傍に、いて。
「珍しいわね、貴方が怪我をするなんて」
飲み物を用意しながらそう声を掛ければ、罰の悪そうな顔で視線をそっと逸らしたコンラート。その顔はどこか拗ねているように見えて、クスリと笑みが漏れた。でもここでうっかり笑ってるのがバレてしまったら、余計に怒ってしまいそうだし気をつけなくちゃ。紅茶を淹れてソファに腰掛けているコンラートに手渡せば、いつも通りの笑みでありがとうと返された。
今から遡ること3時間ほど前―――ユーリ陛下と共に城下へ視察に出て行ったコンラートが、珍しく怪我をして帰ってきた。前線に出ていた頃はこんなことしょっちゅうだったし、訓練中に小さな傷を負うことだって少なくない。だから、私はそこまで驚きはしなかったの。心配はしましたけど、でも彼自身がケロッとしていたし治療してくれたギーゼラがすぐに治る、と言っていましたしね。
大変だったのは陛下。ある程度予想はしていたけれど、やはり彼が怪我をしたのは陛下を庇ってのことだった。急に陛下をよく思っていない人達が襲ってきたらしく、それで腕を切られてしまったらしいの。だからあの方は自分のせいだ、と真っ青になってしまっていて…どれだけコンラートとギーゼラが大丈夫、と言ってもダメだったのよね。ずっと肩を震わせて泣きそうになっていたんですの。ごめん、と何度も何度も口にして。
「俺の警戒が足りなかったせいなのに、…ユーリには悪いことをしちゃったな」
「大分落ち着かれたみたいだけど、まだ少し落ち込んでいらっしゃるみたい。さっきグウェンダル閣下が教えてくれたわ」
「…そうか。ユーリが落ち込むことじゃないんだけどね」
「人の痛みを自分の痛みのように感じてしまうのが、今の陛下なのでしょう?悪いことではないわ、心配ではあるけれど」
ユーリ陛下は眞魔国を統べる王だ。この国を素晴らしい国へと変えてくれた、誰よりも何よりも大切な御方。大好きだから、死んでほしくないから、大切だから…だから私達は守ろうとする。それこそ自分の命に代えても、だ。…けれど、陛下はそれを是としない人で。きっとあの人は守られることに慣れていない、自分を守ることで誰かの命が失われていくことを何よりも嫌っているように感じるの。
―――王は、守られるべき存在。
私は軍に所属しているし、前線にいた経験もあるからそのことに何の疑問も抱いていないのだけれど。異世界で育ったあの方にとっては、そんなのおかしい!ってことみたい。誰にも死んでほしくない、といつだって願ってくれている優しい人。
だからきっと、戦争はしたくないと声を大にして主張するのでしょうね。
「とりあえず、貴方はギーゼラの言う通りしばらく安静になさい。それで早く治してくださいな」
「…うん。それが一番、ユーリを安心させてあげられる…かな」
「ええ、その通りよ。…私もその方が、安心」
傷にさわらないようにそっと腕に触れる。この人が怪我をするのは初めてじゃないし、それこそ昔はもっとひどい怪我を負っていたことだってある。重傷だったことだってあるくらい。
だから、今回の怪我は心臓が止まりそうとか、そういうのはなかったけれど…でも心配はやっぱりするものなの。だって夫が怪我をして心配しない妻なんていないでしょう?
心の内で良かった、と呟き、そっと息を吐く。
「心配かけちゃったかな?」
「当たり前でしょう?慣れてはいますけど、…そのくらいして当然でしょうに」
「そうだね。俺も君が怪我をして帰ってきたら心配するし」
「けれど、そんなにひどい怪我でなくて安心しましたわ。…まだ痛む?」
「いや、今はそうでもないよ。動かすとまだ痛みは走るけど」
そう言って苦笑を浮かべるコンラートの顔色は悪くない。それを見てようやくホッとしたような気がした。
私自身、軍人ですから覚悟なんてとっくの昔にしてますし、彼と結婚する時にも改めて覚悟をしていたつもりだった。いつ命を落としても、って。でも、だからと言って怪我をして平然としていられるかと問われたら、それは否ですわよね。やっぱり。出来ることなら怪我はしないで頂けた方が私としては嬉しいですし。
「…軍人であり、更に軍人の妻である私がこんなことを言うのはおかしいかもしれませんが、」
「ん?」
「私の知らない所で、…死んだりしないでくださいな」
「フェリシア…?」
「覚悟はしていますわよ?戦争になったら死に目に合えないかもしれない、いつ命を落としても不思議ではないって」
ユーリ陛下が即位してから戦争が起きることが少なくなった。もちろん、村での反乱や小さな諍いはなくなってません。そこから戦争になりかけることだってありましたし、それにまだ人間の国は眞魔国を恐れて戦争を仕掛けてくることだって少なくない。
だから、いつどうなるかなんてわからない…いつ戦争が起きるかわからない。もしかしたら明日、いきなりコンラートがいなくなることだって全く有り得ないというわけではありませんよね?
それなのに、それを怖いと―――嫌だと思ってしまった。置いていかれたくなど、ないって。
そんなこと言ったってどうしようもないですし、ただの我が儘にしかならないことは承知しているんですが…どうにも心がついていっていない気がします。
「きっと俺が怪我をしたから、不安にさせてしまったんだろう。…ごめん、フェリシア」
「…いいえ、貴方が謝ることありませんわ。コンラート」
「死なないよ、って言いきれないのが悔しいけど―――けど、君が帰りを待ってくれている限り、俺は此処に戻ってくるよ」
君の隣は、俺の居場所で特等席なんだろう?
いつもの笑みを浮かべてそう言う彼に小さく頷けば、額にそっと唇が触れる。まるで、帰ってくると誓うような口づけ。
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