嫉妬くらいします
フェリシアは心が広そうだよね。
そうにこやかに言ってのけたのは、我らが主君であるユーリ陛下。どうしてだ、と聞き返してみれば、コンラートがメイドの女の子達と和やかに話してても何にも言わないしと答えが返ってくる。…ああ、成程…心が広そう、の真の意味は嫉妬しないんだね、でしたか。
まぁ、あの方は昔から女性にモテる方ではありましたけどね。それこそ引く手あまた、というくらいに。でもそうか…陛下の目に私はそのように映っていたんですね。けれど、申し訳ありません。私は貴方様が思っているように心が広いわけでも、嫉妬をしないわけでもありませんの。
「どっちかっつーと嫉妬心ばりばりあるよな」
「…その言い方は少し、カチンときますけどまぁ…否定はしませんわ」
「見た目はめちゃくちゃ清楚で大人しそうなのに、腹ん中は真っ黒ときたもんだ」
「もう、グリエ。変な言い方はよしてちょうだい」
確かにあのお人が私以外の女性と楽しそうに話しているのを見ると、腸が煮えくり返りそうになっていますけどね?上手く笑みで隠して周りにはバレないように気を使って。
私も知ってる女性なら何の問題もありませんのに、メイドの方や城下町の店員など…名前も知らない女性達と仲良くされるのは見ていて気持ちの良いものではありませんわ。それは好きな人がいれば誰だって思うことでしょう?
紅茶を飲みながらグリエに言われたことを頭の中で反芻、…してたらちょっと落ち込みそうになりました。
嫉妬してしまうのはまぁこの際は仕方ないとしても、それをコンラートに知られてしまったら…嫌われてしまうのではないのか、という不安に押し潰されそうになる。ずっと好きで、恋焦がれて、それでようやく手に入れることが出来た愛しい大切な人なのに、こんなにも真っ黒な感情を抱いてると知られてしまったら…嫌がられてしまうかもしれない。
「嫉妬、って…しない女性の方が可愛らしいのかしら」
「は?何だ、急に」
「だって嫉妬って醜い感情でしょう?そんなもので縛られてしまったら、窮屈ではない?」
グリエの顔にはそんなこと今更気にしてんの?と呆れの色が浮かんでいるけれど、唐突に気がついてしまったんだから仕方ないじゃない。
「お前、隊長と結婚して何年経ってんのよ…」
「………13年」
「付き合ってた時期いれると?」
「15年だけど…」
「それだけ一緒にいりゃあ、そういう一面があるってことあっちだって知ってんじゃねーの?」
確かにグリエの言う通りではある。それなりに長い付き合いをしているのだから、そのくらいのこと聡い彼ならとっくに気が付いてるとは、思う。それで敢えて何も言ってこないのならば、それはきっとそのままでいいという意味合いを持っているのでしょう。そう思っていても気になって仕方ないのは、コンラートが誰よりも優しいから。優しいあのお人は、我慢をしてしまっているのではないか…と、思ってしまうの。
溜息と共に言葉を吐き出せば、それこそバカらしいと今度こそ呆れられてしまいました。…まぁ、私自身も今更だと思っているし、馬鹿馬鹿しいとも思っていますけどね。
「だって、…」
「女の子は多少、嫉妬してる方が可愛げあると俺は思うぜ?従順過ぎんのも困りもんだろ」
これは俺の好みだけど、とカラカラ笑うグリエの姿を見て、少しだけ胸のつかえが取れたような気がするわ。言い方は時々引っかかるけど、でもグリエはハッキリと物事を告げてくれるから変に気を使われることもないしとてもわかりやすかったりする。だから、何か不安があったりするとつい、彼に相談してしまうのよね。
その度にまたかよって顔をするクセに、話を聞かないっていう選択をしないんだから。この人の世話焼きはもう性格なのかもしれないわね。昔から面倒見が良かったから。
私の気持ちがすっきりしてからは何でもない世間話に花を咲かせて、気が付けばかなりの時間が経っていた。あら、そんなに夢中になっていたなんて…私もグリエも今日は仕事が休みで助かったわね。休憩中のお喋りだったら今頃、グウェンダル閣下にこってり絞られている所だもの。
カップやポットを片していると、廊下の向こう側にコンラートの姿を見つけたような気がした。気のせいかもしれないけど、こっちを見ていた…ような気が?あ、こっちに来た。
「フェリシア、此処にいたのか」
「ええ、お休みだったのでグリエとお茶をしていたんです」
「ま、そーゆーこと。…俺にまで嫉妬してたらキリないぜ?たーいちょ」
「ッ、ヨザ!」
「2人してコソコソと何のお話をしてますの?」
「…いや、何でもないよ」
「フェリシアちゃん、片付けなら俺がやっとくから戻ってていいぜ」
ほら、戻った戻ったー、と背中を押されてしまったら、これ以上何も言えないじゃない。大人しく自室に向かって歩き始めれば、隣を歩いていたコンラートに痛いくらいに手を握られた。どうかしたのか、と顔を上げてみれば、少しだけ険しい表情をしていて…もしかして執務中に何かあったのかしら?
