欲しいと望んだから


久しぶりの水族館はめちゃくちゃ綺麗で、めちゃくちゃ楽しい。いい気分転換になりました。誘ってくれた伏見くんには本当に感謝しかない。

「イルカ可愛かったぁ」
「ですね。イルカショーとか久しぶりに見ましたよ」
「ふふっ私も。小さい頃はよく見たい!って親にねだってたなぁ」

成長していくうちに親と出かける頻度は減っていったし、水族館や遊園地に足を運ぶことも少なくなっていたと思う。友人と遊ぶ時はゲーセンだったりカラオケだったり、あとはショッピングに行ったりカフェでお喋りしたりとか。大学に進学してからは余計に足が遠のいていた気がする。
きっと就職したら今以上に行く時間なんてなくなるだろうし、本当の本当にラッキーだったかも。

「少し休憩しましょうか」
「うん。あっちにカフェあったよね、確か」
「パンフレットでペンギンのパンケーキがあるって見ましたよ」
「えっなにそれ!絶対可愛いじゃん」

伏見くんの言う通り、カフェのメニューには『ペンギンのパンケーキ』があった。他にも『白くまのカプチーノ』とかもある…!おお、すごい…水族館内に併設されているからか、メニューがめちゃくちゃ凝っている気がする。
そりゃあ皆、このカフェに寄っていくわけだよね。気になるし、魅かれるもんこれは。小さい子なんて特にそうだよね。お母さんの手を引き、楽しそうにメニューを選んでいる子達がいて思わず笑みが零れる。可愛いなぁ。

「伏見くんは何にする?」
「コーヒーと、…あ、これにしようかな。ヒトデとイルカのクッキー」
「そんなのもあるんだ。私は白くまのカプチーノにしてみよっかな」
「じゃあ俺、買ってきますね」

ちょっと待て、と引き止める間もなく、伏見くんは注文しに行ってしまった。こういう時は年上が買いに行くもんじゃないのか…?!さっさと行ってしまったからなんかもう、呆気に取られてしまった感がありますよね。お金はしっかり払おう。
とりあえず、…買いに行ってもらってしまったし、私は席の確保をしておこう。レジから見つけやすそうな席を見つけ、上着を脱いで腰を下ろした。そこから見える伏見くんの背中は広くて、大きくて、彼は立派な男性なんだなぁなんて、再認識してしまう。あの日も同じことを思ったんだよね。まさか彼に恋をしてしまうとは、さすがに思わなかったけれど。

(伏見くんと話せるのは、顔を合わせることができるのは―――あとどれくらいだろう)

多くを望みたくはなかった。そこそこ仲良くなれて、それだけで本当に十分だと思っていたから。それ以上を望むのは欲張りだし、その先のことを考えるといい未来なんて見えないもの。こうして卒業前に一緒に水族館へ来られていい思い出ができた。間近で楽しそうにしている伏見くんも見れたしね。

「…先輩?」
「あ、…ごめん、私無視してた?」
「いいえ、大丈夫ですけど…疲れちゃいました?」
「ううん、疲れてはいないよ」

ならいいですけど、とホッとしたような笑みを浮かべた彼は、頼んだものが載せられたトレイを置いて、向かいの席に腰を下ろした。

「買ってきてくれてありがとう。これ私の分のお金ね」
「このくらいいいですよ」
「私が嫌なの。受け取ってくれないなら、お土産にでっかいイルカのぬいぐるみ渡してやる」
「…わかりました、受け取ります」

よし、作戦成功!!してやったり、と笑ってみせれば、困ったような笑みを浮かべられてしまった。うん、そんな顔されるかなとはちょっと思ってた!気にしない方向でいくけど。

「そういう所、結構強引ですよね。先輩って」
「んん?そうかな」
「そうですよ。良かったらクッキーどうぞ」
「いいの?」
「はい。せっかくなんで一緒に食いましょ」
「んーじゃ有難く」

口にしたクッキーはサクサクほろほろで、甘さもちょうど良くて美味しい。そして形も可愛い。…ヒトデはぱっと見、星の形にしか見えないけど。
んー…美味しいクッキーとカプチーノがあって、休日の水族館とは思えないほどのゆったりとした時間が流れている気がする。ここしばらくはずっとバタバタしていて、平日も休日も関係ないような過ごし方してたからなぁ。こーんなのんびりするのって、思っていた以上に久しぶりかもしれない。

