いちの部屋
気が付いたら知らない部屋にいました、というのは、割と洒落にならない事実だと思う。思うんだけど、たった今現実で起きてしまいました。ハイ。
私ひとりだったとしても冷や汗ダラダラなのに、隣には鬼哭も持っていないキャプテンがものっそい眉間にシワを寄せております。いらない情報かもしれないけれど、帽子すらかぶってません。割とリラックス状態のキャプテンだったりする。
でも機嫌は最悪だよね、当たり前だけど。
「…なんだと思う?此処」
「知っていたらとっくに出てる」
ですよねー、私も同感でーす。
片手を挙げて、とんでもなく高いテンションでそう叫びたくなったけど、それを実際にやったらキャプテンの機嫌はもっと下がりそうなのでやめておこう。彼の機嫌をむやみやたらに下げたいわけではないし、からかいたいわけでもないし、嫌われたいわけでもないのです。
というか、嫌われたら私は死んでしまうので。キャプテンによって生かされていると言っても、過言ではないのですよ。いや、本当に。
―――とまぁ、それはおいておいて…此処は一体何処なんだろう。
天井から壁まで真っ白な部屋をぐるりと見回してみたものの、ドアらしきものは見当たらない。見当たらないってどういうことなのさ…私達は何処から入ってきたの?ってなっちゃうじゃん?!思わず地団駄を踏みたくなるのをぐっとこらえて、何かないか探索してみることにした。
呆れ返っていたキャプテンも早く出たいのだろう、室内をぐるっと見て回っているようです。ざっと見た感じ、室内にあるのはベッドがひとつと棚、それから少し小さめの冷蔵庫…くらいかな?棚にはたくさんの本が入っていて、冷蔵庫の中にはぎっしりと飲み物と食べ物が入っている。
「あ、ドアがある…」
「出口か?」
「これが出口だったらラッキーだけど、」
そっと開けるのはもう癖のようなものなのかもしれない。覗き込むように開けた先にあったのは出口―――ではなく、お風呂とトイレでした。ですよね、出口なわけないですよねーーーー!
薄々気がついていたものの、やっぱり一縷の望みを抱いてしまうと言いますか…もしかしたら!って思っちゃうじゃん。その望みは儚くも砕け散ったわけだけども。
「そう簡単に見つかるわけはねぇか…だが、目的が見えねぇな」
「うん、監禁したいという割には待遇いいと思うんだよね」
「勝手にこんな所に連れてきておいて、待遇いいも何もねぇと思うがな」
「まぁ…それはそうなんだけどさ」
でもそこが最大の問題というか、謎だと思うんだ。私はともかく、我がキャプテンは億越えルーキーだし、気配に聡いお人だ。だからこんなに簡単に、しかも気づかれることなく捕まるなんてこと…果たしてあるのだろうか。
まぁ、実際に捕まっちゃってるし鬼哭も取られちゃってるから何とも言えないんですけども。
「リズ」
「ぅあ?!はい!」
「何に驚いてやがる…お前、持ち物は?」
「考え事してました…持ち物?えっと、いつもつけてるウエストポーチが―――」
いつもつけている場所に手を伸ばしたけれど、予想していた感触はなかった。嘘ん?!驚いて見下ろしてみたけれど、やっぱりウエストポーチはあるはずもなく。いつもなら太腿に装着してあるはずホルスターも、そこには存在していなかった。
あ、帽子もない…ってことは、持ち物は一切合切盗られてしまってるということか?返してもらえるのかすらわからないこの状況は、めっちゃ怖いです。
常識的に考えて返ってこない、というのが正しいというか…そういう世界だとは思ってるんだけど。盗まれたらもう終わりってことで。
「何も持ってない…」
肩を落としてそう呟けば、キャプテンは「だろうな」とため息を吐きながらベッドに腰を下ろした。少し疲れてるようにも見えるけど、それもそうか…突然こんな所に閉じ込められて、武器も何もかも奪われている状態だもの。
キャプテンの脳は今フル回転真っ最中だと思う。……あ。
「ねぇ、キャプテン。能力は?シャンブルズしちゃえば一発解決じゃない?」
「発動しねぇ」
「……マジか」
「おう」
キャプテン曰く、何度か発動させてみようと試みたものの無理だったんだって。サークルが出せないから、シャンブルズのしようがないとのこと。そうなると完全に詰み、というやつな気がしてきた。
でも大人しくここで助けを待っても、皆が助けに来てくれるとは限らない。皆を信用していないとかそういうことではなく、もっと根本的な話というか…まずこの場所の特定ができるとは思えないし、外に通じるドアがないからこの空間がどういうものなのかわからないとぶっ壊すこともできない気がするんだよ。そもそもぶっ壊して私達が無事でいられるのか、というのも疑問だし。死んじゃったら意味がないしね。どうにもならん、本当に詰んだ。
キャプテンの隣に腰を下ろして、もう一度ゆっくりと部屋の中を見渡してみると何か紙切れのようなものが視界に入った。
あれ?さっきはあんなものなかったような気がするけど…見落としてた?いやいやいや、私だけならともかくキャプテンも室内を観察してたはずだもの。2人して見落とすなんてことある?思ったより動揺して注意力が散漫になってるとか、そういうこと?
