意外な共通点


他人との共通点って、話をしてみないとわからないものですよね。
だから私も、彼との共通点が存在するなんてこれっぽっちも思っていなかったんだ。





相も変わらず前の席に座る工藤くんに挨拶すらできない情けない毎日を過ごしている美緒です、どうもこんにちは。あれだね、自分で言うと尚更辛くなるってことあるよね。ああ、思っていた以上にダメージ大きくて今ならかったいコンクリートにもめり込めそうです。…痛そうだからやらないけど、絶対に。
移動教室の授業を終え、友達と話をしながら教室へと戻る途中で後ろから名前を呼ばれたような気がした。色んな所から声が聞こえてるから、もしかしたら私の聞き間違いかもしれないんだけど…でも本当に呼ばれていたとすればとても失礼だし、と思って振り向けば、そこにいたのはまさかの工藤くんでした。
思わぬ人に名前を呼ばれていた事実に、私はビシッと固まってしまった。いや、これ片思いしてる人なら絶対に気持ちをわかってくれると思う…!

「七瀬?」
「へっ?あっななななな、なに工藤くん!」

やっばい。噛んだ、めっちゃ噛んだ。それはもう顔から火が出るくらいに盛大に噛んだ!しかも緊張してるから、めっちゃ声が裏返ってるしなんだこれもう恥ずかしすぎる!
声をかけてきた工藤くんはぽかん、とびっくりした表情を浮かべて、一拍置いてくつくつと笑い始めちゃいました。わー、すっごいなぁ。今まで別の誰かに向けている笑顔しか見てなかったのに、今は私の目の前で笑ってる。笑った顔もカッコイイってすごいよね。
あまりの衝撃と恥ずかしさに私は現実逃避を選び、目の前に広がる光景をまるで他人事のように見ていたのであります。

「あ、ごめんな?笑っちまって…これ、オメーのだろ?」

ようやく笑いが止まった工藤くんが差し出してきたのは1冊の文庫本。それは確かに授業が始まるまで読んでいた私の本で、でも有名なタイトルだからもしかしたら私のじゃないかもしれない…慌てて持っていた教科書やノートの間を見てみれば、持ったつもりでいた本が見当たらないことに気がつく。
つまり、工藤くんが持ってきてくれた本は確実に私のものだということだ。まさか忘れてたなんて…ちゃんと確認したつもりだったのに、馬鹿だなぁ私も。
わざわざ持ってきてくれた工藤くんにお礼をして、頭の中にふと疑問が浮かんだ。それはどうしてこの本の持ち主が私だってわかったか、ということだ。恐らく忘れてきたのは座っていた机の上だろうけど、誰もいなくなってしまった机では誰が座っていたかなんてわかるはずがないんだ。
そりゃ自分のクラスの教室ならわかるかもしれないけど、さっきまでの授業は移動教室で、尚且つ自由に座っていい授業。いつもの並びで座っていたわけではないし、私と工藤くんは結構離れた席に座っていたはずなのになぁ。
どうしてもその疑問を解決したかったわけではない。きっと、…まだ工藤くんと話している話題が欲しかっただけなんだ。

「どうして、」
「七瀬のだってわかったか、って?だってオメー、本読むの好きだろ?昼休みとか、あと朝学校に来てから読んでること多いじゃねぇか」
「そ、それだけで…」
「観察眼には自信あんだ。…それより、ホームズ好きなのか?」

工藤くんからの質問にきょとん、としてしまう。首を傾げていると、彼がだってそれ、と本を指差してきたからそこでようやくこれのことを言っていたのかと納得する。
ど、どう答えたらいいんだろう…確かに今読んでいるのはシャーロックホームズだけど、このシリーズが死ぬほど好きだというわけではない。というか、推理物はほとんど読んだことがなくて。これを読んでいるのは何となく興味を引かれたのと、有名所だったからという理由で手を出しただけなのです。だからきっと、工藤くんが望むような返答は出来ない気がする。
それでも何か伝えないと、と口を開いた。

「好きっていうか、あの…本を読むのが好きで、でも推理物ってほとんど読んだことないんだ。けど、本屋さんで見かけて興味、引かれて」
「そうなのか。ホームズ面白いよな、俺大好きなんだ!」

ニカッと笑った工藤くんはまるで少年のような笑顔で。本当に嬉しそうに、楽しそうに笑っていたんだ。ああ、そんなにも好きなんだなぁホームズが。

「俺も本読むの好きで、…まぁ俺の場合は推理小説が多いけどーっと、歩きながら話そうぜ」
「あ、うん」
「七瀬とは逆で、推理小説以外はあんまり読まねぇなー」

廊下を歩きながら話すのは本のことばかり。でも今朝まで挨拶すらしたことなかった彼とこんな風に会話してるなんて、何だか夢みたい。工藤くんが私の名前を知っていたことにも驚いたし。…そりゃ同じクラスだけど、関わりがないと名前って脳にインプットされないと思うの。現に私だって名前と顔が一致しない人が少しだけ、いる。失礼だよなー、とはわかっているのだけれど、どうしても覚えられないのだ。
話しているうちに教室に着いてしまって、内心残念だなぁと思っていた。前後の席だけど、こんなにも話せるのはこれっきりなんじゃないかという気がしていたから。話しかければいい、と言われるかもしれないけど、今回のことがきっかけで話しかけられるようになっているのならとっくに挨拶くらいできていたはずだもの。
だからきっと、こんな風に話せるのは…この先ないかもしれない。ああ、ネガティブだなぁ私って。

「く、工藤くん、本、ありがとう」
「礼ならさっきも聞いたぞ?…あ、そうだ今度でいいから七瀬のオススメの本教えてくれよ」
「え?で、でも推理小説じゃないからつまんないかも…」
「んなの読んでみねーとわかんねぇじゃん?俺もオススメの小説貸すし」
「…わ、かった。じゃあ持ってくるね」
「おう、サンキュ!」

そう言って工藤くんは前を向いてしまった。
放課後までずーっとドキドキが続いていて、授業に集中出来なかったのは言うまでもありません。
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