お迎えデート
「あ、」
今日は朝からどんより曇り空。今にも降り出しそう、って空に変わったのはお昼を過ぎた辺りからだったと思う。
本を読んでいた手を止めて窓に近寄れば、思っていたよりも大きな雨粒が窓ガラスを叩いているのが見えた。ああ、これは本降りだなぁ…空気も大分冷たくなってきてるし、冬の雨って嫌だなー寒いから。
ぶるり、と震えた体をもう一度暖めようとこたつへ体を滑り込ませてからはた、と気が付いた。昼くらいに出かけていった黒鋼くんは、果たして傘を持って行ってただろうか…?確かシャオとファイくんは持っていってたと思う、雨が降るっていうの知ってたし、手に持ってたような記憶があるもの。
それに対して黒鋼くんは、…あ、ダメだ、あの人絶対に持って行ってないと思う。そもそも濡れてもいいか、とか考えちゃう人だし。
夏だったらそんなに冷えることもないと思うけど、如何せん今は冬真っ只中なのであります。この降り方の雨に濡れて帰ってきたら、バッチリ風邪をひくこと間違いなしだ。…いや、彼の体の強さならひかずに済むかもしれないけど。
まぁ、それはともあれ!体を濡らして冷やしてしまうのはダメ!絶対ダメ!
よし!そうと決まれば迎えに行こう。そしてそのついでにカフェにでも寄って、デート気分を味わおう。
決断してからの行動力がありすぎる僕は、傘を1本だけ持って家を飛び出した。
「えっと、…確か今日はこの施設に行くって言ってたよね」
昨日の夜に聞いた場所へ来てみれば、そこはしーんと静まり返っていて誰かがいるような雰囲気ではないんですけれど。…でも此処で剣道を教えるんだ、って言ってたんだけどなぁ。もしかしてとっくに終わって帰っちゃってるのかなぁ?黒鋼くんのことだから小降りになるまで待つ、ってことしなさそうだもんね、有り得そうだ。
うーん…行き違いになるかも、ってことは想像しなかったなぁ。よくよく考えればわかりそうなことなのに。でも何だかこのまま帰る、っていうのもなぁ………うん、少しだけ施設内を見てみてそれでも見当たらなかったら帰ることにしよう!
そっと入口の扉を開けて中に入れば、外から見た時よりは人の気配がするし、声や物音も聞こえてくる。ええっと、剣道を教えている場所はー…あ、これかな?1階の体育館か。覗くだけ覗いていこう、そう考えて踵を返した時、見知った顔がこっちに向かって歩いて来るのが見えた。
「緋月…?」
「良かった、まだいた!」
「何してんだよ、こんな所で」
「傘、持ってってなかったでしょう?だから迎えに来たの」
にっこり笑ってそう答えれば、薄らと頬を赤くしてそっぽ向いてしまった黒鋼くん。ふふ、普段は小さな子だったら逃げてしまいそうなくらいに怖い顔をしているのに、こういう時は顔を赤くして照れるんだもん。こういうのをギャップ、って言うのかなぁ。可愛いよね、ほんと。
こんなこと言ったら今度こそ口きいてもらえなくなるから内緒、だけど。
「はい、傘」
「おう。…って、お前、自分の分はどうした」
「1本しか持ってきてないよ?」
さも当然、と答えれば、彼の口から大きな溜息が漏れた。
彼の言い分はこうです。小降りじゃない雨の中、1本じゃ確実に濡れるだろ!…だって。あれなんですね、一応、相合傘はしてくれるんだね。僕はそっちにびっくりしたわ…黒鋼くんの性格をよく考えてみてよ!どう考えたって相合傘なんか恥ずかしくてできるかー!って言うタイプの人でしょう?だから、そんな風に言ってくれることに驚いちゃったよ。
…でもさ、僕が1本しか傘を持ってこなかったのってわざとなんだよ。どう考えたって、この降り方をしているのを目にして1本しか傘を持ってこない、っていうのはおかしな話じゃない?きっと黒鋼くんもそのことには気が付いてると思うんだけど、…そのことに関しては何も言おうとはしない。
口にした言葉は「1本だけじゃ濡れて風邪ひくだろ、莫迦が」だけ。
「ったく…ほら、帰るぞ」
「わ、…!」
グイッと引っ張られたかと思えば、そのまま肩を抱かれてしまったのですがこれはどういうこと?!
肝心の彼は素知らぬ顔で傘を差して歩き始めてしまったので、僕もそれに倣うけれど。だってそうしないと置いてかれるし、濡れちゃうし。きっと雨に濡れたら皆、心配するだろうしね。隣を歩く彼だって、…不器用でぶっきらぼうだけど、でも、誰よりも優しい人だから。だから、それはしたくないなぁっていつも思うんだよ。
濡れないように、という意図で抱かれたであろう肩にある大好きな人の温もり。
それを感じるだけでこんなにも幸せな気分になれるなんて、昔の僕にはきっと想像もできないだろうし、嘘だと思ってしまうかも。でもそれは嘘でも、夢でもない本当の出来事。
ああ、やっぱり迎えに来て正解だったかも。
そっと彼に寄り添って、緩やかに流れる幸せを噛みしめた。