絶やされることのない笑みすら消えてしまっている彼を見て、胸を不安が過る。陛下に何かあったのか、それともまた何か不快に思うことを言われてしまったのか…ねぇ、お願いだからそんな顔をしないでちょうだい。
「コンラート?」
「…ん?」
「どうかしたの?何だか、…機嫌が悪そうだわ」
「!………そう、そうだな。少し不機嫌かも」
「何か、ありました?」
少し俯き気味の顔を下から覗き込むようにしてみれば、そのままぎゅうっと抱きしめられてしまいました。突然のこと、というよりは、誰が来るかもわからないこんな所で彼がこういうことをしたことにびっくりしている私がいます。だってコンラートという人は、きちんと公私を分けているから。抱きしめたり、キスをする時は必ず自室でというのが私達の暗黙の了解のようなものだったんです。付き合っている時から、ずっと。
びっくりはしたけれど、今の所人が来る気配はありませんし…少しくらいなら、と思ってそのまま彼の背に腕を回した…までは良かったんですけど、あろうことかこんな場所でキスを、された。
「んんっ…ふ、ちょっとコンラート…!」
「…ごめん、少しだけ我慢して」
そう苦しげに呟いたかと思うと、私の体を壁に押し付けてまた降ってくるキス。触れるだけの軽いものかと思っていたら、ぬるりと舌が入り込んできてそのまま絡め取られてしまった。こんな深いキスをされたら立ってなんていられないのに…!
段々、足に力が入らなくなってきて崩れ落ちそうになった時。寸での所でコンラートが抱き留めてくれて事なきを得たけれど、もう、急に何てことをしてくれるの…!!
「腰、抜けちゃった?」
「またそんな意地悪言って!…でも腰が抜けたのは本当だから、部屋まで運んで頂戴…」
「わかってるよ」
さも当然、とでも言うようにお姫様抱っこで部屋まで運ばれたんだけど、これ恥ずかしくて仕方ないわよ!場内を見回っている兵やメイドに会わなくて良かった…誰かに見られてしまったら赤面どころの騒ぎじゃないわ。
「…それで?どうしてあんな所で?」
「―――…聞いても、笑わない?」
「?どうして私が笑うのよ」
「いや、どうにも下らない理由だから……さっき、ヨザと楽しげに話してただろう?それを見かけたら、ついね」
ね?下らないだろう?
そう言って貴方は苦笑を浮かべたけど、それはグリエに嫉妬していたということ?私が貴方と楽しそうに話す女性に嫉妬していたように、…嫌だと思ってくれていたってこと?コンラートはそういうの気にしない人だと思っていたけど、もしかしてそんなことなかったのかしら?
素直に疑問を口にしてみれば、少しだけ顔を赤くして嫉妬くらいするよ、と返ってきた。その言葉を聞いて、不貞腐れたような顔を見て、何だか安心したわ。貴方も私と同じなんだ、って。
「…コンラートは、嫉妬する女性はお嫌い?」
「されすぎるのは困りものだけど、…でも愛されてるって実感できるからね。可愛いと思うけど」
「そう、良かった。私も貴方から嫉妬されるの嫌じゃないわよ?愛してる、って証拠なんでしょう?」
「うん。……ねぇ、さっきの続き、してもいい?」
「いいわよ。ただし、夕食に遅れないようにお願いしますわ」
「かしこまりました」
クスリ、と微笑み合って、私達は柔らかいベッドに体を沈めた。
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