秘密のお茶会
今日は城下へ見回りで不在の夫に代わり、陛下の護衛をしています。…と言っても、執務をしている陛下の補佐なんですけれどね。だってグウェンダル閣下も、フォンクライスト卿もいますから護衛がいなくてもこの部屋にいる限りは何の問題もないんですもの。本当に護衛が必要なのは外に出る時なんじゃないかしら。ああ、城内でも中庭に行かれる時は護衛がいるといいわね?何が起きるかわからないし。
そんなわけで午前から陛下のお傍にいるのだけれど…少し疲労の色が濃くなってきたかしら。書類が溜まっていたから、お昼休憩もそこそこにずーっと書面と睨めっこしてサインをし続けているものね。うーん、あまり根を詰め過ぎると効率も落ちるからよろしくはないのよねぇ。
閣下とフォンクライスト卿から渡された書類にざっと目を通し、急を要するものとそうでないものに仕分けをしていく。ええと、急を要する書類は…あと30枚程ですね。つまり、これを終わらせれば少しは休憩してもお2人に迷惑をかけないで済む、ということだ。
「陛下、この書類の束が終わったら少し休憩にしましょうか」
「えっマジ?!」
「おい、フェリシア…」
「大丈夫です、急を要するものを優先的にやって頂きますから。お2人も少し休憩された方がよろしいかと思いますが?」
脳の使い過ぎは体に良くないんですよ?特にグウェンダル閣下は無茶をするきらいがあるのですから、程良く休まれないとそのうち倒れてしまうわ。
にっこり笑ってそう捲し立てればフォンクライスト卿は苦笑い、グウェンダル閣下もぐっと押し黙ってくれました。うん、私の勝ちね。さて、休憩する目星もつけたことですし…その間に私も自分の仕事をさせて頂くとしましょうか。あらかじめ閣下から預かっていた書類を自分のデスクの上(そのまま残されていたことに驚いた)に広げ、ペンを走らせる。
それから1時間ほど経ち、ユーリ陛下に渡した急を要する書類は綺麗に片付いたようだ。あとは今日中には終わらせて頂きたいけど、そこまで急がなくていい書類だけ。…と言っても、厚みが30cm程ありますけどね。今から少しだけ休憩をしたとしても、まぁ、集中して頂ければきっと夕方には終わることでしょう。
「ようやく休憩だ〜〜〜〜〜っ…!」
「お疲れ様です、陛下。すぐお茶の用意を致しますね」
「フェリシア、少し出てくる。休憩は1時間で切り上げさせろ、絶対だ」
「はい、承知致しました」
「私も席を外しますね、また後程」
お2人の分のお茶も用意するつもりだったのだけれど、やっぱり忙しいんですのね。用意する前で良かったかもしれない、お茶が無駄にならずに済んだもの。
…あ、そうだ。1時間も休憩時間を頂けるのなら―――
「ユーリ陛下、中庭で休憩しましょうか」
場所は変わって、血盟城の中庭。
朝からずっと執務室に籠りっきりだったので、気分転換と日光浴も兼ねて外でお茶にすることにしました。此処は日当たりが良くてとても気持ちの良い場所だから、お疲れを癒すには絶好だと思ったんです。私の読みは当たっていたのか、とても気持ち良さそうに芝生の上に寝転んでいらっしゃる陛下のお姿。
そのお姿に頬が緩むけれど…一国の王としてはきっと怒られる行為なのでしょうね。私はそこまで気にする質ではないので何も言わないけれど、グウェンダル閣下やフォンクライスト卿、そしてヴォルフ辺りが見たら烈火の如く怒るんでしょうね。コンラートは私と一緒で微笑ましく眺めていそうだわ。ここ数日でわかったけれど、ユーリ陛下にとても甘い人だから。溺愛、…とは違うかもしれないけど、本当に大切にしているのだというのは瞳を見ればわかる。綺麗な虹彩を散らした瞳が甘く、そして優しく細められているのをよく見るようになった。
「お茶が入りましたよ」
「わっありがと、フェリシア!」
「今日のお茶菓子は陛下お気に入りのタルトです、どうぞ」
「うっわー!今日のも美味そう」
嬉しそうに、美味しそうに紅茶やタルトを口にするお姿は少年そのもの。私達、魔族の年齢は見た目×5だけれど、ユーリ陛下は見た目=年齢、と考えて支障ないらしいのです。
聞いたところによればユーリ陛下はチキュウのお生まれで、15歳まであちらで育っていたそうな。今でもこちらとあちらを行き来する生活らしくて、私が帰還する数日前にこちらへやって来たらしい。故郷が2つあるというのはとても羨ましいけれど、行ったり来たりを繰り返すのは大変でしょうね…私は行ったことがないけれど、とても素敵な所だと一度だけチキュウに行った彼が楽しそうに話してくれたのを覚えてる。
陛下の隣に腰を下ろしてカップに口をつけていると、大きな黒曜の瞳がこちらをじーっと見上げていた。如何なさったのかしら…紅茶のおかわり?と思ったけれど、ついさっき淹れたばかりだからそれはあるはずがないわね。まだタルトも食べ終わっていないし、かといってフォークがないわけでもないから…何か不自由があるというわけではなさそう。ううん、全くユーリ陛下がこちらを見上げている理由がわからないわ。
「陛下?」
「あ、ごめんな?じーっと見ちゃって!」
「いいえ、構いませんけれど…何かありまして?」
「そういうわけじゃないんだけど、…フェリシアってコンラッドの奥さんなんだよな?」
小首を傾げてそう尋ねられたので頷きを返せば、「結婚してどれくらい?」ともう1つ質問が飛んできた。ああ成程、先程から私を見ていたのはそれを聞きたかったからなのね。ふふ、陛下もお年頃というやつですのねぇ人の色恋事に興味をお持ちになるなんて。それにしてもコンラートは本当に一切、私のことをお話してなかったのですね。
結婚したのは13年程前だ、と告げれば「なっが!!」と驚いた顔をされてしまいました。…そんなに驚くような年数なのかしら?私達にとってみれば13年なんてあっという間に近いのだけれど。陛下はチキュウでお生まれになって、育たれたから時間の感覚が違うのかしらね。
「んじゃ、コンラッドとは付き合い長いんだ?」
「恋人という関係になったのは15年程前のことですが、彼の部下でしたので…まぁそれなりには」
私以上に付き合いが長いのはグリエでしょうね、彼はコンラートの幼なじみだから。…まぁ、ほんの少し変わっていらっしゃる方だけれど、悪い人ではない。同じ隊にいて共に死線を潜り抜けてきたのだから、そのくらいは心得ているわ。そういえば最近、あまり姿を見ないけれど元気にしているのかしら?
