ちが込められている気がしているんだ。きっと四月一日くんに言ってみてもそんなことないよ、って言って否定するだろうけど、言葉尻や表情はとても素直なものなんです。
(まぁ、それは人それぞれなので素直に出ない人ももちろんいるのだけれど…特に静とか)
隣に座る幼なじみをチラッと見上げると、相変わらずの読めない表情のままもぐもぐとお弁当を食べている。私の視線に気がついて、なんだ?と首を傾げるけれど、それにそっと首を振り、視線を逸らす。
付き合いの長い私でも、時々、静の気持ちには気がつけない時がある。これでも大分、理解できるようになってきた方ではあるんだけど…それでも彼の気持ちや表情は読みにくいのだ。幼なじみである私でこれなんだから、四月一日くんはもっとわかりにくい!って思ってるんじゃないのかなぁ。小さい頃の静なんてもっとわかり―――…あれ?
昔のことを思い出そうとして、ふと思考回路が急停止した。昔、昔…?おにぎりを手にしながら、サッと血の気が引く。どうして?私、昔のことが全く思い出せない…!
「碧衣?手が止まってるが、どうした?」
「あ、…ううん、何でもない。大丈夫」
ドクドク、と心臓がかなりの速さで鼓動を繰り返す。わからない、静の小さい頃がどんなだったのか、私がどんなだったのか、何で私は彼の家に居候しているのか、自分の両親がどんな顔をしていたのか…何ひとつ、思い出せない。思い出せるのは、最近の記憶ばかり。この高校に入学してから、だった。
それ以外はてんで全くわからない始末。忘れているだけ?でもこんなに長い間の記憶を忘れるなんてこと、あるの?小さい頃の記憶だけなら曖昧かもしれないけど、少なくとも小学校の後半とか中学校の記憶くらいは残っているはずなのに。
「わ、たしは…」
小さく、誰の耳にも届かない程の小さな声で紡いだ言葉は、風に乗って消えていく。
まるで広い世界でたった1人、取り残されてしまっている気分だ。
-4-
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