このままでいいなんて
伏見くんの爆弾発言の意味を考える暇も、問いただす暇もなく、慌ただしく日々は過ぎていった。
何とか早い時期に内定をもらうことができ、あとは卒論を書き上げて卒業すればいいだけ。まだ終わったわけじゃないけれど、内定をもらえたというだけで一仕事終えた感がある。一安心です、本当。
(さて、どうしようかなー…いつもならサークルに行く所だけれども)
残念ながら私達4年生は去年の文化祭への作品出展で引退をしているのである。それでも気分転換に写真を撮りに行ったりはしてるし、部室に顔を出しに行くこともしてたりするけど…活動自体はしてないんだよね。今、部室横の掲示板に飾られている写真の中に私達4年生のものはひとつもない。
寂しいとは思うけれど、これは誰しもが通る道だもんなぁ。先輩達が引退・卒業した時も寂しくて、泣いたもん。今の後輩達にも同じように寂しがってほしい、とは思わないけれど…少しでも残念に思ったりしてくれたら、ちょっと嬉しいなぁとは思うけどね。うん。
「図書館で卒論進めるか…」
何だかしんみりしてきそうだったので、切り替えよう。ダメだ、このままじゃ泣いてしまいそうになる。本当の卒業まではまだ少し時間があるのに、今から泣いてどうするのよ。
よし、図書館に行こうそうしよう。くるっと踵を返した所で、向こう側から伏見くんが歩いてくるのが見えた。周りに人がいても頭ひとつ飛び出てるもんだから、待ち合わせとかしても見つけやすそう…思わず歩みを止めてそんなことをボケッと考えていたら、向こうが私の存在に気がついて緩く口角を上げた。おお、そういう顔するのやめてドキッとしちゃう…!
「常盤先輩」
「こんにちは、伏見くん。これから講義?」
「はい。先輩は?」
「私は今日は終わり。図書館で卒論やろうかなって」
ああ、なるほど。とひとつ頷いた伏見くんは、顎に手を当てて思案顔。うん?どうしたんだろ、急に考えこんじゃって。
そのまま立ち去ればいいんだろうけど、別に急いでいるわけでもないし待ってみることにした。私に用事があるとは限らないけど、まぁその時はその時だと思う。待つこと数十秒、伏見くんは再び口を開いた。
「へ?週末?」
「空いてませんか?」
「今週だよね、…うん、用事は何もないけど…」
「じゃあ俺に時間ください」
「あ、はい、どうぞ…?」
「ははっ何で疑問形なんですか」
いや、私にもわかりません。というか、今私はお誘いを受けてるの?伏見くんから?…ちょっとキャパオーバーなんですけれども。どうしてそうなった?
「時間は、…あ、すみません。もう講義始まっちゃうんで、終わったらLIMEします」
「え、あ、うん。わかった」
―――土曜日の13時に、水族館の前で。
伏見くんからそうLIMEがきたのは、3日前の夕方。お誘いを受けた日、である。確かに講義が終わったらLIMEする、と言われてはいたけど…もしかしたらからかってきただけなのかな、とか思っていたから、本当にメッセージがきた時はスマホをぶん投げそうになった。堪えたけど。
よくよく考えたら伏見くんはそういうことする子ではないしなぁ。…というか、水族館に近づくにつれてさすがに緊張してきたんだけれども。これも一応、デートになるの?いや、でも私は伏見くんに恋をしているけれど、向こうはどうかわからないしなぁ。めっちゃ意味深な爆弾発言は一度されたけど、いまだにあの言葉の真意はわからないし聞けていないままである。聞く勇気も持ち合わせていないけれど。
水族館に着いたのは、待ち合わせ時間の10分前―――なのだけれど、そこにはもう彼がいた。
「え、伏見くん来るの早くない…?!」
「わっびっくりした…!」
割と気配に聡い子だと思っていたけれど、どうやら近づいてきていた私に気がつかなかったらしい。肩をびくりと震わせた伏見くんなんて、初めて見たかもしれない。驚いた顔はやっぱりどこか幼くて可愛い
。ふふっと笑みを零せば、伏見くんは照れてしまったのか頬を赤く染めてそっぽを向いてしまった。うーん、こういう所は年相応だなぁ、普段は少し大人っぽく見えるもんね。落ち着いた感じで。普段の伏見くんもいいけど、今みたいな伏見くんも好きだなぁって思う。
「ところでなんで水族館?」
「ああ…ひとつはチケットをもらったのと、もうひとつは―――先輩、行きたいって言ってたでしょう」
んえ?そんなこと伏見くんに言ったっけ…?そもそも伏見くんと大学内で会うのってそんなに多くないし、覚えてそうなものなんだけども。ここしばらくの記憶を思い返していると、いつぞやの会話をふっと思い出した。
『…先輩、なんか疲れた顔してますね』
『んんー…卒論がちょっと詰まっててさぁ…息抜きしたい…水族館行きたい……』
ああ、言ってるわ。そうそう、卒論が思うように進まなくてちょっと疲れてて…水族館行きたいなぁ、とボソッと呟いた覚えがあるわ。あんな小さい声で呟いたことをよく聞き取ってたな、この子。
私だったら聞き流しちゃうし、多分そんなこと覚えてないと思う。だって言ってしまえば他人の戯言じゃん?覚えておく必要性もないし。…でも、ちょっと嬉しいと思ってしまった。
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