その顔が見たかった、なんて


週末である金曜日。天鵞絨駅前は仕事が終わったであろう人でごった返している。そりゃそうだ、明日からは3連休なのだから。仕事から解放されて羽目をはずしたくなるのも、わからないわけではない。わからないわけではないし、どちらかと言えば私もきっとそちら側なのだけれど、そこそこの荷物を抱えている今は「浮かれてるのはわかるけど、ちょっとそこどいて」って気持ちなんだよね。
楽しそうに騒いでいる人込みを抜け、階段を降り、駅の改札を出た所でスマホが振動していることに気がついた。え、なんだろこんな時間に…さすがに職場からじゃないよね、招集かけられてもさすがに無理なんだけど…とジャケットのポケットから取り出してみたら、それは臣からの着信だった。

「もしもし、臣?」
『うん、お疲れ天音さん』
「お疲れー。どうしたの?急に電話なんて」

電話をしてくるのは何も珍しいことではないけれど、割と律儀で気を遣ってくれる臣は事前にメッセージを送らずに掛けてくることはそうそうない。たまーにあるけど、本当に急用がある時だけ。それはつまり、ないに等しいということ。だから今回は割と珍しいのである。
でも声音は落ち着いているし、いつもと何ら変わらない気がするなぁ。急用ってわけではなさそうだ。でもそうなると用件がとても気になる。今日は特に約束をしていたわけではないし。

『―――?天音さん、まだ外にいる?』
「え?ああ…今、駅前にいるから」
『あー…そういうことか。悪い、タイミング悪かったな』

申し訳なさそうに臣はそう言ったけれど、もう電車も降りてるし、私からしてみれば声が聞けるのはとても嬉しいからそんな謝らないでいいのにって思ってしまう。
でも臣は優しいからなぁ…そう言った所できっと困ったように笑うんだろう。

「タイミング悪くないから、臣の用件聞かせてよ」
『え?あ、いや…別に急用でもないから、あとでLIMEで…』
「今、電話繋いでるのに?」
『そうだけど、…出かける所だったんじゃないのか?』

んー…サプライズで、って思ってたけれど、いいか。言ってしまおう。ついでに臣の予定も聞いてしまおう。
明日から3連休だから天鵞絨町に帰ろうと思って、ついさっき着いたことを素直に話すと臣が珍しく「……は?」と固まってしまった。あ、これは3連休は用事があるパターンかなぁ。まぁ、そうだとしても実家でのんびり過ごせばいいだけの話だし…カメラも持ってきてるから、撮影しに散歩してもいいもんな。
久しぶりにアクティブな休日を過ごすことになるかもなぁ、と思っていると、臣はようやく我に返ったらしい。でもまだびっくりしているのか、「先輩、こっち帰ってきてるんですか?」なーんて懐かしい口調が聞こえた。

「そんなに驚いた?懐かしい口調になってるよ」
『いやだって、…ええ…?』
「ふふっそんなに驚いてる臣も珍しい」
『誰でも驚くだろ、こんなの…』

それもそうかも?私だって急に臣からそんなこと言われたら何言ってんの?って驚くと思う。きっと電話の向こうでは呆けた顔をしているんだろうなぁ。臣のそういう顔、結構可愛くて好きなんだよね。私。
クスクスと笑みを零していると、ようやく落ち着きを取り戻したらしい臣は聞き慣れた声音で今駅前にいるのか、と確認してきた。深く考えずにさっき着いた所だよと答えてしまったけれど、もしかしてこの人…迎えに来ようとしてる?
心の声がダダ漏れだったのか、彼は笑いながら迎えに行くに決まってるだろ、と言い切りやがりました。そうですか、決まってるんですか…さっきまで驚きまくってたくせに!!

『―――あのさ、』
「うん?」
『自惚れていいか?俺に会いに来てくれた、って』

そんな、…そんな声で、言わないでほしい。
じわじわと顔が熱くなってきて、めちゃくちゃ恥ずかしい。目の前に臣がいたら、一発殴ってたかも。でもその通りだし、嘘でも違うよなんて言いたくなくって…嘘はつきたくないけれど、素直にそうだよなんて答えるのも何だか悔しくって、聞き取れるか微妙な声量で自惚れればいいでしょ、って返した。
聞こえなかったって言われるかもなぁって思っていたけれど、嬉しそうに笑っていたからきっとバッチリ聞こえていたんだろう。臣が嬉しそうに笑ってくれるのはいいんだけど、その対価が恥ずかしすぎてどうしようって感じなんですが。

