誓いの指輪
陛下とコンラートの日課となっているロードワークに気紛れに参加をし、それを終えてから軽くシャワーを浴びて朝食。いつも通り陛下の護衛へと向かう彼を送り出す。普段は私も一緒に部屋を出るのですけれど、今日は生憎お休みを頂いているので、お見送りだけ。
部屋の掃除を簡単に済ませて何をしようか、と本棚を物色し始めた時、ほんの数十分前に出て行ったばかりの旦那様がひょっこりと帰って来たのです。あら?今日はコンラートもお休みだったのかしら?でも陛下の護衛ですもの、あまり休みは多くなかったはずなのですが…一体、どうしたのかしら?
「コンラート?どうしたの?」
「…うん、何と言うか…今日は休め、と陛下とグウェンに言われてしまって」
「え?閣下にまで?」
あの御方はとてもお優しい方だから、働き詰めなコンラートの体を気遣ってくれたのかもしれませんが…閣下はどうしてそんなことを?あの方だってコンラートに負けず劣らず無理をされていると思うのだけれど。あの方もお休みを頂いた方が私は良いのでは、と思ってしまいますわ。
考えてもどうしてそんなことを言うのかわからなくて、自然と首を傾げてしまう。それを見てコンラートが苦笑しつつ、言葉を紡いだ。私は彼の言葉にあんぐり口を開けることになってしまったのだけれど。
「ほら、今日は俺達の結婚記念日だろう?それで2人で過ごせ、と半ば無理矢理休みにされたようなものかな」
「まあ…閣下ったら覚えてらしたの?でもどうして陛下まで」
「ヨザに聞いた、とか言っていたかな。多分、グウェンもそうだと思う」
ああ、まぁそうでしょうね。弟とはいえ、結婚記念日まで覚えてる方なんて早々いらっしゃらないわよね。グリエが覚えていたことに一番驚いてはいるけれど…でも何だかんだ言いつつ、一番祝福してくれたのは彼だったから印象に残っているのかもしれないわ。ふふ、さすがに当日に来ることはないでしょうけど近いうちにお酒を持って訪ねてきそうだわ。今は王都に留まっている、と聞いているし。
それはそうと、どうしましょうか。揃ってお休みならお出かけでもしたい所だけれど…天気も良いし。けど、護衛である彼が城を離れるのは如何なものか。そうそう何か危険なことが起きるとは考えたくもないし、閣下達もいるわけだから心配はないでしょうけれども。
「…あ、お弁当を作って中庭で食べましょうか。きっと気持ち良いわ」
「うーん、それもすごく魅力的なんだけど…せっかくだしデートでも如何ですか?お姫様」
「!…もう、そんな言い方ズルいわ、コンラート」
私が断らないことをわかっていてそんな風に聞くんだから。
少しだけ拗ねながら、さり気なく差し伸べられた手にそっと自分の手を重ねれば、嬉しそうに笑ってくれるものだからどうでも良くなってしまう。本当に私は、この方に弱いんだから。…けれど、それを改める気はないのだけれどね、好きなんだから仕方ないもの。こればっかりはきっと、死んだって直らないと思うわ。
城下町に着いたのはお昼になる少し前。相変わらず町は賑やかで、たくさんの人が行き交っている。私はこの喧騒の中を歩くのがとても好きだった。城にいるだけではわからないことを知ることが出来るし、見ることも出来る。城で陛下やヴォルフ、閣下達とお話をしたりお茶をするのももちろん好きではあるのだけれど。でもやっぱり、コンラートと一緒に城下町を歩くのが一番好きかもしれないわね。
…そういえば陛下もお忍びで城下町へ来ることがある、と聞いたことがあったわ。元々、じっとしているのが得意ではないらしいから体を動かしているのが好きというのもあるみたい。それに執務に疲れてくると、決まってコンラートと一緒に城を抜け出すのだ、と。確かに陛下くらいのお歳なら、城の中で過ごすよりもこうして外に出る方が好きなのかも。
今日も執務に励んでいるでしょうから、何か甘い物でもお土産に買っていってあげましょうか。
「フェリシア、口開けて」
「え?―――ん、」
「美味しい?」
「…美味しいけど、外ではやめてくださいな」
「ははっ今更、だろ?」
コンラートの言う通り、今更ではありますけど。そして意外と見られていないのもわかっていますけど。それでも恥ずかしいものは恥ずかしいんですよ。グリエの前だとあまり気にしないのですが、誰が見ているかわからない所だとやっぱり、ね。
その後も色んな露店やお店を覗いたり、甘い物を食べたり、付き合っていた頃も結婚してからもほとんどしたことがなかったデートを満喫してしまいました。城下町に来る時は大体がお仕事ですし、お仕事でなくてもコンラートと2人で来る機会なんてあんまりありませんでしたから。
「…あ、」
「フェリシア?何かあった?」
「えっと、あれ…」
私が指さした先にあったのは可愛いアクセサリーがたくさん売っているお店。軍人でいる限り、こういう装飾品をつけることは出来ないから普段は見ないようにしているの。だって見たら絶対に欲しくなってしまうでしょう?だから、自制していたのだけれど…今日はデートですし、恋人同士が行くような定番のお店を見てみたって罰は当たらないと思うんです。
行ってもいいか、と尋ねてみれば、もちろんと笑顔を浮かべて手を引かれてしまいました。
「わぁ…!」
中に入ってみれば、たくさんのアクセサリーが所狭しと並んでいて、思わず感嘆の息が漏れる。どれも本当に可愛らしくて1つくらい買ってしまいそうになるわね。パーティの時につけるようなアクセサリーは、結婚した頃にツェリ様から頂いたものがあるけれどお休みの日につけられるような、シンプルなもの…ちょっと欲しいかもしれません。
あ、ブレスレットやネックレスだけじゃなくて、髪留めも売っているのね。これも細かな装飾が施されていてとても綺麗だわ。…うーん、でも髪留めは前にコンラートから頂いたものがあるし、あれが一番のお気に入りだから買い替える必要はないわよね。
店内をぐるり、と物色していると、とある一角に目を惹かれた。そこに並んでいたのはシンプルな指輪達。
「指輪?」
「ええ。…前に陛下から聞いたことがあるの。陛下がお生まれになったチキュウでは、結婚した男女は左手の薬指に揃いの指輪をつけるんだって」
それを聞いて少しだけ、羨ましいなと感じたの。だって結婚している証、ということでしょう?指輪がなくても私はこの方の妻であることには変わりないのだけれど、それでもやっぱり―――憧れというものは、抱いてしまうのです。眞魔国とチキュウでは様々な文化が違う、というのはわかってはいるのだけれどね。
不安や不満があるわけではないと思うんです、それなりに自信はあります。でも、それでもコンラートは女性に人気だから何と言いますか、…女性除け?が欲しいなーって思ったのも事実だったりするのよね。指輪をした所で相手の女性がそれに気が付くかは微妙な所だと思いますけど。
「ごめんなさい、そろそろ出ましょうか」
「…買っていこうか、これ」
「え?」
「俺のもの、って所有印になるしね。どれにする?」
「いいんですの…?」
「どうして俺が嫌だって言うと思うんだ?遠慮する必要もないよ」
2人で選んだのは、内側に小さな青い石のついた細めの指輪。
初めてお揃いの物を持つことが出来たこと、久しぶりに2人で出かけられたことに私はふわふわした幸せな気持ちのまま、城に帰ったのです。もちろん、彼と手を繋いで。
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