気づかなかった事実にちょっと落ち込みそうにもなるけど、落ち込んでいる暇はない。気を取り直してその紙切れを見てみて―――私はあんぐり口を開けた。マヌケ面とかもう気にしない、うん。
「リズ?」
「きゃぷてぇん……」
「その声は嫌な予感しかしねぇ…」
ええ、その通りですとも!説明するより渡してしまった方が早い、と判断した私は、キャプテンの目の前に持っていた紙切れを差し出した。
それに視線を巡らせた彼は、眉間にシワを寄せて…言うなれば「うっわぁ〜〜〜」という声でも漏れそうな程に嫌な顔をしました。いや、まぁそうだろうねって感じなんだけども。
「なんだこのバカげたのは…」
「それには全く同意なんだけど、でもこれで出られるならまだいい方なんじゃない?」
紙切れに書かれていたのは『相手の好きな所を10個言わないと出られない部屋』。
それ以外には何も書いてないんだけど、多分そのままの意味なんだろうね。好きな所を10個言えば、この部屋から出られる―――という仕組みなんだろう。
誰がどう判断して、どういう仕組みになっているのかはわからないけど。映像電伝虫があるわけでもないし…私達は電伝虫を使っているわけでもないから、黒電伝虫を使って盗聴もできるわけがないしね。
「そんなもので出られると思うか?」
「半信半疑かなぁ…ただ、他に手がかりもないしなぁって」
「そりゃあそうだが…」
紙切れに視線を落としてもう一度隅々まで見てみる、触ってみる、匂いを嗅いでみる。けれど、ちい〜〜〜さく書いてある文字も、仕掛けも、柑橘系の香りも何もない。それはつまり、これ以上の情報は得られないということを意味するわけでして。
手がかりがこれ以上得られないのなら、もう藁にもすがる思いで試してみる他ないと思うんだよね、正直な所。
だけど相手の好きな所を10個かぁ…『お互いに』とは書かれていないから、最悪私だけでも答えれば出られるとかないかなぁ。
欲を言えばキャプテンの口から聞きたいけど、この人の性格を考えると難しいと思うのである。ひとつでも聞けたら天にも昇る勢いで喜ぶけども。
「キャプテーン」
「なんだ?」
「しばらく口を挟まずに黙っててね」
そう告げると案の定、キャプテンは訝し気な表情を浮かべた。
うん、そんな顔になると思ってたので何も言いませーん!にっこり笑みを浮かべ、息を吸い込んだ。
「ええっと、まずカッコいい所でしょ?」
「それから医学への探求心がすごい所、」
「負けず嫌いな所も可愛いなぁって思うし、」
「何だかんだ言ってクルー全員を大切にしてくれる所と、」
「いつだって頼りになる所、」
「頭の回転がめちゃめちゃ早い所、」
「ちゃんと褒めてくれる所と、」
「差し入れをするときちんと完食してくれる所、」
「時々、甘やかしてくれる所、」
「それから私を―――見捨てないでいてくれる所!」
指折り数えながら挙げていったらあっという間だったなぁ。これで一応、紙切れに書いてあった通り好きな所を10個言ったけど…達成したのかな。
ちょっとドキドキしていると、どこからかカチャリと鍵が開くような音が聞こえた気がした。それはキャプテンの耳にも聞こえていたようで、とある一点を見つめていらっしゃる。
うん、あの辺りから聞こえたのは間違いないんだけど…なんか変化あるかなぁ?これ。
視界に映っているのは相変わらず、白い室内だけ。ドアのようなものは一切―――んん?何だろ、薄っすらと切り込みのような細い線が見える気がする…?
「…ドア?」
「ドアかどうかはわからねぇが、出られるみてぇだな。…罠の可能性もあるが」
「その可能性も捨てきれないのが嫌だけど、進むしかないよねぇ?」
「そうだな…」
隣に立ったキャプテンの顔を見上げると、薄っすら頬が赤くなっていた。おや?これはもしかして照れていらっしゃる…?!
私がじっと見ていることに気がついてのか、むぎゅっと頭を押されました。やめて?!これ以上、身長が縮むのは勘弁願いたいんですけれども!!!
「ちょ、キャプテン?!」
「うるせぇ、見るな」
「何でよ!貴重じゃん、キャプテンの照れが―――もが、」
頭を押さえるのはやめてもらえましたけれども、今度は口を塞がれましたよ。
「見るな。喋るな。黙ってろ」
言葉は不穏だし、声は不機嫌で限りなくひっくいけれど…でも頬と耳は赤く染まっているもんだから、なんかこう和んでしまうよね。和む所じゃないのかもしれないけれど。
「行くぞ」という声と共に外された手。さっさとドアらしきものを開けて進んでいくキャプテンを、見失ってしまわぬように慌てて追いかけた。
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