愛しい時間
夜の見回りを終えたのは明け方近く。遠くの空が徐々に白み始めていて、直に朝日が昇り始めるであろう時間帯。もう少ししたら皆さんが起き始めて、城内が賑やかになる頃ですね。
私と同じく徹夜をしてるであろう門番の方々にご挨拶をして、私は足早に自室へと向かう。特に何があるというわけでもないけど、それでも急いでしまうのは…自室には愛しい旦那様、コンラートがいるからなんでしょう。彼の顔を思い浮かべるだけで顔には自然と笑みが浮かんでしまう。グリエに見られるといつでもからかわれてしまうけれど、どうしたって緩んでしまう表情は仕方ないことでしょう?陛下や閣下の前ではきちんとしているのだから、少しは許してくださいな。
そう言うと彼はいつも、自分だけに惚気るのはやめろ!と呆れ顔になるのだけれど。
そっと自室へ繋がる扉を開けて、忍び足で中に体を滑り込ませればベッドから穏やかな寝息が聞こえてきた。…あら?もうそろそろ起きている頃かと思っていたんだけど、…予想が外れたわね。まだぐっすり夢の中だったみたい。
彼が起きていたのなら早々にシャワーを済ませて、陛下と共にロードワークに行くのを見送って休もうと思っていたのに。なのに、まだこんな気持ち良さそうに眠ってるなんて思わなかったわ。ふふ、寝ていると実年齢よりずぅっと若く見えるわねぇ…相変わらず整ったお顔だこと。
きちんと私が眠るスペースを空けてくれているのは、もうクセのようなものなんでしょうね。だってそうでしょう?真夜中に戻ってくるならまだしも、今日は明け方近くまでかかるからと先に告げてあったんですのよ?それなのに空けてくれているなんて…無意識やクセだとしか思えませんもの。
ああもう、何て―――――
「何て可愛らしいお人なのかしら、コンラート」
「…俺は君の方がずっと可愛らしいと思うけどね、フェリシア」
「やだ、起きていたの?」
「いや、…君がそこに座った振動で目が覚めた。ぐっすり寝入ってたみたいだ」
「良いことだわ。ただでさえ貴方は気配に敏感で、あまり熟睡しないんですから」
起き上がったコンラートの髪を手櫛で整えてあげればくすぐったそうにクスクスと笑っている。でもその笑みがとても穏やかで、彼に悟られないようにそっと息をつく。…本当に、良い顔で笑うようになってくれた。昔の刺々しい笑みが嘘のようだわ。
今でこそこんなにも穏やかで、いつでも笑みを絶やさない爽やか好青年な彼だけど、昔―――ルッテンベルクの獅子と呼ばれていた頃は本当に見ていられないくらいだったもの。刺々しくて、やさぐれていて…正直、近寄ることが少し怖かった。それに拍車がかかったのは戦に勝利したのに、彼の大切な友人…ジュリアを失くした時ね。
今にも死んでしまうのではないか、って1人ハラハラしていたのよ?貴方はきっと知りもしないでしょうけど。
「おかえり、フェリシア。何もなかった?」
「ただいま、コンラート。ええ、素晴らしいくらいに平和だったわ」
「それなら良かった。俺は陛下とロードワークに行ってくるけど、君はシャワーを浴びて休むといい」
「ええ。午前中は休暇をもらっているし、そうさせてもらいますわ」
「じゃあ昼に起こしにくる。昼食は一緒に食べよう」
チュ、と頬にキスを1つ。それを合図にコンラートはベッドを降りて着替えを出しに衣裳タンスへ、私は汚れを落とす為にお風呂場へと姿を消した。
お湯に浸かりたいけど、今から溜めていたら時間がかかってしまうし…と、半ば諦めて浴室のドアを開けるとバスタブには並々と白濁のお湯が溜められていて。一体、誰が…と一瞬思ったけど、此処は私と彼の私室だ。私がしたのでなければ、彼がしたに違いない。私達は揃って世話役はいらない、と言い切っているからメイドがやったってこともないでしょうしね。
体を軽く流してから浴槽に沈めば、ほど良い熱さのお湯が心地良い。これは、…少しでも気を抜いたら眠ってしまいそうに気持ちがいいわね。気をつけなくちゃ、こんな所で眠ってしまったらコンラートに叱られてしまうもの。
―――コンコン、
「はぁい?どうしたの、コンラート」
「ロードワークに行ってくるよ。…フェリシア、間違っても風呂場で寝ないように。いいね?」
「う、…わかってるわ。いってらっしゃい、コンラート。気を付けてね」
「ああ。それじゃあまた後で」
やっぱり何でもお見通し、って感じねぇコンラートは。
よし、眠気が襲ってこないうちにさっさと髪と体を洗って上がってしまいましょう。
…ん、何の音かしら…何か、紙を捲る音のような、そんな小さな音が耳に届いたような気がした。でも今、この部屋にいるのは私だけのはずなのに。それとも誰かいるのかしら。
ふわふわと気持ちの良い暖かさに微睡んでいると、ゆっくりと優しく髪を梳かれた。重い瞼を開けてみれば、そこには真剣な眼差しで本を読んでいるコンラートがいた。ああそうか…紙を捲るような音は彼がページを捲っている音だったのね。
「コンラート…?」
「ああ、ごめん。起こしちゃった?」
「大丈夫…それに起こしに来てくれたんでしょう?」
「そうなんだけど、…君があまりにも気持ち良さそうに眠っているから、起こすのが忍びなくて」
「まぁ、相変わらずお上手だこと。いつからそこにいたの?」
体を起こして思いきり伸びをすれば、ぼんやり半分夢の中だった頭が少しだけスッキリしたような気がするわ。でもまだダメねぇ…徹夜なんて慣れているはずなのに眠くて仕方ないわ。ふわ、と欠伸をしながらコンラートの話を聞いてみれば、彼は何と1時間ほど前にこの部屋にやってきていたらしい。
もう、…そんな前に来ていたならもっと早く起こしてくれたらいいのに。此処はコンラートの自室でもあるから暇つぶしの本は腐るほどにあるけど、でも空腹は食事をしない限りどうにもできないんだから。こういう優しい所、決して嫌いではないんだけどもう少し主張したって罰は当たらないと思うのよ。
いまだ楽しそうに私の髪をいじっている彼にそう告げれば、君の寝顔見ていれば然程気にならないよ、なんて他の人に言われたら歯が浮いてしまいそうな程にキザなセリフ。…だけど、このお人が言うとどうしてか様になってしまうんだから不思議だわ。
ああ、そんなことより早く準備をしてお昼を食べに行かないと。私もさすがにお腹が空いてきたわ。
「今日のお昼は何かしら」
「確かホットサンドとサラダだったと思うけど。デザートはフルーツ、だったかな?」
「まぁ、美味しそう!さ、準備も終わったし行きましょうコンラート」
「はいはい。お手をどうぞ?我が姫君」
「ふふっコンラートったら」
恭しく差し出された左手に右手を重ねれば、そっと壊れ物を包み込むかのように優しく手を繋がれた。
何て穏やかで、素敵で、幸せで、…愛しい時間なのかしら―――――
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