「…会ったら一発殴らせて」
『ははっ物騒だなぁ』
「今すぐ会いたくなるような、甘い声出す臣が悪い…!そんでもって私に恥ずかしい思いをさせた臣が悪い…!」
『どっちにしろ俺のせいなんだな。すぐ行くから、近くのカフェで待ってて』
「えっほ、ほんとに来るの…?!」

行っちゃダメか?って聞かれたけれど、それはもう問いかけというより決定事項のように聞こえる。だってその声の向こうで劇団員さんと思われる複数の声と何かを羽織るような衣擦れの音、臣の「ちょっと出かけてきます」って誰かに投げかける声、ガチャリとドアが開くような音―――ほら、もう来る気満々じゃん。私がダメって言っても何だかんだ丸め込んで来るに決まってるじゃん、この人。
臣は面倒見もいいし、めちゃくちゃ優しい人だけれど、その反面とてつもなく頑固な所もあるんだ。今みたいに。決して何が何でも譲らないってわけではないし、どんなことをしてでも我を通すような性格でもない。どちらかと言うと相手に譲ろうと一歩引いてしまうようなタイプだと、私は今までのつき合いで認識している。
いるのだけれど…時折、さっきみたいな頑固さを垣間見せることがある。そういう所も、嫌いではない。好ましいと思っている点の1つでもあるのだけれど…うーん、どうしたものか。天鵞絨町にいる、なんて言わなければ良かったかもしれない。会ったことはない監督さんに、心の中でごめんなさいと謝っておくことにした。

『天音さん?』
「いや、うん…なんでもない。近くのカフェで待ってます」
『はい、そうしててください』

また後で、と電話は切れた。これは走ってきそうだなぁ、と苦笑いを浮かべながら、荷物を抱え直してカフェへと足を向ける。時刻は21時になろうとしているけれど、あのカフェは確か23時くらいまで営業していたはずだ。ラストオーダーまでも時間はあるはずだし、問題はないだろう。
臣も何か飲むかな…わざわざ来させてしまうし、せめて飲み物くらい奢ってあげたいのだ。走ってくるかもしれないし冷たいものの方がいいか、いやでも大分冷えてきてるし温かい方がいい気もするんだよね。店頭に出されているメニューを見ながら悩んで2分ほど、やっぱり温かい方にしようと決めて店内へ。
手早く注文を済ませ、外の様子がよく見える窓際の席に座った。此処ならきっと見つけやすいし、見つけてもらいやすいと思うんだよね。温かいミルクティーをゆっくりゆっくり飲んでいると、走ってくる臣の姿が見えた。

「本当にいた」
「なに本当に、って。いるよ、嘘つくわけないでしょ」
「いや、そうなんだけど…なんか、あんまり実感なくって」

まぁ、帰るってあらかじめ言ってたわけでもないしねぇ。ついさっき突然、天鵞絨町にいるって言っただけだし。
そして地元を出てからこの2年、あまりこっちに帰ってきていなかったっていうのも理由のひとつなんだろう。臣が来てくれることの方が断然多かったもんなぁ。

「あ、これあげる。まだ温かいと思うよ」
「わざわざ買っておいてくれたのか?別に良かったのに…」
「こんな時間に迎えに来させちゃったお詫びと、あとお礼だよ。ありがとね」

だからどうぞ、と臣の手にカップを載せれば、今度は柔らかい笑みを浮かべて「ありがとう」と言ってくれた。うんうん、驚いた顔も可愛いけど、この笑顔も可愛いんだよね。それが直に見れただけでも帰ってきた甲斐があるわ。
さて、これからどうしようかな…せっかく会えたのならもう少し一緒にいたいけれど、臣は成人しているとはいえ大学生だ。見た目もそうだけど、かなり落ち着いてるからうっかり学生だってことも忘れちゃうけどね。
だからあまり遅くまで外出させるのもアレだし、何より寮での共同生活を送っているのだから尚更遅くに帰宅させたくない。泊まりなんて以ての外だ。…いや、さすがにもうそこまでうるさく言うほどではないのかな…学生とはいえ成人しているのだし?臣自身に判断を委ねるべきなのだろうか。まず、私は恋人ではあるけれど保護者ではないしな…うん。

「家まで送っていくんで、もう少し話してもいいか?」
「それは全然いいけど、…てか、家までそんなに遠くないしひとりでも大丈夫よ?」
「ダメに決まってるだろ、こんな時間に」
「ええ……」
「もし何かあったら、俺が後悔するからダメ」

だから家まで送らせて、と私の手を緩く握って微笑んだ臣は、どこか大人びて見えた。
-9-
prevbacknext
TOP