おかえり、奥様
どれだけの間、眞魔国を離れていたのかしら。上司の命で長い間、遠征をしていた私は新しい魔王陛下のことを文章でしか知らない。それだけで可愛らしく、素敵な方だというのはわかるけれど…やはり早くご本人にお会いしてみたいわ。
色々と面倒事を拾って来たり、自ら突っ込んでいってしまってはいるらしいけれど…それでもあの仏頂面の我が上司でさえ、手紙の最後に悪くはないと言わせてしまうなんてすごいわよね?あのお方は滅多に人をお褒めにならないんだもの。もういい大人だけれど、やっぱり褒められれば嬉しいと感じるし褒められて伸びる魔族だっているんですからね!
…っと、何だか話が逸れてしまいましたわね。えーっと、…あ、そう!新しい陛下のお話でしたわね。私は陛下に早くお会いする為、急いで帰ってきたのです。
何年ぶりかしら…ああ、でも血盟城の見た目は全く変わりないわね。場所が移動していたり、形が変わっていたらどうしようかと思っていましたけど安心したわ。
乗ってきた馬を厨に繋ぎ、足早に城内へと足を進める。久しぶりの帰還のせいか、色んな所から「おかえりなさいませ!閣下!」って声が飛んでくるのだけれど、よく皆私の顔覚えていらっしゃるわねぇ…ちょっと驚いてしまったわ。何年も顔を見ていない者を覚えているだなんてすごいことですもの。
ええと、とりあえず…執務室へ向かえば皆いるかしら。血盟城内に懐かしさを覚えながらも更に奥へと進んでいくと、綺麗なスミレ色の髪を持つフォンクライスト卿とバッタリ遭遇。あら、奇遇ねぇ。
「フェリシア…?貴女、フェリシアではありませんか!」
「お久しぶり、フォンクライスト卿」
「帰っていたんですね、何年ぶりでしょう」
「恐らく5年ぶりくらいかしら?お元気だった?」
5年、そう、たった5年だ。長命である私達魔族にとって、5年という月日は短く感じる方だと思う。けれど、それは決して寂しさとか懐かしさを感じないというわけではないのよ?その辺りの感情はちゃーんと持ってます。
久しぶりに顔を合わせたフォンクライスト卿と世間話をしながら、皆が集まっているという執務室へと案内して頂くことにしました。
程なくして到着した執務室に通された私を見て、そこにいた皆が目を大きく見開いて驚いていらっしゃいました。まぁ、失礼ね?そんなお化けを見るような目で見るなんて。私は死んでいないし、足もちゃんとありますのよ?そもそも我が上司であるグウェンダル閣下にはちゃんと白鳩便を飛ばしているのだから、私が帰ってくることくらい知っているはずなのに。それなのにどうしてそんなに驚いた顔をされているのかしら。
懐かしい顔ぶれの中にお一人だけ、見たことのない人を見つけた。綺麗な黒い髪に、黒の瞳…双黒をその身に宿している、ということは…この御方が我らの魔王陛下なのね。想像していたよりも幼い方、ふふ、本当に可愛らしい顔をしていらっしゃる。お義母様の言っていた通りだわ。
「フェリシア?!」
「皆、お久しぶりです。…けれど、グウェンダル閣下に帰還する旨はお伝えしていたはずなのだけれど」
「………あ。」
「あ、って…まさかグウェン、忘れてた?」
コンラートがそう問いかければ、罰の悪そうな顔でそっぽを向いてしまいました。珍しいこともあるのですね、あのグウェンダル閣下が報告を忘れてしまうなんて。…ああ、そうだ。先に魔王陛下にご挨拶をしなくては。
きょとんとした顔で辺りの様子を見ていた魔王陛下の前に跪き、頭を垂れると途端に慌てた様子が空気に乗って運ばれてきた。あらあら、反応まで可愛らしい方ですのね?この国を治める王なのですから、こういうことには慣れて頂かないと後々、大変かと思いますが。
「初めまして、魔王陛下。私の名はウェラー卿フェリシアと申します、以後お見知りおきを」
「あ、初めまして。渋谷有利です!」
「ふふ、お噂通りの元気な御方ですね?ユーリ陛下」
「どんな噂なのそれ…」
ああ、でも良かった。きちんとお会いすることができて。
