ドキドキなんてしてない。断じてしていない!
結構、勢い良く倒れ込んだはずなのに簡単に抱き留めてたなぁ…重くなかったのかな。腕、痛めたりしなかったかな。そんなことを考えては、顔に全身の血が集まってしまったかのように熱くなってきて頭を抱えてしまう。
あの日以来、私は気を抜くと思い出しては赤面、という何とも言えない状況を繰り返している。ひとり自室にいる時はううう、と唸り声もプラスされています。誰が見ても変質者に近いと思うんだよね、今の私は。どうしよう、と何度も何度も何度も考えるけれど、解決方法なんてちっとも思いつかない。というか存在していない、というのが正しいのかもしれない。
あの日のことはもう頭の片隅にどけて、鍵をかけてしまいこんでしまうのが一番いい。あの時感じたドキドキは、躓いて顔面からダイブしてしまう恐怖心からのドキドキだ。恋の芽生えでも何でもない。
「それは、…天音が認めたくないからじゃなくて?」
「…違う。断じて違う…!」
「誰がどう見たって抗っているようにしか見えないよ、それ」
「うっ…」
友人の容赦ない言葉にグッと黙り込んでしまう。そう、彼女の言う通り私自身、この現実を認めたくないと思ってしまっている。恋に落ちるのは一瞬だ、なんてよく言うけれど、こんなにも簡単にいってしまうのだろうか。吊り橋効果的なアレなんじゃないの?今の私の状態って。
「まぁ…これはあんたの気持ちだから、私が断言してあげることはできないけど」
「うん…」
「しばらくゆっくりと考えて、咀嚼してみればいいんじゃない?件の後輩くんを観察してみるとか」
後輩くんの一挙一動や言葉に天音自身が一喜一憂するかどうか、そうすればわかると思うわよ。おのずとね。
何でも彼女も今の恋人とつき合う前、自分が相手のことを恋愛として好きなのかどうなのかわからなかった時があるんだって。その時に自分に向けられた言葉とか、相手の行動に少しだけ注目してみたらしい。それでどういう感情を抱くか、実験まがいなことをして自覚した経験をお持ちでした。
結局、誰にアドバイスをもらおうとも自分の気持ちに名前をつけられるのは自分だけだよ、って。
「観察かぁ…」
「そう。自分以外の女の子と話しているのを見てどう感じるか、とか。自分自身で納得すれば、ハッキリするでしょ?」
「…それはそうかもしれない」
自分で納得できるのなら、それはきっともう誤魔化しようがないものとなるから。むむむ、と再び唸り声を発しつつも、友人の言うことは一理あるなぁと納得した。もうこうなったら試してみるのもいいかもしれない、と。善は急げを体現するかのように、私はその日から伏見くんに少しずつ目を向けるようになったし、追うようにもなった。ストーカーと思われない程度に、だけど。さすがにそんな失礼なことはしたくないもの。
(学部が違うし、学年も違うから、顔を合わせるのはサークルくらいで…時々、本当に時々校内で会う程度)
そう。私と伏見くんの接点なんてそんなものだ、大学というのは広いから。高校までの先輩・後輩とはわけが違う。きっとサークルが同じでなければ、彼との接点なんてないに等しい…いや、これっぽっちもないまま卒業していたと思う。
その事実に気がついた時、寂しいと思ってしまった。彼のことを知らぬまま、出会わぬまま、この先の人生を生きていくことをとてつもなく寂しいって。これは違う、と思っていたものが、少しずつ形になっていくのを感じて逃げ場がなくなってきている気がする。
「常盤先輩」
「んー?なぁに、伏見くん」
声をかけられて振り向けば、パシャリとシャッター音。この野郎、いきなり撮るとはいい度胸をしてるなぁ。
「こら、いきなり撮るんじゃありません」
「すみません。いい顔をしてたので、つい」
綺麗に撮れてますよ、と笑った顔は、今までで一番いい笑顔。ドクリ、と高鳴った心臓を、もう誤魔化すことはできない気がした。
―――ああ、そうか。やっぱり私は、伏見くんに恋をしてしまったんだ。
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