「…そういえば」
「ん?」
「先輩って就職先、県外なんですか?」
「ああ…うん、そう。春からひとり暮らし」

ずっと実家住まいだったから、どうなるか不安はあるけど…なるようにしかならないし、今から心配しても仕方ないし。我ながら楽観的だなぁ、とは思うけど、実際に生活してみないとわからないからねぇこういうのは。
視線を伏見くんに向けてみると、やけに真剣な表情を浮かべたままこっちをじっと見つめていて反射的に身を引きかけて、椅子がガタリと小さく音を立てた。じっと真正面から見つめられると、視線を逸らしたくなるのは何でなんだろう…防衛反応的なやつなんだろうか。

「あの、伏見くん?そんなにじっと見られると穴開く……!」

黙ったまま見つめてくるもんだから、耐えきれなくなって結局視線を逸らしてしまった。いや、だって無理でしょこんなの…!伏見くんのことを何とも思っていなければまだ耐えられたかもしれないけれど、好きなんだもん。好きな相手にここまで見つめられたら居た堪れなくなるし、顔に熱だって集まってくる。さすがに赤くなった顔を見られるのはまずかろう。
というか、私の心臓もまずいんだが?!こやつどうしてくれよう…一発殴ってやればいいのだろうか。むむむ、と悩んでいると、伏見くんが急に吹き出した。え、今度はなに!

「ふ、ははっ先輩、百面相になってますよ」
「誰のせいだと思ってるんだ…!」
「俺のせいですか?」

そうですよ、その通りですよ!もうこの際、文句を言いまくってやろうとバッと顔を上げたら、伏見くんが初めて見る柔らかい笑みを浮かべていて言葉に詰まった。なんっ…なんって顔をしてるんだってば本当に!!何を言おうとしていたのかもわからなくなったんですけれども。
うなだれた私を見て伏見くんはまた楽しそうな笑い声を上げた。楽しそうなのは何よりですけど、その要因が私自身というのはなんとも解せない事実ですね。何なんだ、もう…さっきまでの緊張とか色んなもの返してよ…だるん、とテーブルに突っ伏せば、伏見くんの大きくて温かな手が頭を撫でた。

「先輩、顔を上げてくれませんか」
「やだ。」
「うわ、即答。…じゃあそのままでいいんで」
「……なに」
「俺―――常盤先輩のことが好きなんですけど」

つき合ってくれませんか。
………はい?予想もしていなかった言葉に、思考が停止するのを感じた。え、今伏見くんは私のことを好きだって言った?つき合ってくれって言った?私の聞き間違いとか、妄想とかじゃなく、『現実』で『今』言われたの?突っ伏したままパニック状態に陥って、尚更顔を上げられなくなっています。
ど、どうしようこの状況…!何か返さなくては、せめて一言くらいと思うのに、でもその一言が何も思いつかずどうにもできないってことに気がついてしまった。だけどずっとこのままでいても何にも進まないし、解決にもならない。それはわかっているんだけれど…!
冷や汗ダラダラでどうしよう、と回っていない頭で必死に考えていると、めっちゃ近くで名前を呼ばれた。それもめちゃくちゃいい声で。反射的に起き上がってしまったのは、お察し。

「なっ…ちょ、」
「やっと顔見れた」
「っ、……さっきの、マジなの…?」
「マジです。さすがにそんな冗談言いません」
「あ、ハイ…ですよね…」

うん、伏見くんがそういう子じゃないっていうのは知ってる。知ってるよ。

「あ、のさ、」
「はい」
「さっき言ったけど、私、春になったら就職でこの町を離れるの。隣県だからそんなに遠くはないけど、でも…気軽に会える距離じゃ、なくなるんです、よ」
「そうですね」
「だから、その……」
「先輩。…先輩の、素直な気持ちが俺は聞きたいです」

就職とか、引っ越しとか、そういうの関係なく―――貴方の気持ちが、俺は聞きたいし知りたい。
…ズルイ。そんな聞き方をされてしまったら、私の答えはひとつしかなくなっちゃうじゃないか。断らなければと思うのに、ありがとう、でもごめんねって伝えなくちゃいけないのに、…震える唇を開いた私が紡いだのは、真逆の言葉だった。

「すき、だよ。伏見くんが好き」
「―――うん」
「いいの…?そこまで遠くないとはいえ、一応遠距離だよ?」
「それでも俺は、他の誰かに先輩を渡したくはないので」
「う、ぇ、…じゃ、じゃあ…よろしくお願いします…!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

大学4年の秋―――伏見くんと私の関係は、後輩と先輩から恋人へと変化した。
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