呼び方談義


「遥ちゃんってさ、名字呼びなのクセなのか?」


きっかけは摂津くんのこの言葉。それまでは大して気にしたこともなかったけど、思い返してみれば幼なじみである臣くん、元々の知り合いであった太一くんと左京さんといづみさん以外は、見事に名字呼びだった。それは私が正式にMANKAIカンパニーに所属することになって、寮に引っ越してきた今でも変わっていない。
そこに彼の言葉がきたものだから、自分のことながらはて?と首を傾げる羽目になったのだけれど。でも友人の名前を1人ずつ心の中で挙げていっても、誰ひとり名字で呼んでいる人物はいなかったです。


「クセでは、ないな。うん」
「じゃあ何で俺達のことは名字呼び?臣と太一と左京さんは別だけど。あとカントクちゃんか」
「何でと言われても、…ううーん」
「万里くん?遥ちゃん?」
「お、紬さん」
「おかえりなさいです、月岡さん」
「うん、ただいま。それで遥ちゃんは膝を抱えて何を唸ってるのかな?」


え、私唸ってた?!


「まぁ、…聞いたことないひっくい声出てたな」
「うっそ?!」
「う・そ」
「ちょっ…摂津この野郎!!」
「まぁまぁ、落ち着いて遥ちゃん。万里くんもからかわないの」
「へーへー」


ぐぬぬ…年下に、しかも高校生にからかわれるなんて。思わず叫んじゃったじゃないか。
摂津くんの良くも悪くも自然体な所、悪くないとは思うけどさ。こういう所も含めて摂津万里という人間なのだろうから。…うん、いいんだけどさ?でもやっぱりからかうなよ、曲がりなりにも年上を!!


「名字呼びってクセなのかって聞かれて…クセではないのは確かなんですけど、」
「うん」
「じゃあ何でと聞かれると…」
「わかんなくて唸ってた?」
「……わかんなくは、ないんだけど」


本当は唸らなくても、そこまで考えなくてもわかってる。気が付いてる。皆を頑なに名字で呼んでいた理由。
その理由はきっと、他人からすればとんでもなくくだらないどうでもいいことだと思うんだけど、あの時の私にとっては最重要事項だったんだ、冗談抜きで。でもそれを当人でもある2人に話していいのか、というと…もう一人の私は即座に否!と返すだろう。
だって失礼極まりない理由だと思うから。もし私が摂津くん達の立場だとして、面と向かって理由を告げられたら―――さすがに傷つくと思う。だから、できれば言いたくない。このままのらりくらりとした態度で、逃げてしまいたい。


「遥ちゃんにとっての名字呼びって、もしかして予防線?」
「っ?!」
「お、図星っぽいぞ。紬さん」
「なん、で」
「うーん、何となくかなぁ。馴染んでくれているとは思っているけど、どこか一線引いてる気がしてたから」
「まぁ、気がついてる奴らは少ないんじゃね?臣は何となく察してただろうけど」


ああ…ですよね。何も言ってこないけど、臣くんは絶対にわかってると思う。ほーんとアイツには隠し事ができないんだよなぁ。


「その予防線って、まだ必要?」
「え?」
「詳しい理由なんざ聞く気ねぇけど、まだこだわんの?」
「万里くん…もう少し言い方があるでしょ」
「……いいの、かな。呼び方、変えても」
「別に誰も困んねぇだろ。咲也辺りは喜ぶんじゃね?」
「そ、っか」
「もう遥ちゃんもカンパニーの一員なんだから、気にしなくても、心配しなくても大丈夫なんだよ」


ゆっくりと頭を撫でてくれる月岡さん。撫で方も、温かさも臣くんがくれるものとは違うけど…どこかホッとする。
私は抱えていた膝に顔を埋め、しばらくされるがまま。でもこのままでいたいと思ったんだ。
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