確証があるわけでも、証拠があるわけでもない…けれどきっと、この御方こそが私の大切な人を絶望の底からお救いしてくれた方。出会って間もないけれど、この方を渦巻くオーラですぐわかる…とても優しく、陽だまりのように暖かい方なのだ、と。いつか、きちんとお礼をしなくてはなりませんね。
和やかな気持ちで陛下を眺めていれば、突然執務室の扉が開いた。それもものすごい勢いで。もう、誰ですかこんな非常識な開け方をするのは…
「義姉上!お戻りになってたんですね!」
「ヴォルフ、…扉はもう少し丁寧に開けなさいな」
「あねうえ…?あ、そういえばさっきウェラーって言ってたよな?もしかしてコンラッドのお姉さんか妹さん?」
あら?もしかして…
「コンラート、陛下に言っていなかったの?」
「ああ、うん、タイミングが合わなくてつい…ね。君がいないのに言うのもどうか、と思っていたのもあるけど」
まぁ、それは一理あるかもしれないわね。いきなりそんなこと言われても混乱してしまうかもしれないし、私がいない状態ではなかなか説明が難しいかもしれない。賢明な判断でしょうね、きっと。
自己完結をして改めて陛下の方へ向き直れば、状況がよくわからないという顔で首を傾げていらっしゃいました。完全に混乱してしまう前にしっかりと説明をして差し上げねば。
「ふふ、陛下。私はコンラートの姉でも妹でもないのですよ」
「へ?だってさっきヴォルフがあねうえ、って…」
「彼女は俺の妻なんです。ヴォルフラムにとって義理の姉ということ」
「つま、」
ええ?!つまって奥さん?!コンラッドってば結婚してたのー?!!!
驚きに驚きを重ねたような声が執務室中に響き渡り、眉をしかめ、思わず耳を塞いでしまった。この近距離で叫ばれるのはさすがにきついです、ユーリ陛下…驚くのも仕方ないとは思いますが、声の音量をもう少し下げて頂けると非常に助かりますわ。名づけ子の大絶叫にさすがのコンラートも苦笑を浮かべる他ないようで。グウェンダル閣下もいつも以上に眉間にシワを寄せていらっしゃるし、ヴォルフなんて余程堪えたのかきゃんきゃんと吠えてしまっているじゃない。
…そういえば、ユーリ陛下は手違いでヴォルフに求婚をしてしまったんだっけ。いまだに婚約者という名目のようだけど、
「ユーリ陛下、いつヴォルフと式を挙げますの?」
私からすればただ疑問に思ったことを口にしただけのつもりだった。けれど、その一言に陛下は再び大絶叫。隣にいたヴォルフはその声量に驚きつつも、私に詰め寄ってきて「やはり義姉上もそう思いますよね?!」と叫び倒す。更にはフォンクライスト卿が「陛下は私のものですー!!」と半ば白目を剥いていらっしゃるし。あれはちょっと怖いですわね。
それにしても…もしかして私、とんでもない地雷を踏んでしまったのかしら?阿鼻叫喚の図と化してしまった執務室を見渡して、コンラートに視線だけで助けを求めてみる。けれど、私の視線に困った笑みを浮かべるだけで…彼もこの状況をどうしようか、と思い悩んでいるようです。うん、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
「はあ…全くいつまでも騒がしい奴らだ。フェリシア、あとで報告に来い。私は自室に戻る」
「かしこまりました、閣下」
あの方、収集がつかないからって放り投げやがりましたわね。気持ちはわからないでもないですが、閣下が一発雷を落とすのが一番の薬だと思うのだけれど…面倒になったのかもしれないわね。
「少しいない間にずいぶんと賑やかになったものね、血盟城も」
「君がいた頃よりは確かに明るくなったかもしれないね。…そうだ」
「どうしたの?コンラート」
「おかえり、フェリシア。待ってたよ」
「…ええ、ただいま」
目の前で繰り広げられている修羅場に苦笑しながら、そっと彼の手に触れた。
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