ユーリ陛下のお話に耳を傾けながら、彼の人を思い出していると正にその人物の声が聞こえた気がした。あらいやだ、私もついに幻聴が聞こえるようになってしまったのかしら。そんなに歳をとっているつもりはないのだけれど、体はいうことを聞かなくなるものなのかもしれませんね。
「ちょーっとフェリシアちゃん?アンタわざと無視してるだろ…」
「あら、幻聴かと思いましたわ。…お久しぶりね、グリエ」
「れ?ヨザックとフェリシアって知り合いなの?」
「俺と彼女は隊長の部下だったんでねー」
「…あ、そっか。そういえば、前にそう言ってたね」
どうやらグリエは先程、任務先から帰還したそうです。裏口から入って近道にこの中庭を通ろうとしていたら、聞き覚えのある声がしたから来てみたんだそうよ。そうしたら陛下と私がお茶しているのが見えたから声をかけた、ということみたい。まぁ、グリエの言う通り気がついてはいましたけどね。彼が傍にいることに。
空いたままだった椅子を勧め、グリエの分の紅茶も用意することにした。きっとグウェンダル閣下の元へ報告に行くのでしょうが、生憎あの方は今、席を外している。いる場所は大体予想がつくけど、…今は趣味に没頭している時間でしょうから少しお1人にしてあげた方が都合がよろしいでしょうね。閣下が小さいもの、可愛いもの好きなのは周知の事実だけれど、無暗に邪魔をすることもないでしょうし。普段、とても苦労をしていらっしゃるようだし?お1人の時間はしっかりと与えて差し上げないといけませんもの。
「ヨザックは付き合ってた頃のコンラッドとフェリシアのこと知ってるんだよな?」
「ええ、付き合い始めから結婚するまで、更に言えばつい最近のことまでよぉーく知ってますよん」
「ちょっとグリエ、陛下に変なことを教えないでくださいな」
「…あ、最近のことで思い出した。フェリシアって何処かに行ってたの?」
そういえば、私が此処に帰還したのはつい数日前のこと。ユーリ陛下が魔王に就任されたのはもう1年ほど前でしたっけ…今まで一度も会っていなかったのだし、疑問にも思うわよね。
淹れたての紅茶のカップをヨザックに渡しながら、5年ほど任務で離れていた旨を伝えればひどく驚いた顔で立ち上がられた。おまけに大きな声で叫びながら。…ですから陛下、お元気なのはとても喜ばしいことなんですけれどね?少し声量を押さえて頂かないと、至近距離は厳しいんですのよ…!
「どーしたのよ坊ちゃん、急に大声なんか出しちゃって」
「え、いや、だって…フェリシアってコンラッドの奥さんなんだろ?それなのにそんな長期で任務とかアリなの?!」
「私からしてみれば、陛下が何にそんなに驚いておられるのかがわかりません」
「だからさ、結婚したら同じ家に住んでずっと一緒にいるもんなんじゃないの?そりゃ共働きの夫婦なんてごまんといるだろうけど、でも長期滞在とか…!」
「こちらでは割と普通なのでは?それに私は軍から籍を抜いたわけではないですしね」
コンラートの部下ではなくなったけれど、その後にグリエと共にグウェンダル閣下の隊に籍を置くことになったので。結婚してからはあまり戦争に駆り出されることはなくなったし、仕事は主に練兵への指導や士官学校での臨時講師だ。けれど、命令さえあればこの間のような長期任務へ赴くことだってあるのです。頻度が減った、というだけで全くなくなったわけではありませんからね。
陛下はどうやらコンラートとの時間が少なくなることを心配しておられるみたいですけれど…実は心配には及びませんのよ?だって、それで文句を言うような人だったら結婚を機に軍から籍を抜け、と言われているはずですもの。でもあの人は一言もそんなことを言わなかったし、むしろそのままでいいと笑ってくれたくらいなの。ですから、陛下が心配するようなことは、一切ないんです。お気持ちはとても嬉しかったですけど。
「ふふ、コンラートも承知の上ですから。それに任務に行っている間も白鳩便で近況を教えてくれたり、連絡も取っていましたし」
「何気に隊長もフェリシアちゃんにベタ惚れだからな〜最初はアンタの方がベタ惚れだったのに」
「あら、今だって私はあの人にベタ惚れですわよ?」
「はいはい、ごちそーさまです」
「何か意外だ、…フェリシアってキッパリハッキリ惚気られちゃう人なんだね」
「彼女は昔からそうなんでさぁ。その辺に関しては男より男らしーかも」
3人で話していれば1時間の休憩なんてあっという間。
いい気分転換になったらしい陛下は、まだ残っていた書類の束を夕方までに片づけてしまったのでした。
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